流転の果て 【4】




 エリア11に辿り着いたジェレミアは、まずは第2次トウキョウ決戦において大穴をあけられたトウキョウ租界の一角にあり、それでも比較的被害が少なく、避難民の受け入れ先の一つともなっているアッシュフォード学園を目指した。
 かつての政庁近くには斑鳩をはじめとした黒の騎士団の浮遊艦があり、その存在にいいようのない憎しみを覚えたが、今はそれに構っている時ではないと、必死に冷静さを保とうと努力した。
 アッシュフォード学園の片隅にサザーランド・ジークを着陸させると、ジェレミアはまずはミレイ・アッシュフォードを探すことから始めた。
 ミレイ・アッシュフォードはジャーナリストであり、また、このアッシュフォード学園理事長の孫娘でもある。その立場から、時にジャーナリストとして被災民の状況を伝え、時に理事長の孫娘として被災者の救済に指示を出している。
 そしてジャーナリストとしてリポーターを務めて一息入れているミレイの前に、ジェレミアはその姿を現した。
「失礼、ミレイ・アッシュフォード嬢?」
「はい?」
 名を呼ばれて振り向いて、ミレイは驚きに目を見開いた。何故なら、今彼女の目の前にいるのは、黒の騎士団のゼロから“オレンジ疑惑”を持たされた、ある意味、とても有名な存在であったから。
「私はジェレミア・ゴットバルト。我が主であるルルーシュ様の命により、君と、リヴァル・カルデモンドという生徒に会いにきた」
「ルルちゃんが主? あなたの!?」
 自分の記憶に間違いがなければ、ジェレミアは辺境伯という身分にあったはず。そんな人物が何故一般人のルルーシュを主と呼ぶのか、ミレイは言い知れぬ不安を抱いた。それでなくても数日前からルルーシュは弟のロロと共に行方不明となり、連絡も取れずに心配していたのだ。
「できれば余人を交えずに内密に話をしたい」
 辺境伯たる人物にここまで言われて、ミレイは同僚に暫し席を外す旨を伝えると、ジェレミアを案内してクラブハウスに向かった。
 クラブハウスはフレイヤ弾頭の余波を受けて半壊状態にあるが、生徒会室のある辺りは比較的無事に済み、リヴァルは今此処に詰めている。
 コンコンと軽くノックをして、
「リヴァル、私よ、入るわよ」
 とミレイが声をかけると、中から「はい」という若い男の声が聞こえてきた。
 ミレイと、それに続いてジェレミアが生徒会室に足を踏み入れる。
 リヴァルはミレイに同行者がいたことに驚きを隠せなかった。
「か、会長、その人……」
「ゴットバルト卿、彼がリヴァル・カルデモンドです。リヴァル、こちらはジェレミア・ゴットバルト辺境伯。何やら、ルルちゃんのことで来たらしいわ」
「ルルーシュのことでっ!?」
 リヴァルが驚いて大声を上げる。彼もまた、連絡すら取れなくなっている友人のことを心配していたのだ。
「ゴットバルト卿、二人揃ったことですし、お話というのをしていただけますか?」
 ミレイがそう告げたことにジェレミアは一度頷いてから、
「だがその前に」
 と言って、自身の持つギアス・キャンセラーの力を解放した。ジェレミアの目の前でミレイとリヴァルの二人は頭を抱えた。
「な、なんだよ、これ。ルルーシュの家族は妹のナナリーで、でもこの1年は弟のロロだけが家族って……。しかもナナリーが総督って、じゃあ、ルルーシュは一体……?」
 ミレイは手前のテーブルに手を付いて体を支えた。
「ああ、私はルルーシュ様を守り切れなかったのですね。一体何があってこんなことに……」
 ミレイの頬を涙が伝う。
「ゴットバルト卿、ルルーシュ様は今何処にどうしていらっしゃるんですか?」
 涙の浮かんだ目でジェレミアを見上げて、ミレイは問いかける。
「詳しいことは時間のある時に改めてするとして、今現在は、本国においてオデュッセウス陛下の庇護下におられる」
「では、ご無事、なのですね?」
 再確認するようにミレイは問い返す。
「お躰だけは。だがお心は酷く傷ついておられる」
「そ、それで、肝心の話っていうのは……?」
「君たち二人なら、ニーナ・アインシュタイン嬢の居所を知っているだろうと、ルルーシュ様が仰せになった」
 ジェレミアの口から出た名に、二人が顔を見合わせる。
「ニーナが何か!?」
「フレイヤを開発したのはアインシュタイン嬢とか。ならばフレイヤについて一番詳しいはず。できるなら彼女にアンチ・フレイヤ・システムを構築してほしい、とのルルーシュ様の仰せだ」
 ジェレミアのその言葉に、二人は再び顔を見合わせた。ジェレミアから顔を背けてヒソヒソと話を交わす。
「少しお待ちいただけますか?」
 ややあってミレイはジェレミアにそう告げた。ジェレミアが頷くのを確認すると、ミレイは隣の生徒会長室に入っていった。
 するとそれを見計らったかのように生徒会室の扉が開いて、一人の女性が姿を見せた。扉で漸く躰が倒れ込むのを支えているような格好だ。
「……ルルーシュ様がご無事というのは、本当ですか?」
「咲世子!」
「咲世子さんっ!」
 慌ててジェレミアがその女性、篠崎咲世子に近付き、その躰を支えた。
「……何処に行こうか迷いましたが、卿のサザーランド・ジークを見付け、クラブハウスに入っていかれるのを、見たので……」
 わけは分からなかったが、とにかく咲世子が大きな負傷を負っているのに気が付いたリヴァルは、医者を呼んできます、と生徒会室を飛び出していった。
「君はナナリー様のところへ赴いていたはず。ということは、フレイヤに巻き込まれたのか」
「はい」
 ジェレミアは咲世子の躰を支えながら、ソファにゆっくりと横たえた。
「……ナナリー様は、ご無事、です。今はシュナイゼルの元に……。そこからお連れするのは、流石に、無理でした……」
「ナナリー様がご無事だったのは何よりだが、シュナイゼル殿下の元に、というのは、黒の騎士団を丸めこみあの方のお命を狙ったことを考えれば、果たして素直に喜んでいいものやら……」
「……ゼロ様死亡の報が流れたのは、黒の騎士団の裏切り、だったのですね……」
 二人の間に沈黙が降りる。
 その時、生徒会長室の扉が開いて、ミレイと、眼鏡をかけた細身の少女がおどおどしながら入ってきた。
「咲世子っ!?」
 咲世子に気付いたミレイが驚きに声をあげる。
 振り向いたジェレミアはミレイの後ろに隠れるようにしている少女に声をかけた。
「ニーナ・アインシュタイン嬢?」
「え、あ、はい……」
「君はユーフェミア皇女を殺したゼロを激しく恨んでいると聞いた」
 ニーナが小さく頷く。
「ルルーシュ様がゼロだ。だがそれでも、ご自身が君に恨まれていることを承知で、君に是非ともアンチ・フレイヤ・システムを構築してほしいとの仰せだ。どうだろう、やってもらえるだろうか?」
「ルルーシュ君が、ゼロ……?」
 その言葉に、咲世子に駆け寄ったミレイは、驚いたように二人を振り返った。





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