道 程 【11】




 裁判は続く。
 A級戦犯の五人に続き、B級戦犯とされたシュナイゼルの副官カノンや連座した貴族たち、黒の騎士団の他の元幹部、そしてかつてはゼロの親衛隊長であった紅月カレンやヴィレッタ・ヌゥもその中にあった。
 C級は、更にB級の下のシュナイゼルの私兵とも言える一般兵士、そして黒の騎士団の一般団員である。
 A級戦犯の裁判においては、B級戦犯の者たちも被告席についていた。
 そこで繰り広げられる様を見せ、今回のブリタニア皇位継承に関する内戦の実態を知らしめるためであり、自分たちがA級戦犯となった者たちに利用されたのだと思い知らしめるための意味を込めてのものであった。
 A級戦犯とされた五人の裁判を傍聴しているうちに、B級戦犯たちの一部、黒の騎士団の元幹部たちの間には、自分たちはシュナイゼルに利用され、扇や藤堂に騙されていたという意識が芽生えつつあった。
 しかしそんな者たちばかりでもない。相変わらず自分が為したことの是非を問うことなく、ただただルルーシュ憎しで凝り固まった者たちである。千葉やカレンはその筆頭と言えたかもしれない。
 千葉は藤堂が検事の質疑に答えを窮するのを見ていても、自分たちは間違っていない、悪いのは全てゼロであったルルーシュにあると、ルルーシュの存在が仲間の死を招いたと思い、決め込んでいる。千葉は元々ゼロという存在に懐疑的であったのだから、ゼロがブリタニアの皇子であったこと、中華連邦での虐殺事件のことなどからどうしてもゼロに対する不信感を拭うことができなかった上に、仙波や朝比奈の死である。到底千葉には受け入れることはできなかった。
 そして紅月カレン。カレンはゼロのことを黒の騎士団の中で最もよく、というより、ただ一人全てを知っていながら、そしてそれを仲間に隠し通し続けながら、ゼロによって救われたことを忘れ、ブラック・リベリオン時に自分がゼロを見捨てたことを忘れ、身内意識からだろうか、ルルーシュの「君は生きろ」の言葉の意味を考えようともせず、ただ扇たちに告げられるルルーシュの姿を信じ込み、自分たちはゼロに裏切られたのだと己に都合の良いようにしか解釈せず、ゼロであったルルーシュを倒すのは自分の務めとばかりに戦場を駆けた。そしてその結果の敗戦にも、A級戦犯たちの裁判を傍聴し終えた後も、そこに反省の色はなかった。自分たちが大量破壊兵器フレイヤを容認していたと、藤堂の裁判の際に検事に指摘されたことにも反発を覚えただけだった。
 彼女たちについては、自省を求めること自体が間違いだったのかもしれない。己の所業を、それが為った時のことを顧みるということをしていないのだから。それでも千葉はまだシュナイゼルに騙されたという思いが芽生えた分、カレンよりは幾分かましだったのかもしれない。カレンはなまじ神根島での出来事からギアスのことを知っていただけに、シュナイゼルが何故のような偽りの証言をしたのかを考えることもせず、シュナイゼルの証言こそが出鱈目であり、ギアスという力は実在し、ルルーシュはその力を手に入れていると力説してやまなかった。そこに何の証拠があるわけでもないのに。それが裁判官らの心象を如何に悪くするかということにも考えは及んでいなかった。
 その点では、扇が“千草”と呼び続けるヴィレッタは潔かったと言えるかもしれない。ルルーシュの持つギアスを否定されたことに関しては異議を唱えたものの、自分が黒の騎士団幹部にゼロを裏切らせたきっかけの一つになったことは否定しなかった。
 シュナイゼルが全てを、そしてまたギアスについては偽りの証言をしたのは、自己の保身のためでもなんでもなく、ルルーシュに敗れた以上、ルルーシュの元に世界が纏まるならばそれで良しとの考えの元でのことであったが、それを理解し得たのは彼の忠実な副官たるカノンのみだった。ゆえにカノンはシュナイゼルの証言を肯定し、自分たちが黒の騎士団にゼロであったルルーシュを裏切らせたのだとの証言をした。そして黒の騎士団は何の決定権も無いにもかかわらず、扇の「日本を返せ」との言葉にシュナイゼルは頷いたのだと、扇が超合集国連合の決議を裏切り、自己の、そして自国である日本の返還さえされるならそれでよいと考えたのだろうとの証言さえしてのけた。
 カノンの証言に扇は色を()くし、裁判長の「静粛に!」との言葉にもかかわらずに食ってかかり、その度に刑務官に取り押さえられるという醜態を曝しまくった。そんな扇の、いわば悪あがきに、他の元幹部たちの心象も良くなりようがない。自分たちは扇に唆された、煽られたとの意識を強くし、それを自分につけられた弁護士から知らされたC級戦犯とされた一般の団員たちに至ってはなおさらである。
 自分たちは日本のために戦ってきたのではなかったのか。いや、それ以前にゼロが現在のブリタニア皇帝ルルーシュであり、そのゼロを裏切っていたという事実の前に、自分は何のために戦って来たのかと、中には泣き崩れる者もいた。
 ただし、自国、要は日本のため、という時点で彼らはすでに間違いを犯している。何故なら黒の騎士団はすでにエリア11、すなわち日本という一国のテロリスト集団ではなく、超合集国連合の外部機関となり、れっきとした軍事組織となったこと、つまりは日本のためだけに存在する集団ではなくなっていたのだという認識に欠けていたことが、その大きな要因だったのだろう。
 テロリストから軍隊へ、という変遷に、あくまで素人のテロリスト集団でしかなかった一般団員たちに、自分たちは正規の軍隊になったという感覚が欠如していたのは、扇たちからしてその意識が欠けていた以上、当然のことなのかもしれない。超合集国連合が結成され、日本奪還が超合集国連合最高評議会で決議されるまでの短期間で、彼らの意識の改革を求めたこと自体が無理だったのかもしれない。それでも、少なくとも扇たち幹部がシュナイゼルの齎した情報に踊らされ、ゼロを裏切るような真似をしなければ、世界はもっと違った方向に、自分たちが今こうして戦犯として裁判にかけられるようなことはなかったのにと、いやがおうにも一般団員たちはその責任を扇たちに求めるようになる。
 今回の裁判にあたり、ルルーシュは何もしなかった。命じなかった。いや、正確に言えば一つだけした。それはA級戦犯の一人である実妹のナナリーに関して、皇帝たる自分の妹ということでの情状酌量は無用であると告げていた。若年であること、シュナイゼルに担がれた神輿、傀儡であることはすでに誰告げることなく周知の事実であったが、それでもナナリーがフレイヤを投下されたエリア11の総督であり、その後行方を晦まし死を偽装し、総督としての責任を何ら果たしていなかったこと、にもかかわらず、シュナイゼルの諫言に乗せられたとはいえ、皇帝を僭称したのはナナリー本人の意思であることを考えれば、その責任は大きく、皇帝であるルルーシュと実の兄妹であるという情実によらず、公明正大に判決を下すべきであるとしたのである。
 そしてA級、B級の戦犯に対して判決の出る日が訪れた。C級は大人数であるために、そしてそのほとんどが扇や藤堂といった幹部たちに煽られて、自国のため、世界のためと信じて疑っていなかったという事実がその大半を占めていたことから、A級B級とはまた別に裁判が行われることとなった次第である。彼らの刑罰はさして重くはないだろうことは容易に想像できたが、それでも無罪というわけではないことに多くのブリタニア人は半ば無理矢理といった感じで自己を納得させるしかなかった。いずれにせよ、それは先の話になるのだが。



「主文」
 裁判長の声が響き渡る。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニア、コーネリア・リ・ブリタニア、シュナイゼル・エル・ブリタニア、扇要、藤堂鏡志朗、以上五名を死刑に処する」
「何故です! 悪いのはお兄さまです、何故私が死刑なんですか!」
 事ここに至っても、ナナリーは己の何が悪かったのかを自覚していない。シュナイゼルの証言は出鱈目でそう証言するように強制されたのだと盲信していた。ナナリーは為政者たる者の自覚が明らかに欠如しており、そもそも為政者たる資質にも問題がありすぎた。自分の力量を弁えることなく、ただ流されるままに、そして望まれるままに、自分で考えるということをせず、全て兄であるルルーシュ任せ、ルルーシュと離されてからは、スザクやシュナイゼルといった、自分にとって都合のよい相手の言葉に乗ってきたツケと言えるだろう。確かに年齢的なことを考えれば、死刑という判決は重いかもしれない。しかし、ナナリーはエリア11の総督たるを自分から望みながらその責務を果たすことなく、トウキョウ租界を、エリア11を見捨て、誤った情報のみを信じ、それを確認するということもせずに皇帝を僭称したのである。それは単に若さゆえの過ちと片付けるには重すぎた。
「静粛に!」
 裁判長に対して叫び声を上げるナナリーとは対照的に、扇はその場に頽れた。
「なんでだ、なんで、俺たちは間違ったことなんかしちゃいないのに」
 死刑の判決にショックを受けながらも、それでもあくまで自己の正当性を訴えることに変わりはなかったが。
 シュナイゼルとコーネリアは覚悟していたようであり、表情もさして変わらなかった。藤堂は流石に顔色を変えたが、目を瞑り、くだされた判決を黙って飲み込んだ。
 B級戦犯とされた者たちに与えられたのは終身刑だった。ブリタニアでは、戦犯に対しては恩赦が出ることはまずない。つまりB級戦犯とされた者たちは、二度と軍事刑務所の外に出ることは叶わず、陽の目を浴びることなく、その生涯を送らねばならないということだ。
 カレンに関して言えば、まだ彼女が20歳にも満たないことから、裁判官たちの意見は分かれたが、カレンに反省の色が無いこと、自分の我を通し、自分が何を為したのか、為そうとしたのかを考えようともしていなかったことが、結果、カレンに対する悪印象のみを強くし、他のB級戦犯と同様に終身刑の判決に至ったのである。もしカレンがブラック・リベリオン時にゼロであるルルーシュを見捨てなかったなら、ゼロの親衛隊長としての役目を全うし、ゼロを、つまりはルルーシュを守り通そうとしていたなら、このような事態を招くことはなかっただろうということも大いに関係していた。
 ブリタニアにおいては、よほどのことがない限り、軍事法廷においては控訴が受け入れられることはまずない。これでA級B級戦犯に対しての判決は確定したと言っていい。





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