「被告、藤堂鏡志朗、前へ」
名を呼ばれた藤堂は、軍人らしく堂々とした態度で証言台に立った。 「黒の騎士団は、本来、超合集国連合の下部組織であるに過ぎません。にもかかわらず、その超合集国連合の総意に反し、ブリタニアの内戦に参戦した。一体何を考えての参戦だったのですか?」
「世界のためだ。このままルルーシュの思惑のままに世界を牛耳らせるわけにはいかないと判断した。そのために扇たちとも合議の上で参戦した」
「昨日までの裁判によって、黒の騎士団のCEOたるゼロは現在のルルーシュ皇帝陛下であることが明らかにされました。しかしゼロは第2次トウキョウ決戦において死亡したと黒の騎士団は発表しています。これはどういうことでしょう。考えるに、黒の騎士団はゼロを裏切ったのではありませんか?」
「裏切ったというならそれはゼロの方だ! だから制裁しようとしたが逃亡され、死亡と発表したまで」
「ゼロの裏切りとは一体何なのでしょうか? 具体的に説明願えますか?」
「ゼロはブリタニアの皇子だった。ギアスという異能で、人々を、我々を騙し、操り、駒として、戦争をゲームとして楽しんでいたんだ。それのどこが裏切りでないと?」
藤堂の言葉に、検事は呆れたような顔をしてみせた。
「当時の陛下は、ブリタニアでは鬼籍に入っておられました。そして何よりも先帝シャルル陛下の時代の弱肉強食の国是を否定し、ご自身と妹君、ナナリー・ヴィ・ブリタニア被告を捨てた先帝と、当時の母国ブリタニアを憎み、皇室から隠れて暮らしていらっしゃいました。そんな陛下が、どうしてご自分の身分を明らかにすることができたでしょう。最初からゼロがブリタニアの皇子だと知れていたら、誰もついてはいかなかったのではないですか? しかし少なくとも、ゼロがイレブンでないことは当初から言われていたことです。つまりブリタニアを憎むブリタニア人であった可能性は最初からあったということになりますね。また、調査の結果、結成当初の黒の騎士団への資金援助をしていたNACの桐原翁は、ゼロの正体を最初から知っていたとの報告が上がっています。そしてまたギアスという力の件ですが、仮にそれがあったとして、被告たちがゼロを裏切ったという事実から照らして鑑みるに、被告たちにそのギアスなる力が使われたとは思えないのですが。もし、あくまでも仮にの話ですが、被告たちにその力を使っていたとしたなら、裏切り行為など起きなかったと思いますが。そのことはどう考えていますか?」
「……だが、シュナイゼルはギアスに関する証拠を我々に提示してくれた。そしてそれは納得のいくものばかりだった」
「それまで戦っていた敵将が齎した情報を、被告たちは鵜呑みにしたということですか? 普通そのようなことはありえないと思いますが」
「しかし現にルルーシュは、奴を粛清しようとした我々に対して、ゲームだったのだと嘲笑って言ったのだ」
「それはエリア11総督だった妹君、現在のナナリー被告が死亡したと思われたこと、また自分を殺そうとする被告たちの行動に自棄になってのこととは思われませんでしたか? 状況を考えるに、私は皇帝陛下に深く同情します。
ところで話は戻りますが、被告たちは自分たちが超合集国連合の下部組織であるにもかかわらず、超合集国連合の決定を待たずにブリタニアと休戦条約を結び、更には扇被告の言葉を借りれば、ゼロの身柄と引き換えにエリア11、すなわち日本の返還を要求した。これは権限の逸脱に他なりません。その点、考えてみたことはなかったのですか?」
権限の逸脱、その言葉に藤堂は返す言葉が無かった。
検事の言う通り、確かに自分たちは勝手に事を決めてよい立場にはなかったのだから。しかし当時の状況では他に選択肢がなかった。少なくとも、藤堂たちにはそれを判断するだけのものがなかったし、誰も当時の行動に不思議を覚えなかった。
言葉のない藤堂に、検事は構わずに続ける。
「そしてこの度のブリタニアの内戦への、連合に無断での参戦。大量破壊兵器フレイヤを擁するダモクレス陣営への参戦は、つまり、被告たちがフレイヤという兵器の存在を容認したということに他なりませんが、被告はそのあたりはどう考えていたのでしょう?」
「フレイヤを認めたわけではない! ただルルーシュを倒すことだけが、ルルーシュを倒さねばならないということだけで我々は行動した。確かに超合集国連合には無断での我々の独断専行による参戦だったが、ルルーシュを倒せていれば世の中は変わったはずだ!」
「確かに、もし陛下が倒れていれば、この世界はフレイヤという大量破壊兵器による恐怖によって支配された世界へと変わっていたでしょうね」
「!?」
フレイヤによる恐怖によって支配された世界── 藤堂はそんなものを考えたことはなかった。藤堂たちにあったのは、ルルーシュを許してはいけない、倒さなければいけない、という余りにも周囲を顧みない身勝手な判断でしかなかった。そして藤堂たちはそれに気付いていなかった。己らの狭量に少しも気付いていなかった。彼らにとって間違っているのは世界であって、あくまで自分たちとシュナイゼルたちが正しいのであり、そこにフレイヤによる恐怖の支配が待っているなどということは頭を過りもしていなかった。
驚きに目を見開いた表情の藤堂に、彼が本当に何も理解していなかったのだと知って、検事は溜息を零した。
「被告は何も考えていなかったようですね。この度のブリタニアの内戦は、単なる内戦ではなく、フレイヤという大量破壊兵器の存在を巡る戦争でもあったのですよ。フレイヤを要する陣営に身を置くということは、すなわちフレイヤという大量破壊兵器の存在を認めることです。それこそ被告たちが述べているギアスなる不可思議な力に比べれば、遥かに重大な現実であり、非人道的なものです。そのことに対する認識は少しも持っていなかったのですか?」
「我々は、ただ、ルルーシュの悪逆を許してはいけないと……」
「被告の言うルルーシュ陛下の悪逆とは具体的に何をさしているのでしょう?」 「それは、ギアスという力で人の意思を踏みにじり、人の尊厳を無視して……」
藤堂は検事に対する言葉を必死に探すが、その言葉に力はない。証言台に立った当初の堂々とした態度はすでに消え失せていた。
「それはギアスなどというわけの分からぬ力よりも、フレイヤの方が遥かにその言葉に相応しいのではないですか? フレイヤは一瞬のうちに数多の人間を、そう、トウキョウ租界そのものを消滅させました。ペンドラゴンに向けて発射されたフレイヤは、アスプルンド伯爵たちの開発したアンチ・フレイヤ・システムによって葬り去れられ、結果、ペンドラゴンは、そこに住む住民には何の被害も齎すことはありませんでしたが、もしそのシステムが無かったら、ペンドラゴンもまたトウキョウ租界同様に消滅していたわけですが、そのことを被告はどう考えます? 敵対する国のことであれば、無辜の民衆がどれほど死のうと、被害を受けようと構わない、関係ないと思いましたか?」
「そんなことはない! ただ俺たちはルルーシュの圧政から人々を解放することが世界のためだと考えていただけだ!」
「一体どこにルルーシュ陛下の圧政があるというのでしょう? 確かに陛下はドラスティックな改革を行い、ナンバーズ制度を廃止し、多くの皇族や貴族たちの既得権益を廃しました。その権益を失った彼らが圧政を強いられたと言うのなら、確かに彼らにとっては圧政と言っていいでしょう。ですがそれ以上に、少なくともブリタニアとそこに属するエリアには、人は皆、平等であるとの宣言がくだされました。人の意識はそう簡単に変わるものではなく、残念ながらブリタニア人の元ナンバーズに対する差別はまだ消えてはいませんが、それもいずれは陛下の治世の下で無くなっていくことでしょう。そんな陛下の治世のどこが圧政なのでしょう?」 「だ、だから、ギアスによる人の意思を、尊厳を無視するやり方が……」
「そのギアスについては、あなたがたに情報を齎したというシュナイゼル被告自身によってすでに否定されています。つまり、被告たちの行動の根拠は全て覆されているわけです。未だにそれを認めることはできませんか? あくまで自分たちが正しいのであって、フレイヤによる恐怖の支配を受ける世界が正しいあり方だと言い張りますか?」
「そんなことは言っていない!」
藤堂は検事の言葉を必死に否定した。実際、藤堂に検事が示したようなことを考えるだけの余地があったのかと問われれば、否、としか答えようがなかった。
「言葉にしていなくても、被告たちが取った行動がそれを示してると申し上げているのですよ。
裁判長、私からは以上です」
これ以上の遣り取りは無意味と判断した検事は、その視線を藤堂から裁判長に移し、そう告げた後に自分の席に戻った。
「では弁護人」
「はい」
裁判長の言葉に、藤堂につけられた国選弁護人が立ち上がったのが藤堂の視線に入った。
しかしこれまでの弁護人は、あくまでも最低限のレベルでしかその職務を全うしてはいない。おそらくは自分につけられた弁護人もそうなのだろうと、藤堂はすでに諦めの境地にあった。実際、検事から突き付けられた事実は、そして何よりも今日まで目にし、耳にしてきた事柄は、藤堂の、ひいては黒の騎士団の行動を否定するものでしかなかったのだから。
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