道 程 【12】




 裁判の中で明らかにされた、かつての帝国の反逆者ゼロが現在の皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることは、国内外に大きな波紋を呼んだ。
 しかしその生い立ち、帝国から、先帝シャルルから見捨てられ、エリアとなった地で帝国から隠れて過ごしてきた日々もまた知られるところとなり、彼の理想、思想、そして現在行われている施政により、ブリタニアは各国から批難を浴びていた、弱肉強食を国是とした国家から新しい国家へと生まれ変わりつつあり、それを為しているのは間違いなくルルーシュであるということから、批難の声は然程大きくなることはなかった。それよりも、己らの指導者であったゼロ、つまりはルルーシュを裏切った黒の騎士団と、自国にフレイヤを投下するという強硬手段を取ったシュナイゼルたちに対する批難の声の方が遥かに勝った。
 そんな次第で、ルルーシュがゼロであったことが知れた後も、ルルーシュの皇帝としての基盤はすでに揺らぐことなく存在している。何よりも、彼は自国を、更には世界をフレイヤという大量破壊兵器から守ったのである。そんなルルーシュを否定するということは、フレイヤというシステムによる恐怖の支配を受け入れることに繋がり、到底そのようなことはできようはずがなかったとも言える。
 政務のほとんどをを宰相であるシュナイゼルに任せて、己は怪しげな研究にのめり込んでいた先帝シャルルと異なり、親政を取り、皇帝としての職責を忙しなく務めているルルーシュの姿も、国民には受け入れやすかったということもあるだろう。ブリタニアの皇帝となったルルーシュが、ブリタニアという国家のために、そこに生きる人々のために政務を取り仕切っているのは確かに疑いようのない事実であったのだから。その姿を見、そこに偽りを見出すことができない以上、かつてゼロという帝国への反逆者であったことは、現在では然程重要視されていない。もとよりルルーシュに批判的な者たちを除いては。



 その日、回ってきた一枚の書類に、それまで淀むことなく動いていたルルーシュのサインをする手が止まった。
 それは軍事裁判の判決を受けての、ナナリーたちに対する処刑に関するものだった。
 シュナイゼルやコーネリア、かつてルルーシュを裏切り、本来の上部組織である超合集国連合を裏切った扇や藤堂たちに対しては思うところは正直なところ何もない。しかし、やはり分かっていたこととはいえ、実妹のナナリーに対しては思わずその手が止まってしまった。
 ルルーシュの行動の規範は全てナナリーのためだった。そのナナリーが、かつて彼女が望んだ“優しい世界”を彼女自身が裏切り、シュナイゼルに唆されたとはいえ、自国にフレイヤを投下することを容認するなどという余りにも愚かな行為に走ったことは、どう見ても容認できることではない。ロイドの開発したシステムが無ければ、ペンドラゴンはとうに消滅し、億に上らんとする人々が虐殺されていたのである。ナナリーはシュナイゼルの住民は避難させたという嘘を何の根拠もなく盲信していたようだが、フレイヤを前にしてはそのようなことは不可能であり、結局ナナリーは何も知らず、知ろうともしなかった、為政者としては明らかに落伍者でしかなかった。そして自分が治めるエリアを見捨て、自国の民を虐殺しようとしたナナリーを国民が認めようはずがなかった。国民はナナリーの処刑という判決に対して、当然と受け止めていた。ナナリーの若さは言い訳にはなっていなかった。あるのはナナリーが総督としてあったエリア11で為すべきことをしなかったこと、本国に対して為したこと、為そうとしていた事実のみなのだ。
 ルルーシュは一度固く瞳を閉じ、それから書類に処刑認可のサインをした。現在のルルーシュの心境としては、実妹のナナリーを失おうとも、ブリタニアの皇帝として、己の理想を実現させるべく確かな政を行っていくことしかない。そしてまたそれがブリタニアへの反逆者としてあった、以前の自分に対する贖罪であろうとも考えていた。
 そうして皇帝として忙しい日々を送る中、彼のナイト・オブ・ワンとして限りない忠誠を示してくれるジェレミア・ゴットバルトや、皇帝のギアスから解放され、中に巣くっていたマリアンヌの精神から解放されてルルーシュに忠誠を誓って従うようになったアーニャ・アールストレイムの存在は、ルルーシュの心に平安を齎してくれるものだった。ことにアーニャは、ナナリーという実妹を失った今のルルーシュにとっては、本当に妹のようにも思えるものだった。もちろん、アーニャはアーニャとして、ナナリーとは別人であり、それは十分に弁えていたが、それでもアーニャの存在に心慰められる時があるのは否めない事実なのだ。
 ちなみに、制圧したダモクレスの中で発見されたナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグについては、シュナイゼルたちに組したわけではなく、単に捕らわれていただけであったことが判明したことから、今回の内戦には無関係として裁判にかけられてはいない。しかし、あくまで先帝シャルルの騎士としての矜持を貫き、先帝を弑逆したルルーシュを認めようとはしなかった。とはいえ、シャルルの唱えた弱肉強食の理論から言えば、シャルルを弑したルルーシュがその後を継いで皇帝となったことに異を唱えることもなく、何処へともなく去っていった。それが騎士としてシャルルを守りきれなかった自己への、ジノなりの責任の取り方なのかもしれなかった。そしてルルーシュはそんなジノの行動を止めることはなかった。むろん、シャルルの仇としてルルーシュを狙ってくるようなことがあれば、彼の騎士たちが何としてもジノを止めただろうが、ジノは達観したように立ち去り、同僚であったアーニャはただ黙ってその後ろ姿を見送った。



 現在、対外的なことで言えば、ブリタニアは超合集国連合とは距離を置いている。連合は未だ人口比率条項を改めておらず、そこにブリタニアが加盟すれば、どうしても不公平感は免れない。ゆえに話し合いを求められればそれに応ずるが、加盟は見送られたままだ。ブリタニアが連合に加盟する時が来るとすれば、それは超合集国連合の人口比率条項が改められた時となるだろう。
 その超合集国連合の最高評議会議長だが、ブリタニアの内戦に参加した黒の騎士団のほとんどが日本人幹部を中心とした日本人たちであったことから、皇神楽耶はすでに責任をとって議長の座を退いており、別に新しい議長が選出されている。
 ルルーシュはその新議長との、オープンチャンネルという通信を通してのものではあったが、会談を済ませ、ブリタニアとしての意向は伝えている。今後はそれに対して超合集国連合がどう動くかによる。しかしいずれにせよ、ブリタニアが新たな戦争を仕掛けることはない。とはいえ、他国がそうなったブリタニアに対して戦争を仕掛けてこようものなら、それに応じる用意に抜かりはないが。対話を重視するとは言っても、相手にしかけられた時にまで黙ってそれを受け入れるつもりはない、それではブリタニアが侮られるだけだ。
 ルルーシュの方針の元、人種差別撤廃、いずれは全てのエリアの解放に向けての啓蒙も少しずつではあるが進んでいる。
 そしてブリタニアが世界の中で唯一の超大国であることも依然として変わりはない。確かに超合集国連合と二分する状態ではあるが、超合集国連合はあくまで連合、つまりは各国の寄り合い所帯であり、その中には自然と自国の利益を優先しようとする国があり、必ずしも足並みが揃っているとは言い難い。超合集国連合設立の要因となったブリタニアが敵とはならなくなったことが、それに拍車をかけている。ルルーシュが懸念するのはそこである。つまり共通の敵が存在しなくなったことにより、超合集国連合という組織を維持する意義が彼らの中から薄れているのである。そんな状況を読み取ったルルーシュは、現在の超合集国連合に変わる、世界の全ての国が参加できるような、新たな世界的組織の編成を脳裏に描き始めている。とはいえ、どのような形であれ、超合集国連合がきちんと存在する限りは想定の範囲内のことに過ぎないのだが。
 そしてルルーシュにとってもう一つ、いや、もう一人に関する懸念は拭われてはいない。その一人とは、かつての幼馴染の親友であり、自分をユーフェミアの仇として付け狙っていた枢木スザクの存在である。Cの世界で別れた後、果たして彼がどうなったのか、それを知っているであろうルルーシュの唯一の共犯者である魔女C.C.は黙して語らない。ただ「おまえが心配してやるようなことはない」と笑って告げるのみだ。決してそれ以上のことを語ろうとはしない。いずれにせよ、ルルーシュとスザクの進む道は別たれた。今後、二度と交差することはないだろう。ルルーシュは超大国神聖ブリタニア帝国の皇帝であり、スザクはラウンズからもとうに解任され、騎士候の位も剥奪されて、すでにただの一臣民に過ぎないのだ。たった一人の存在に何時までも拘り続けるのも愚かなことと言えるかもしれないと、C.C.に言われるまま、考えるのを止めた。
 そうして日々、ルルーシュは搾取され続け荒れ果てた各エリアの復興と、その解放を目指して、皇帝としての激務に追われつつ、自分を慕ってくれる者たちに囲まれ、忙しいながらも心癒される日々を送っている。
 何時か全エリアの解放を終えることが叶ったなら、ブリタニアを現在の専制主義国家から国民主権の立憲君主制に改めることを視野に入れながら、これからの先の、自分の生きる(えにし)とも言えた妹のナナリーを失い、己に課せられた長く険しいだろう日々を思い、それでも己の理想とする世界を描き出すべく、自分の周囲にいてくれる者たちの幸福を願いながら政務に取り組み続けていく。いずれ、理想が現実のものとなる日を願って。

── The End




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