道 程 【9】




 そして更に翌日、シュナイゼルの番がきた。
「被告は、何故ナナリー・ヴィ・ブリタニア被告ではなく、自分こそが皇帝であると名乗り出られなかったのですか? 能力的に言っても、その方が納得できるのですが」
「ナナリーを前に出した方が、ルルーシュに、いえ、陛下に対してゆさぶりをかけることができると考えたからです」
「それはつまり、ナナリー被告の能力を買った、ということではないわけですね」
「そうです。私にとってナナリーの価値は、陛下と母を同じくする、陛下が最も愛し慈しんだ存在だったということだけです。それに彼女は、私の吹き込んだ陛下の虚像を簡単に盲信してくれたので、正直楽でした」
「つまり傀儡として操りやすかった、ということですか?」
「そうです。何せペンドラゴンにフレイヤを投下する際にも、結果的に失敗に終わってはいますが、住民を避難させたなどという法螺を疑うことなく信じてくれましたからね。扱いやすかったですよ」
「それはつまり、あの戦争に勝利した後、傀儡として操りやすかったから、ということですか?」
「それもあります」
 検事とシュナイゼルの遣り取りに、信じられないことを聞いたというようにナナリーは被告席で呆然としていた。
 自分が傀儡に過ぎなかった、シュナイゼルの話は嘘だったと、今になって知ったというように。
「確かにそのようですね。ペンドラゴンの住民の避難など、少しでも考えればできようはずがないにもかかわらず、ナナリー被告はすっかり信じきっていたようですからね」
 少しでも考えれば、との検事の言葉は、ナナリーにはそれすらもできない愚かな娘というレッテルを貼ることとなった。
「黒の騎士団を引き摺り込んだのは何のためです?」
「別に引き摺り込んだわけではありません。彼らの方から言い出してきたのを受け入れただけです」
「では、何故そのようなことになったか、心当たりは?」
「以前、第2次トウキョウ決戦の際に、私は黒の騎士団の主な幹部、ほとんどがイレブンたる日本人でしたが、会って話をしました。その時にこちらが出した情報を彼らは何の疑いもなく信じてくれましたからね。おそらく今回もその流れでしょう。超合集国連合に居場所を()くした彼らは、私なら信用できると、そう安直に考えたのではないですか?」
 最後は疑問形でシュナイゼルは答えた。
「被告が黒の騎士団幹部に出したというその情報について、聞いてもよろしいですか?」
「陛下にはギアスという人を言いなりにさせる力があると、こちらで作成して用意したリストその他と共に彼らに提示しました。あっさりと、こちらが腑抜けになるくらいあっさりと信用してくれたので、むしろ別の意味でがっかりしたのを覚えていますね」
「今一つ意味が分かりかねますね。陛下が仮にそのような力を持っていたとしても、第2次トウキョウ決戦では何の関係も無かったはずですが」
「あります。何故なら、黒の騎士団のCEOであるゼロこそが陛下だったのですから」
 シュナイゼルのその発言に、場内がどよめいた。
「それは黒の騎士団幹部たちにゼロを、つまりは陛下を裏切らせようとしたということと受け取って間違いありませんか?」
「仰る通りです。黒の騎士団の幹部たちは、こちらの思惑以上に動いてくれて、ゼロを粛清しようとしてくれましたから。こちらとしてはその身柄を抑えられれば良かったものを、結果としてゼロには逃げられ、ゼロであった今の陛下は先の陛下を弑逆して玉座に就かれた。ですが陛下が目指されたものと私が目指したものとは違いました。陛下が人の未来を信じたのに対し、私はフレイヤというシステムで、力によってこの世界を纏めようとした。それが今回の戦争のそもそものきっかけです」
「馬鹿を言うな、シュナイゼル! おまえが言ったんじゃないか、ゼロには、ルルーシュにはギアスって力があって、それで俺たちを操ってたんだって、証拠も示して! それにゼロの身柄と引き換えに日本を返してくれるって!!」
 それは被告席についている元黒の騎士団事務総長の扇要だった。扇は立ち上がり、シュナイゼルを指さして叫んでいた。
「静粛に!」
 ざわめき続ける場内、それに続く質問をされてもいない扇の突然の叫びに、裁判長は木槌を打ってその場を治めようとした。
 刑務官が立ち上がり、叫び続ける扇を取り押さえる。
「俺は嘘なんか言ってない! ギアスのことだって本当のことだ! 現に千草が……!」
「静粛に」再度木槌が打たれる。「扇被告、君には今は発言権は無い。静かに座っていたまえ」
 扇が取り押さえられ席に座ったことを確かめると、検事は改めて被告人であるシュナイゼルに質疑を再開した。
「ギアスというのは何でしょう?」
「先帝が内密に様々な研究をさせていたギアス嚮団というのがあります。そこでは超能力などについても調べられていたようです。生憎とその組織は、第2次トウキョウ決戦の前にゼロによって壊滅させられ何の資料も残っていませんが。そこから私が思いついたものです」
「何を仰られるのですか、異母兄上(あにうえ)! ギアスのことは私も調べて……!」
「静粛に!!」
 今度はコーネリアだったが、裁判長の言葉にコーネリアは致し方ないと大人しく引き下がった。
 そんな中、混乱の真っただ中にあるのはナナリーだ。
 自分はシュナイゼルに騙されていた、利用されていた、そして兄を敵とし、卑怯者と罵った。自分は兄ルルーシュに何をしたのかと。何故ずっと共にあった兄を信ずることができず、シュナイゼルの嘘にああも簡単に騙されてしまったのだろうと。何が本当で何が嘘なのか、ナナリーには分からなくなってしまった。
 そんなふうにナナリーが混乱している中、シュナイゼルの質疑も何時の間にか終わっていた。



「被告、扇要、前へ」
 その呼び出しに、大いに不満そうな顔をして扇は証言台に立った。
「まず黒の騎士団は超合集国連合の外部組織である。にもかかわらず、超合集国連合の決定を無視し、シュナイゼルについて、この度の戦争、我が国ブリタニアの皇位継承を巡る内戦だが、それにかかわった。そのことで超合集国連合最高評議会からは、今回の戦争に参戦した君たちは、もはや超合集国連合とは無関係として、我が国にその処断を任されていることを先に伝えておく」
「なっ、何でそんなこと! 俺たちは世界のために、ルルーシュを放ってはおけないと立ち上がっただけなのに!」
「超合集国連合の意思を無視した段階で、君たちはすでに超合集国連合から切り捨てられたということだ」
「嘘だ! そんなはずない! きっと神楽耶様がルルーシュの奴に騙されてるんだ! でなけりゃそんなこと……」
「神楽耶様というのは、合衆国日本代表の皇神楽耶殿のことかね?」
「もちろんだ!」
「皇殿なら、今回の不祥事を起こしたそのほとんどが日本人だったことの責任をとって、超合集国連合の最高評議会議長の座を降りられた」
「なっ!?」
 神楽耶が議長の職を辞したとの検事の言葉に、被告席にいた多くの黒の騎士団員が息を飲んだ。自分たちは事務総長の扇に命じられるままに行動し、今回のブリタニアの戦争に加担したが、扇たち幹部を信じてついてきたことそのものが間違いだったのかと。そして、ならば日本はどうなるのかと、それぞれに思いを巡らせた。世界のために、日本のために良かれと思ってしたことが、却って日本の立場を悪くしたのだと知らされて、彼らのほとんどが項垂れた。
 しかし、彼らがそうして思いを巡らせている間も質疑は続く。
「ゼロが、ルルーシュの奴が悪いんだ! 俺たちを騙して利用した! 俺たちは何も悪いことなんかしちゃいない! 今回の戦争だってそうだ! ルルーシュが間違ってるんだ!」
 扇は馬鹿の一つ覚えのように、何を問われても自分たちは悪くない、悪いのはルルーシュだと叫ぶだけで質疑にはなっていない。これにはナナリーの時とは別の意味で検事は匙を投げた。





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