道 程 【8】




 天空要塞ダモクレスとの戦闘終結後、ダモクレスはブリタニア軍によって拿捕され、解体された。
 ダモクレスを開発製造したカンボジアにあるトロモ機関はすでに摘発接収され、その設備は、データも含めて徹底的に破壊されている。
 フレイヤを開発した研究組織インヴォーグも同様に解体され、そこに蓄積されていたフレイヤに関するデータも末端まで破棄された。フレイヤに関しての資料は、それを開発したニーナの頭脳と唯一アンチ・フレイヤ・システム“アンチ・フレイヤ・エリミネーター”開発のために残された、ニーナ所有のPCの中にしかない。ロイドの手持ちの資料の中からも削除されている。
 ロイドといえば、彼の開発したアンチ・フレイヤ・システムについては、そのデータを削除こそされなかったものの、ルルーシュの命により封印された。何故ならば、ロイドが開発したそれは、使いようによってはフレイヤ以上の脅威の兵器足り得るものと思われたからである。
 シュナイゼルたちと共闘した元黒の騎士団の処遇に関しては、合衆国日本代表の皇神楽耶より、ブリタニア側に全面的に一任された。すなわち、合衆国日本、ひいては超合集国連合は今回の事態には一切何の関与もしていないと表明したのである。神楽耶には忸怩たる思いもあったと推測されるが、日本の存在を守るには、彼女にはその方法しかなかった。何せ彼らは悪魔の兵器フレイヤを使用したシュナイゼルを容認したのであるからして、とても認められるようなことではなかったのである。神楽耶のそのような思いを知らぬ黒の騎士団の日本人幹部たちは、神楽耶はルルーシュによって騙されている、あるいはブリタニアの強権によって脅かされているのだと、あくまで自分たちに都合のよいようにしか受け止めようとしなかった。



 一連の後始末が終わり、残されたのは戦争犯罪者たちに対する軍事裁判である。
「被告、ナナリー・ヴィ・ブリタニア、前へ!」
 一番最初に呼ばれたのは、自分こそがブリタニアの第99代皇帝であると僭称した最も年少のナナリーだった。彼女が単にシュナイゼルによって擁立された傀儡であることは、誰言うともなく周知の事実として受け止められていたが、それでも自ら皇帝を僭称し、あまつさえ、結果として無事に防がれたとはいえ、自国の帝都にフレイヤ投下を容認した罪は重い。
 しかしナナリーの中にあるのは、卑劣な兄の姿でしかなかった。皆、兄に騙されている、兄のギアスという異能によって操られているのだと、シュナイゼルから齎されたその情報のみしかなく、そしてナナリーはそれを未だ盲目的に信じ続けていた。ゆえにナナリーに反省の色はない。
「悪いのはお兄さまです! 皆さん、お兄さまに騙され操られているんです。目を覚ましてください!」
「目を覚ますのはあなたではありませんか、ナナリー・ヴィ・ブリタニア被告」
 検事が突き放すように告げた。
「ルルーシュ陛下がアスプルンド伯爵に命じて開発されたアンチ・フレイヤ・システムによってペンドラゴンは無事でしたが、それが無かったら、今頃ペンドラゴンは消滅し、此処に住まう億に上らんとする人々は皆死んでいたのですよ」
「そんなはずありません! ペンドラゴンの民は皆避難させたとシュナイゼルお異母兄(にい)さまが……!」
「あなたはそれを信じたのですか。何ら検証しようともせずに」
「シュナイゼルお異母兄さまが嘘をつかれるはずがありません、お兄さまとは違います。それに検証と言いますが、目の見えない私に一体どうやってそれを知れというのです! そんなできないことを言わないでください!」
 知ろうとしなかった、それこそが彼女の罪であるにもかかわらず、ナナリーは自分に非はないと貫き通す。
「あなたには為政者たる者がどのような存在か、分かってはいないようですね。そのような人間に皇帝を名乗る資格がどこにあると?」
「私を馬鹿にしているんですか! 私は皇族ですよ!」
「その皇族としての役目すら満足に果たしていないあなたに、一体どんな権利があるというのです」
 検事は冷たく切って捨てた。
「わ、私は……」
 ルルーシュに操られている── ナナリーはそう信じて疑わない── 検事の言葉に、返したいことは山のようにあるのに、何をどのように告げたらいいのか分からずにただ口をぱくぱくと動かすのみだ。
「あなたはエリア11の民を見捨て、総督たる役目を果たすことなく出奔し、己こそが皇帝であると僭称して数多(あまた)の民を無慈悲に虐殺しようとした。ですがあなたにはそれが全く理解できていないようですね。悲しいことです。あなたのような人間を総督といただかざるを得なかったエリア11の民に深く同情してやみません」
「なっ!?」
 そこまで検事に言われて、怒りと羞恥にナナリーは顔を真っ赤に染めた。
「皇族たる私をどこまで馬鹿にするつもりですか、一臣民の分際で!」
 そう叫ぶナナリーに、処置なしとでもいうように検事は首を左右に振った。
「裁判長、この被告とのこれ以上の質疑はただの時間の無駄のようです」
 検事の言葉に、裁判長は鷹揚に頷いた。
「弁護士、これについて何か?」
「いいえ、ございません」
 ナナリーにつけられた国選弁護人は、立ち上がって一言そう述べただけで腰を降ろしてしまった。
 弁護人にしても、ナナリーの弁護はしようがない状態だったのである。ましてや、その弁護人ですらナナリーたちの放ったフレイヤが帝都に予定通り着弾していたら、すでにこの世には存在しない存在なのである。そのことからも、己の職務として最低限のことをしようとは思うものの、それ以上のことをしてやろうという気は彼には到底起きなかった。
 弁護人からも見捨てられたと感じたナナリーは、縋るように見えない瞳を己の弁護人に向けたが、彼は何の反応も示さなかった。
 傍聴席からは呆れの溜息と刺すような冷たい視線が注がれるだけで、かろうじて騒ぎを起こさないだけの理性が彼らにあるのが裁判長にとっては救いだった。
 その日の夜のニュース、翌日の新聞、そして裁判直後からのネット上での討論では、ひたすらナナリーは批難され、彼女を弁護する意見は何一つとして無かった。そして検事がそうしたように、エリア11に住まうブリタニア人に、亡くなった大勢の人々に、改めて追悼の意が寄せられた。
 エリア11への同情の他には、あのような低位の皇位継承権しか持たず、しかも子供の頃に皇室を離れて僅か1年しか真面な皇族教育を受けていない── 実際のところそれすら怪しいのだが── 少女が、父皇帝に総督という地位を強請り、その座を得たことがそもそもの間違いなのだ。彼女が総督でなければエリア11でフレイヤが使用されるなどという愚かな行為は起こらなかっただろうというのが、主張の大半を占めていた。
 そんなことを知る由もないナナリーは、昨日同様粗末な車椅子に座り、今日は異母兄(あに)シュナイゼルの隣にその身を置いていた。今日はコーネリア・リ・ブリタニアの番である。
「被告、コーネリア・リ・ブリタニア、前へ」
 その声に憮然とコーネリアは進み出た。皇族たる自分を、身内でもない一臣民が呼び捨てにするとは何事かと無言のうちに彼女は語っていた。しかしそれを意に介する裁判官でも検事でもない。彼にとってコーネリアは裁かれるべき被告の一人、大逆犯たる戦争犯罪人の一人に過ぎないのだから。
「被告はかつてエリア11の総督という重責にありながら、ブラック・リベリオンと呼ばれるエリア11に住まう当時のイレブンによる抗議運動の終盤に出奔し、総督としての役目を果たすことなくエリア11を見捨てましたね。これは何故です?」
「決まっている! ユーフェミアの無実を晴らすためだ」
「ユーフェミアとはあなたの妹である、元第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアのことですか?」
「決まっている」
 何をいまさら、というようにコーネリアは横柄に応えた。そこには昨日のナナリーに対してもそうであったが、自分だけではなく皇女たるユーフェミアをも敬称を付けずに呼び捨てにする検事への怒りもあった。
「ユーフェミア・リ・ブリタニアは皇籍を奉還し一臣民となった。敬称を付ける必要性を感じませんね」
 コーネリアの意向を察した検事は、当然のことであり、何ら不敬なことはしていないと言ってのけた。
「それでユーフェミアの無実を晴らすとは、どういうことです? 何かそれを示すものを見つけましたか?」
「全てはルルーシュによるものだ! ルルーシュはギアスという異能でもって、我が妹ユーフェミアを操りイレブンを虐殺させた。あの虐殺事件はユーフェミアの意図するところではない! 全ての責任はルルーシュにこそある!」
「あなたがたが散々呼び捨てにされているルルーシュというのは、畏れ多くも当代の皇帝陛下のことでしょうか」
「当然だ! ルルーシュこそが全ての元凶! 奴さえいなければ特区の虐殺は起きなかったし、父上の弑逆などということも行われず、当然この度の戦いも無かった! 全ての責任はルルーシュにこそある!」
 コーネリアのその言葉は、その場にいた被告人たち以外の全ての人間の眉を顰めさせ、なんと畏れ多いことを、とコーネリアを無言のうちに批難した。しかしシュナイゼルは別として、他の被告人全てが「その通りだ」というように一様に頷いて見せ、それが更に裁判長すらも含めて、コーネリアたちへの怒りを膨らませた。
 コホン、と小さく咳払いをしてから検事は質問を重ねた。
「その証拠はありますか?」
「証拠は、無い、失われてしまった。だが私たちが何よりの証人だ! ルルーシュが如何に卑怯で卑劣な存在であるか、我らは十分に承知している!」
「それはあなたがたの思い込みでしょう。第三者をも納得させるものでなければそれは証拠とは言えず、証人とも言えない。これは裁判を行う上では当然の事実です」
 検事はコーネリアの言葉を切って捨てた。





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