道 程 【6】




 シュナイゼルのお蔭で、とのナナリーの言葉にルルーシュの中の何かが冷めた。
『お兄さまはずっと私に嘘をついていたのですね。本当のことをずっと黙って。
 でも私は知りました。お兄さまが、ゼロだったのですね』
 ルルーシュはあえて口を挟もうとせず、ナナリーの告げる言葉を黙って聞いていた。
『どうして? それは私のためですか? もしそうなら、私は、私は、そんなことは望んでいなかったのに……』
「おまえのため? そうだな、確かに最初のきっかけはおまえのためだった。おまえが望む“優しい世界”、そのためには父シャルルの掲げる“弱肉強食”を国是と掲げるブリタニアがある限り、それはできないと思ったからだ。それと同時に、何時まで皇室から隠れ続けることができるか、そういう不安もあった。だからゼロとして黒の騎士団を設立し、ブリタニアを壊そうと思った」
『私はそんなことを望んではいませんでした! ただお兄さまと一緒にいられればそれだけで良かったのに!』
 ルルーシュの言葉に、その言葉の真意をどこまで理解したのか分からない答えをナナリーは返す。
『それにそんなに皇室に見つかるのが怖かったなら、さっさと名乗り出ていれば良かったんです。現に私は何の憂いも無く皇室で過ごせ、その上、お父さまにはエリア11の総督になりたいという願いまで聞き届けていただけました』
 ナナリーの言葉にルルーシュは苦笑を漏らした。その苦笑が聞こえたのだろう、ナナリーは顔を赤らめて怒りを示す。
『何がおかしいんです!?』
「おまえがエリア11の総督になれたのは、ゼロとして復活した俺を抑えるためのカードとしてだ。そのためにブリタニアでは弱者に過ぎないおまえは特別扱いを受けることができた。それだけのことだ。そんなことも理解できないか?」
『えっ?』
 実際、ナナリーは理解していなかったのだろう。ゼロが復活し、スザクがナナリーに携帯を繋いだ時、明らかにルルーシュの様子がおかしかったはずだ。あの時はロロのギアスに助けられてスザクの時間を止めている間に会話を交わしたのだから。だがその不自然さにナナリーは気付かなかったらしい。そして気付かぬまま、特別ルルーシュを捜そうという手を何も打たず、皇族として、総督としての生活を送っていた。それも優秀な文官たちが揃っていてのことであり、ナナリーが総督として何をしたかと言えば、ユーフェミアの提唱した“行政特区日本”を復活させようとして、挙句失敗に終わり、エリア11に住まうブリタニア人、名誉ブリタニア人に税制上の負担を強いたに過ぎない。エリア11が速やかに衛星エリアに昇格できたのは、文官たちが優秀だったことに加え、ゼロが黒の騎士団や支持者たちと共に早々にエリア11を後にして中華の蓬莱島に引いたためにテロが少なくなったからに過ぎない。だがナナリーはそれすらも理解していないのだろうことがルルーシュには容易に察することができた。
「エリア11元総督ナナリーヴィ・ブリタニア。ブリタニア皇帝として命ずる。総督としての役目を果たすこともせず、死を偽装して本来果たすべき責も全うせず出奔していた罪は重い。それはおまえだけではなく、帝国宰相の地位にありながら、同じく行方を晦ましたシュナイゼル・エル・ブリタニア、そしてまたエリア11総督の地位を投げ打って出奔したコーネリア・リ・ブリタニアも同じこと。しかもおまえたちは自国の帝都たるペンドラゴンに大量破壊兵器フレイヤを投下するという、人道上許しがたい行為まで犯した。その罪、決して軽からず。直ちに武装放棄してペンドラゴンに出頭せよ」
『な、何を言うのです! 罪深いのはお兄さまの方です! ギアスなどという異能で人の意思を捻じ曲げて操り、自分の思い通りに動かした! お兄さまのした方こそ許されることではありません!』
 ナナリーは車椅子の肘かけをギッと握りしめると抗議するように声を荒立てた。
「俺はおまえに許しを乞おうとは思わない。だがおまえたちは帝都に住まう民衆を殺そうとした。それは紛れもない事実であり許されざる行為だ」
『帝都の民はシュナイゼルお異母兄さまが避難させたはずです! 殺そうなどとしてはいません!』
 ナナリーのその言葉に、ルルーシュは呆れたような深い溜息を吐いた。
「俺が今何処にいるのか分かっていて言っているのか? だとしたら随分とシュナイゼルに誑かされたものだな」
『ど、何処って、エリア11に向かったアヴァロンの中でしょう?』
「俺がいるのはペンドラゴンの宮廷にある皇帝執務室だ。つまり、おまえたちの投下したフレイヤが予定通り爆発していた場合、こんな通信もできる状態ではないのだよ、俺は死んでいたのだから」
『そ、そんな、嘘です! お兄さまはこの期に及んでも私に嘘をつくのですね!』
「……そう思いたいなら思えばいい」
 ルルーシュは諦めたように告げた。
「俺は逃げも隠れもしない。攻めてくればいい。俺はブリタニア全軍をもって対戦させてもらうまでだ」
 そう言い切ると、ルルーシュはナナリーとの通信回線を切ってしまった。
 椅子に深く座り直して、深く長い溜息を吐き出す。
 ルルーシュは思う。自分はナナリーの何を見ていたのかと。いくらルルーシュに守られていたとはいえ、20歳にも満たないルルーシュがナナリーを守るのには限度があった。この世の全ての悪意から守れていたとは思えない。それなのにああも簡単にシュナイゼルの掌で踊らされているナナリーの様に、過去の自分を振り返り、後悔していた。ナナリーを単に弱者として守るだけではなく、もっと世間を知らせるべきだったと。ブリタニアが、父シャルルが世界に対して為している行為をもっと知らしめるべきだったと。
 だがいまさら後悔してももう遅い。
 ナナリーはシュナイゼルの言葉だけを信じ、億に近い民のいるペンドラゴンに、民衆は避難したとの言葉を信じ込み── 少し考えればそのようなことは無理なことくらい簡単に分かりそうなものなのに── フレイヤを投下することを容認したナナリーに、彼女の望んだ“優しい世界”とは一体何だったのかと思う。そしてそのためにゼロとなった自分は一体何だったのかと。
 そしていまさらながらに、ギアスが暴走したためとはいえ、それによってユーフェミアを虐殺皇女としてしまったことを嘆いた。本当にいまさらのことで、それはどうあがいても消えない事実として現存しているのだ。それが今のルルーシュが最も悔いている事柄だった。



 ブリタニアは臨戦態勢に入った。
 天空要塞ダモクレスの位置をペンドラゴンに向けて投下されたフレイヤから逆算して割り出し、結果、大陸の西海岸に軍の多くを振り分けた。
 軍の前面に立つのは、ジェレミアを先頭として、かつてのシャルルのラウンズたち── ワン、スリー、セブン、トゥエルブを欠いていたが── だ。そしてルルーシュの乗艦するブリタニアの旗艦アヴァロンの艦影もあった。もちろんそのアヴァロンにはロイドの開発したアンチ・フレイヤ・システムが搭載されている。ニーナの開発したアンチ・フレイヤ・エリミネーターは、その動作環境から実戦投入は無理と判断されたためだ。それでもルルーシュは己専用のKMF蜃気楼に搭載させたが。
 シュナイゼル率いるナナリーを皇帝と擁する天空要塞ダモクレスとの開戦の時は刻一刻と迫っている。





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