道 程 【5】




 ロイドやニーナたちがアンチ・フレイヤ・システムの構築に取りかかって暫くした頃、ロイドがルルーシュに謁見を申し出てきた。アンチ・フレイヤ・システムの件に関してだろうと判断したルルーシュは、即座に片付けねばならない決済を済ませ、早々にロイドとの謁見に臨んだ。
「此度の用件は何だ? アンチ・フレイヤ・システムの件と察するが」
「はい、陛下の仰る通りです」
 早々に切り出したルルーシュに、ロイドは頷いて答えた。
「もうできたのか? それとも何か問題でも発生したか?」
 ルルーシュは二つの可能性を尋ねたが、正直、前者については流石にまだ無理だろうとの思いがある。
「問題と申しますか……」
 ロイドは彼にしては珍しく言葉を濁した。
「どうした? 正直に言ってくれ」
 促されて、ロイドは口を開いた。
「陛下はフレイヤを無効化する手段の構築をご命令になりました」
「そうだ」
「ですが現状では正直なところ、無効化させる方法はでき上がっておりません。ニーナ君が懸命になって進めていますが、未だ時間が必要です。そしてその時間があるかどうかが問題となってくるわけです。
 そこで考えたのがもう一つの方法です」
 そこでロイドは一旦言葉を切った。
「もう一つの方法?」
「はい。要はフレイヤを()くしてしまうという」
「……失くす、とはどういうことだ? 現にフレイヤはシュナイゼルが所有して……」
「ああ、そういう意味ではありません。発射されたフレイヤを捉えて、ポイしちゃおうというものです」
「? 意味が今一つ分からんな」
 ルルーシュはロイドの説明に小首を傾げた。
「微小の疑似ブラックホールを作り上げて、その中にフレイヤを取り込んで、お宇宙(そら)の彼方の任意の地点にポイしちゃおうというわけです」
「微小のブラックホール? そんなことができるのか?」
「理論上は可能です。装置を使って発射されたフレイヤに向けて疑似ブラックホールを発生させてやるわけです。そうすれば何かに衝突するわけでもなく、ただ単にブラックホールの中に吸い込まれるだけなので、爆発は起こりません」
「……おまえの言うことは何となく理解したが、そうやって発生したブラックホールはどうなる? それはそれで問題になるのではないか?」
「あくまで対フレイヤを目的とした微小のものですし、時をおかずに消滅します。この方法でしたら、フレイヤを何発発射されようと幾らでも対応可能ですし、ニーナ君が進めている無効化の研究よりも、幾分早く実用化できます」
「本当にできるのか?」
 ロイドの言葉に、ルルーシュは座っている椅子から身を乗り出した。
「はい。対外的に、見た目的にはニーナ君の研究している無効化させる方法の方がいいのは、承知しているつもりです。陛下のお考えもそこにあると。ですが時間的なことを考えた場合、ニーナ君の研究が間に合わなかった時のことも想定しておかなければならないのではないかと」
 ふざけた様子もなく真剣に語りかけるロイドに、ルルーシュは考え込んだ。
 対外的なことを考えれば、対フレイヤについては見た目の効果も必要だ。しかし実際に対戦に突入した際、もしロイドの言うようにニーナの研究が間に合わなければ、ロイドの言う方法が一番現実的なのかもしれないと、ルルーシュは頭の中で計算した。
「分かった。ニーナの研究を進めながら、おまえの言う手段も講じてくれ。何発あるか分からないフレイヤの弾数のことを考えれば、確かにおまえの言う方法の方が現実的かもしれない」
「分っかりましたー。早速とりかかりまーす」
「頼む。とにかくどれだけの時間があるか分からない以上、フレイヤに対しては少しでも早く、確実な対抗手段を手にしたい」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 最後にそう答えると、ロイドは謁見の間を後にした。
 残されたルルーシュは、許可は出したものの、本当にロイドの言うようなことが可能なのだろうかと改めて考えを巡らせた。
 しかし普段はおちゃらけたところもあるロイドだが、科学者としてのロイドの言うことは信頼できる。できもしないことをできるなどと言ってはこないだろうと、そう考えて深い息を吐き出すと、座っている椅子に改めて腰を落ち着けた。
 シュナイゼルの行方が未だ掴めていないのが、現在のルルーシュが何よりも心配するところだった。



 それから1ヵ月程経って、ペンドラゴンに向けて一発の弾頭が発射された。
 それをフレイヤと察知したロイドの開発したシステムは一瞬の間に起動し、フレイヤに向けて微小のブラックホールを発生させ、その中にフレイヤを取り込み、やがて取り込んだフレイヤごと消滅した。消滅した先でフレイヤがどうなったのかは分からない。分かっているのは、フレイヤの着弾点がペンドラゴンの中心部にあったことと、それがそこに至る前に消滅したという事実のみである。
 皇帝執務室でその報告を受けていたルルーシュに、突然通信が入った。皇族専用のチャンネル── ロイヤルプライベート回線── でだ。ルルーシュは身を固くした。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい? ルルーシュ』
 通信を送ってよこしたのは、行方を晦ましているシュナイゼルだった。
「シュナイゼル……」
 如何にシュナイゼルとはいえ、まさか自国の帝都にフレイヤを投下するなどという暴挙を行うなど考えてはいなかったルルーシュは、怒りに満ちた瞳をスクリーンの向こうのシュナイゼルに向けた。
『フレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ。どうしたわけか、帝都に向けて投下したフレイヤは消失してしまったけれどね』
 ロイドの開発した機能が上手く働いたことに安堵しながらも、ルルーシュはシュナイゼルに対しての怒りを抑えきれなかったが、努めて冷静に対応するよう、足を組み直してゆっくりと声をかけた。
「つまり、ブリタニア皇帝に弓を引くと?」
『残念だが、私は君を皇帝とは認めていない』
「成程。皇帝に相応しいのは自分だと仰るわけですか」
 フレイヤの消失を目にしても尚、余裕を崩さずにいるシュナイゼルに、ルルーシュは多少の苛立ちを覚えた。
『違うな。間違っているよ、ルルーシュ。ブリタニアの皇帝に相応しいのは彼女だ』
 そうして画面から身を引いたシュナイゼルの代わりにそこに映し出されたのは、車椅子に座った一人の少女、死んだと言われていたエリア11総督のナナリー・ヴィ・ブリタニア、つまりルルーシュの実妹であった。
「なっ……!?」
 ルルーシュは声が出なかった。死んだと思われていたナナリーが生きていた、それもシュナイゼルの元で。思わずルルーシュは座っていた椅子から腰を浮かした。
 そんなルルーシュに、ナナリーの固い、緊張した声が発せられる。
『お兄さま、私は、お兄さまの敵です!』
 見えぬ目を、それでも真っ直ぐにルルーシュに向けてナナリーは告げた。
「生きて、いたのか、ナナリー?」
 漸く、ルルーシュはそう声を発した。
『はい、シュナイゼルお異母兄(にい)さまのお蔭で』





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