道 程 【4】




 ルルーシュは皇帝位に就いてほどなく、超合集国連合の最高評議会議長であり、合衆国日本の代表でもある皇神楽耶に対してオープンチャンネルでの会談を申し入れた。
 ギアスのことを聞かされていたためにルルーシュに対して疑心暗鬼はあったものの、回線越しであるならばさして問題はなかろうと、神楽耶はそれに応じ、ルルーシュの申し入れから数日後、二人は回線越し、スクリーン越しではあったが会談の機会を持った。
「この度はどのようなご用件でしょう、悪逆皇帝ルルーシュ」
 挑戦的ないきなりの発言に、ルルーシュは思わず頭を抱えそうになった。
「悪逆とは随分な仰りようですね。私の一体どこが悪逆だと言うのです? ああ、かつての皇族や貴族たちからすれば、悪逆かもしれませんね。私は彼らの既得権益を廃した立場ですから」
 ルルーシュは問いかけながら自分で答えまで出していた。しかし、それに納得する神楽耶ではない。
「先の皇帝を弑して、皇族や貴族たちを自分の思うがままに操り皇帝位に就いた。更にはこれから先も己の力に任せて世界を支配しようというのでしょう? それのどこが悪逆でないと?」
「随分と好戦的な事ですね。確かに私は先の皇帝であるシャルルを弑してこの地位に就きましたが、それはブリタニアの国是に従ってのこと、他国から何かを言われる筋合いのことではありません。それは我が国に対する内政干渉になりますよ。
 そんなことよりも、私としてはあなたと今後の事についてお話を進めたく、この場を設けたのですが」
「今後の音とはどういう事です? 私たち超合集国連合に、ブリタニアに服従しろとでも仰りたいのでしょうか?」
 神楽耶はあくまで強気の姿勢を崩さず、ルルーシュに食ってかかるような発言を続ける。
「あなたがた超合集国連合はエリア11、すなわちあなたがた言うところの日本の奪還のために宣戦布告し、開戦に至った。それは間違いありませんね?」
「その通りですわ」
 何をいまさら、と言うように神楽耶は答えた。
「しかし我が方のフレイヤ弾頭の投下によってトウキョウ租界は壊滅、混乱状態に陥り、我が国の宰相であるシュナイゼル・エル・ブリタニアとの話し合いの下、停戦協定を結んだ」
「何が仰りたいのでしょう?」
 神楽耶はわざわざ確認するかのように状況を告げるルルーシュを訝しみ、眉を寄せた。
「本国に連絡が入っているのは、停戦協定を結んだというところまでです。にもかからず、黒の騎士団が我がブリタニアの属領であるエリア11に滞在し続けるということは、領空侵犯以外の何物でもありません。それともあなたがたはそのままエリア11に留まり、再び我が国と矛を交えるおつもりなのでしょうか?」
 ルルーシュの言葉に、神楽耶は目を見開いた。
「日本は返還されたはずです、そう黒の騎士団の扇事務総長から聞いています。それを今に至っても尚日本をブリタニアの属領と言い、私たちに再戦の意思があるなどと言われるのは筋違いです」
「筋違い? ですが生憎と本国にエリア11を日本として返還したという報告は上がってきておりませんし、第一、宰相に属領返還についての権限はありません。それとも返還に関して、私が知らないだけで何かきちんとした外交文書の取り交わしがあったのでしょうか?」
 神楽耶はルルーシュのその言葉にハッとした。扇から返還されたと言われただけで、ルルーシュの言うような文書の取り交わしなどしていないからだ。神楽耶は思わず下唇を噛みしめた。
「……確かに、あなたの仰るような文書の取り交わしはしておりません。ですが扇事務総長は確かに返還の約束を取り付けたと……」
 神楽耶の言葉にルルーシュはにっこりと微笑えんだ。
「ならば、国際法上、エリアの返還に関しては何の確約もなく、為されていないことになりますね。そうであれば、先程申し上げたように早々に我がエリアから退いていただきましょう。そのままエリアに居続けられるというなら、再戦ということになります。我が国としては、できればそのような事態は避けたい。一刻も早く被災したトウキョウ租界救済のための手を尽くしたいと思いますので」
「私たちに、日本から去れと……?」
「それ以外にどのように聞こえました? あなたがたにはエリア11に留まる法的根拠は無いのですよ。再戦される意思がおありというなら話は別ですが」
「……」
 法的根拠と言われてしまえば、神楽耶には返す言葉がなかった。扇の言う返還は口約束でしかなかったのだから。
「私としてはあなたがたの一刻も早い撤退を臨みます。そして我が国としては、エリア11に対して、死亡したナナリー・ヴィ・ブリタニアに代わる総督と、救援のための軍を改めて派遣する用意があります。その軍が到着しても尚、あなたがたがエリア11に居座り続けるならば、その時は再戦の意思ありとしてそれ相応の措置を取らせていただきますので、その点をよくお考えの上、お互いのためになる結論を出されることを希望します。
 それからエリアの今後の取り扱いに関してですが、何時、と明言は致しかねますが、私としては各エリアの復興状況と照らし合わせながら、折りを見て順次解放していく予定でおります。その点をお含みおきいただければと思います」
 ルルーシュのその言葉を最後に、回線は切られた。
 神楽耶は、その言葉を信じるならばエリア解放はいずれは本当に行われるのだろうかと思う。しかし扇の言葉が頭から離れない。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア── ゼロ── は自分たちを裏切り、ただの駒として、戦争をゲームとしていたのだという言葉が。けれどオープンチャンネルで話された言葉を、そう簡単に取り消すこともできないだろうとの思いから、ルルーシュの言葉を信じたいとも思った。



 神楽耶との通信を切ったルルーシュは、ジェレミアと話し合っていた。
「取り込めなかった旧ラウンズはワンとスリー、トゥエルブか」
「はい、陛下」
 即位の前に他の各エリアに散らばっていたラウンズたちに対し、ルルーシュは皇帝の名で本国に召喚しており、即位の場で他の文武百官たちと同様、集まったラウンズたちをギアスの支配下に置いていた。その場にいなかったのが、先に述べた三人のラウンズだ。
「まあ致し方ないな。残りのラウンズを取り込めただけでも良しとすべきか。ビスマルクたちがかかってきた場合には、旧ラウンズと、ジェレミア、おまえに任せたい。できるな?」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 ジェレミアの答えに満足したように、ルルーシュは頷いた。
「となると残るはやはり行方を眩ましたままのシュナイゼルの一派だな。しかも奴の手にはフレイヤがある。一刻も早くアンチ・フレイヤのシステムを構築できればよいのだが」
「それでしたら、フレイヤを開発したアインシュタイン博士をはじめ、旧キャメロットのアスプルンド伯たちが尽力しております。時間の問題かと」
「問題はその時間だ。どれだけあるか……」
 ジェレミアの返答に、ルルーシュはロイド・アスプルンドを召喚した際のことを思い返していた。



 帝位に就いてほどなく、ルルーシュはエリア11に留まっているロイドたちキャメロットに対して、本国への帰還を促した。ナイト・オブ・セブンの解任と、それに伴うキャメロットの解体を伝えながら。
 それに対して、ロイドは即座に応じて本国に帰還し、ルルーシュに謁見を求めてきた。



「ロイド・アスプルンド、ただ今エリア11より帰還致しました」
 謁見の間で、常のロイドらしからず、彼は礼儀正しく皇帝となったルルーシュに膝をついて礼をとった。
「久しいな、ロイド・アスプルンド。最後に会ったのは、まだ私の母が存命の折りであったが、私のことを覚えてくれているか?」
「もちろんでございます、陛下。僕は陛下の母君であるマリアンヌ様を尊敬していましたし、まだ幼かった当時の陛下の聡明さに惹かれ、叶うことならいずれは陛下の、当時は殿下でいらっしゃいましたが、騎士になりたいと思っておりましたから」
「嬉しいことを言ってくれる」
 ロイドの言葉に、ルルーシュは本心から瞳を細めて微笑みを浮かべて見せた。
「ならば卿には直ちに取りかかってもらいたいことがある」
「何でございましょう?」
「シュナイゼルの所有するフレイヤを無効化するための、いわばアンチ・フレイヤの構築に取りかかってもらいたい」
「アンチ・フレイヤ、ですか? つまり、陛下はいずれシュナイゼル殿下と刃を交えることになる、とお考えで?」
「そうでなければシュナイゼルが行方を眩ませている理由が無い」
 ルルーシュの即座の返答に、ロイドは一瞬考えてから頷いた。
「確かにそうでしょうねぇ」
「ジェレミアに言ってフレイヤを開発したニーナ・アインシュタインの身柄確保に動いてもらい、現在はすでに彼女の協力を得て研究を始めてはいるが、卿にもニーナと共に一刻も早くシステム構築に取りかかってほしい」
「畏まりました、陛下のお望みのままに」
 そうしてロイドは副官のセシル・クルーミー、そしてすでに研究に手をつけているニーナ・アインシュタインと共に、アンチ・フレイヤ・システムの構築に取りかかったのだった。





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