Normalcy Bias 【3】




 ある日、突然、スザクがアッシュフォード学園に編入してきたのだ。アッシュフォード学園はリベラルな校風で、名誉であっても、入学は許可されている。といっても、実際に在籍している者は存在していないが、それは、学園に通う生徒の家は比較的裕福な、さすがに貴族となると下級になるが、一般庶民としては、企業代表者の子息子女などの中流階級が多く、私立であることから学費も高いこと、更に言えば学習レベルの高さも大いにも影響しているだろう。そんな中に、名誉が、しかも現役の軍人が入ってきたのだ。一体何故そのようなことになったのかと、学園内は大騒ぎだった。副総督である皇女からの“命令”によるものだと知らない生徒たちからすれば、当然のように抱く思いである。もちろん、本人の耳に入るような形ではなかったために、スザク自身はその状況に全く気付いていなかったが。ただ、周囲の自分を見る視線、あるいは視線を外すことについては、自分は名誉だから仕方ないと思い、そしてそれだけで終わってしまい、他の生徒たちが自分の学園編入についてどう思っているのか、そこまでの考え、思いには至っていない。だから自分が受けている苛めについても、仕方ないことだ、で済ませて受け入れてしまっている。
 だからだろうか。陰口まではともかく、少なくともスザクに対する表面的な苛めがなくなったのは、その苛めの状態を見かねていたルルーシュが、スザクは自分の友人だと、他の多くの生徒たちの前で公言したからなのだが、スザクはルルーシュの言葉がそこまで影響しているなどとは思わず、多少の影響はあったとしても、最終的には自分が我慢して頑張ってきたからそれを認めて受け入れてもらえたのだと、そう思っている。だから皆に受け入れられたのだと。それはスザクが、学園内におけるルルーシュの影響力というものを全く知らなかったこともあったと言えるが、それにしても考えが足りなかった。そしてまた、生徒会に入れたのは、いや、入ったのはあくまでルルーシュから誘われたからに過ぎないとも考えていた。
 やがて生徒会室でのスザクのご高説が始まり、次第にそれが大きくなっていったのだが、それに拍車がかかったのは、スザクがユーフェミアの選任騎士として任命されて以降である。自分の考えは正しかったのだとでも思ったがゆえであろう。ユーフェミアは自分の思いを理解してくれたと。だからいずれは他の人々にもユーフェミアの手が伸ばされるとでも思ったのか。
 遂には「ユフィだけが自分を認めてくれた」である。
 スザクが皇族であるユーフェミアを愛称で“ユフィ”と呼んでいたのは、生徒会のメンバーは皆知っていた。生徒会室内だけであるなら、皆が黙っていれば済むことであるが、すでに癖になってしまっているのか、他の生徒の前でも“ユフィ”と呼んでしまう時があった。
 本人からそう呼んでくれと言われたから、そうスザクは告げていたが、皇族を臣民が、それどころか名誉が、愛称で、と本人から言われたからといって、本当に愛称で呼ぶなど、前代未聞なことである。ましてや選任騎士となって以降もそうだとすればなおさらなことである。愛称でと告げる本人も本人だが、言われたからとその通りに愛称で呼ぶ騎士も騎士だ。そのような形の主と騎士という関係は有り得ない。生徒会のメンバーたちは大いに呆れたものだ。これは主従関係ではない、主とその騎士ではない、スザクは、いや、主たるユーフェミアも、騎士制度、主と騎士の在り方を全く理解していないと。第一、皇族の選任騎士とは、常に主の傍にあるべきであり、その騎士たるスザクに学園への通学を許している段階でまず間違っているのだから。もちろん、それを本気で受け止め、何の疑問も持たないままに通学し続けているスザクもだ。
 しかしルルーシュの呆れ、いや、ショックは到底それだけで済むものではなかった。
 スザクは、ユーフェミアだけが自分を認めてくれたと言ったが、ならば、俺やナナリーはどうなのだ、とそう思う。幼い頃、日本に送られた時からの関係があり、声にこそしたことはなかったが、再会した後も、最初の出会いこそは違ったが、その後は二人ともにスザクを認め受け入れていた。声にしなかったから認めていることにはならなかったのか。スザクは声にされなければ、態度だけでは理解してくれないのか。それとも、あくまで()皇族で、隠れ住んでいる、何の力も地位も何も無い自分たちには意味が無いというのか。それに生徒会のメンバーもだ。彼女らとて、スザクを同じ生徒会のメンバーとして受け入れているではないか。ならばやはり、国に対して力を持たぬ者は、スザクにとっては何の意味も無いということか。
 そういうことであれば、あれほどのゼロと黒の騎士団をはじめとするテロリストたちへの批難も分かるというものだ。ルールは守らなければならない、そしてそのルールに反しているから、というだけではない。つまるところ、それ以前に、スザクには力を持たぬ者や、たとえイレブンと呼ばれようともあくまで日本人であることを忘れられず、名誉となることをせぬ者の考えが、思いが理解できないのだ。何処までも自分の考えが、やり方だけが正しいと信じ込み、思い込んでいる。スザクには他者を、自分以外の考え方を理解できない。しようとすらしていないのではないか。その自分とは異なる思考を否定し、自分の思考の正当性だけを訴える様は、どこか正常性バイアスの心理に近いものがあるようにルルーシュには思える。
 そして最悪の時が訪れる。
 年に1回の、アッシュフォード学園の学園祭。主催の立場となる生徒会を中心として、生徒たちが一生懸命に準備し、2日間に渡って開催される。この時ばかりは、普通の学校とは比較にならないほどに強固なセキュリティもなく、イレブンにすら学内への立ち入りが許される。実際、一般の来場者の中にはチラホラとイレブンの姿を確認することができ、生徒たちもそうして訪れたイレブンに対して、差別的な態度を取ることもない。ただこの2日間を、自分たちはもちろん、来場者たちにも楽しんでもらおうと、それだけだ。ところが、それが本来ならこのような一般の学校に訪れるはずのない人物の登場で壊された。
 多少の簡単な変装はされてはいたし、赴任当時にたった一人で政庁を飛び出した時を考えれば、数人とはいえ、SPを連れてきていたのは多少は進歩したと言えるのかもしれない。問題は、自分のことだけで、その訪問が周囲に与える影響を全く考えていないことだ。それは何も今回の訪問だけではなく、普段の言動全てに言えることでもあり、それゆえに周囲のユーフェミアを見る目は厳しい。実姉である総督のコーネリアは、ただ溺愛するだけで、ユーフェミアに自分がしていることの意味を教えていない。全てを影に隠して始末している。更に、副総督として、つまり為政者として、ひいては皇族としての相応しいあるべき姿をなんら教えていない。醜い物を見せたくない、綺麗なままでいさせたい、それだけの思いで。結果、ユーフェミアは相応しい知識を身に付ける努力すらせず、ただ与えられる物を甘受し、具体策も無いままに自分の理想だけを口にして、何を言っても誰も聞いてくれないと、時に涙を浮かべながらスザクに話す程度であり、スザクはそれだけを真実として受け取り、ユーフェミアの普段の状態をきちんと把握することなく、ユーフェミアの唱える理想だけを聞いて、賞賛し続け、ユーフェミアはそれに気をよくして、自分は間違っていないとの思いを深くする。悪循環だ。
 コーネリアはダールトン将軍を教育係としてユーフェミアにつけたが、正直、教育係としてはほとんど役に立っていない。むしろ、本来ならユーフェミアが確認して処理すべき案件の書類など、ダールトンが確認し、ユーフェミアはサインを入れるだけで自分で確認しようなどという姿勢は全く見せない。内容を知ろうという姿勢もユーフェミアからは全く感じられず、為政者としてあるべき知識を身につける努力など、全くと言っていいほど、何もしていないのだ。
 それはともかく、己の騎士が通学している学園だからだろう、ユーフェミアはあらかじめスザクに告げることもなく、学園祭真っ只中のアッシュフォード学園を訪れた。ナナリーが階段でそのーフェミアと二人で話をしているのに気付いたルルーシュは驚き、そして慌てた。何をしているんだ! と。周囲の者たちはまだユーフェミアに気付いていないようだが、さすがに幼い頃に共に過ごしていた事があっただけに、ルルーシュはすぐに気付いたのだ。その頃、スザクはミレイが企画した直径20mのピザを作成するために、その生地をかつてアッシュフォードが開発し、学園内で保管している第3世代KMFガニメデで回して伸ばしている最中だった。
 ルルーシュが二人の様子を内心で動揺しながら見つめている中、悪戯な風がユーフェミアが変装用に被っていた帽子を飛ばした。それによって、ユーフェミアの特徴的なピンク色の髪が露になり、周囲の者たちにも、その少女が副総督の第3皇女ユーフェミアであることが知れる。慌てて駆け出したルルーシュは、ユーフェミアに一言だけ声をかけると、急いでナナリーを連れてその場を離れた。今日の学園内には、20mのピザ作成取材のためにTVカメラも入っている。そのクルーたちもユーフェミアに気付き、駆け寄っている。かろうじて、ルルーシュはTVカメラに捉えられる前にナナリーと共にその場を離れることができ、近くにある学園祭用に臨時に特設されたプレハブ小屋に隠れた。
 一方、ユーフェミアは生徒や一般の来校者たちに囲まれていた。数人のSPたちではユーフェミアを救い出すことはできない。その様子に気付いたスザクは、ピザ生地を放り出して、ガニメデの腕を伸ばし、その掌でユーフェミアを救い上げた。その周囲に生徒たちが群がり、取材のTVクルーも突然の副総督の登場に、一言でも、と最善に割りこんで行き、ユーフェミアに対してマイクとカメラを向ける。それに気付いたユーフェミアは、全国生中継にするようにと求めた。そして彼らがその手配を終えると、マイクに向かってユーフェミアは告げた。
「エリア11副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアです。私は今此処に、“行政特区日本”の設立を宣言致します」
 自信に満ちた笑みを浮かべながらユーフェミアは宣言する。その言葉に周囲の者たちはざわめいた。中にはイレブンもいるからなおさらだ。そしてその反応を見ながら、ユーフェミアは“行政特区日本”についての説明を続けていく。反応はますますエスカレートしていった。それも、ユーフェミアが見る限りでは良い方向に。イレブンや名誉は純粋に喜んでいる者もいるだろうが、そうではないブリタニア人はただ皇族の言葉だから、副総督の宣言したことだから、とただそれだけで受け止めている者もいるが、ユーフェミアから見えない所では、何故ナンバーズのために、と批判的な視線を向ける純血派の生徒たちの姿もあった。そしてガニメデに騎乗してそこでユーフェミアの言葉を聞いているスザクは、何も考えることなく、表面に出た言葉だけをそのまま受け止めて、なんと素晴らしい方か、どれほどイレブンのことまで考えてくださる方であることか、こんなユフィに騎士と認めてもらえてよかったと、それだけしかなかった。ブリタニアという国の本質を理解しないまま、あまりにも浅慮だった。
 また、ユーフェミアたちから離れた所に、失敗したと、その様子を、憎々し気に険しい顔つきと厳しい瞳で、唇を噛み締めながら見つめているミレイの姿があった。そしてルルーシュとナナリーは、外から見えないように逃げ込むように入り込んだプレハブ小屋の中で震えていた。





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