ユーフェミアからの言葉をスザクに告げていた、特派でロイドの副官をしているセシルも、その後ろで様子を見ていたロイドも、その心境は複雑だった。スザクがユーフェミアの言葉通りにするとなると、スザクは特派に所属したままユーフェミアの騎士となるということであり、それはすなわち、ブリタニアの騎士制度としては決してあり得ない、エル家のシュナイゼルとリ家のユーフェミア、二人の主を持つということになるのだ。
スザクが二人の前から去って自室に戻った後、ロイドは本国のシュナイゼルに状況を報告した。ユーフェミアがスザクを騎士に指名したことはすでに本国でも話題になっている。それも、シュナイゼルの部下ということに加え、名誉ということから騒然とし、密やかにユーフェミア自身とリ家に対しての批難の声が上がっている。
スクリーン越しにロイドから事の経過報告を受けたシュナイゼルは、常に浮かべている、ロイド曰くところの“うさんくさい”ロイヤルスマイルとは微妙に違った笑みを浮かべていた。
『ランスロットのデータを取るには、現在のところ、枢木准尉以上のデヴァイサーはいないのだろう?』
「ええ、まあ、確かにそうなんですが……」
『ならば放置しておいて良いよ。本人たちのやりたいようにやらせてやって良い』
「本当にいいんですかあ?」
『構わないよ。メリットがないわけでもないしね』
「分かりました〜、じゃあその方向ではかりますねー」
シュナイゼルの言葉で彼の思惑を察したロイドは、その通りに動くことにした。つまり、当事者二人の考えるまま、自分たちは何もしない、ということに。
シュナイゼルにしてみれば、これによって己の懐の深さを周囲に知らしめることにも繋がるし、何より、政敵たるコーネリアとリ家── ユーフェミアについては、単なるコーネリアのおまけ、彼女の愛玩動物程度としか思っていない── に対して、貸しを作れ、また恥をかかせることができるし、今後の展開如何によっては、それに応じてどうとでも対応できる。スザクについては、ロイドにとっては現在のところは他に替えの見つからない大事なパーツの一つだろうが、所詮はただの捨て駒たる名誉であり、何時でも簡単に切り捨てることができる。さして痛手をこうむることはないのだ。エル家と後見貴族たちは怒りを覚えてならないだろうが。
また、今回の事では直接的には関係のない他の皇族や貴族たちからも、リ家に対しては批難の目が向けられており、同時に、ある意味、喜ばれてもいる。皇族の騎士となることを目指しているものたちからは批難だけではなく、怒りを覚えられたが。ユーフェミアに関しては、もともと評判はよくなかった。とはいえ、公職についているわけでもなかったことからさして表立っていなかっただけで。しかし今回、コーネリアが溺愛するユーフェミアをあえて副総督という、他のエリアにはない役職を作って伴ったこと、そして赴任して以後のユーフェミアの言動に、ただ眉を顰めていたレベルから、それでは済まなくなったのだ。ユーフェミアの言動は即リ家に対する評価に繋がる。もちろん、そんなユーフェミアを副総督として伴い、彼女の言動を改めさせることのできない、好きなようにさせているコーネリアに対する評価も降下の一途を辿っており、“ブリタニアの魔女”の異名を取り、皇位継承権も高くあるのが、今後の状況によっては追い落とすことも可能になってくる。だから皇族たちは喜んだのだ。コーネリアの、リ家の力を削ぐことができると。
それらブリタニア本国、特に皇宮内における状況はさておき、エリア11内、スザクが在籍しているアッシュフォード学園ではどうかといえば、単純に自分たちの学園内から皇族の騎士が任命されたと喜ぶ生徒たちも確かに存在した。しかしその一方で、どうして名誉が、と眉を顰めいぶかしむ生徒たちもいた。妬みや嫉みも入っていたかもしれない。そしてそれは、純血派と呼ばれる生徒にすればなおさらのことだ。しかしどの生徒たちにも共通していることがあった。それは、これでスザクは学園を退学することになるだろうというものであった。皇族の選任騎士たる者が、少なくとも叙任式を終えて以降は、主の傍を離れてこれまでと同様に学園に通学するなどということはあり得ないと知っていたからだ。しかし騎士叙任式典を前にして、騎士となった後も、スザクは変わらずに学園に通学し続けると知って、皆、呆れ、あるいは怒りを覚えた。あいつは何も分かっていない、やはり所詮はただの名誉で、ブリタニアにおける騎士制度、それも特に皇族の騎士という存在について、何も理解していないのだと。とはいえ、それとは別に、生徒会が、正確に言えばお祭り娘として有名なイベント好きの生徒会長であるミレイが、スザクの騎士任命を祝してパーティーを開催すると明らかにした時には、ミレイの影響を受けてか、お祭りに慣らされ、楽しみにしている生徒たちからは、名目は無視して、楽しむ場、騒げる場ができたと喜んではいたが。もっとも、さすがに純血派の生徒たちは、楽しみという思いはあれど、名目を考えれば、やはり出席しようとする者はいなかった。
そうしてミレイがパーティーを企画する一方で、そのミレイ自身とルルーシュは呆れを通り越して怒りと、そして大いなる不安を覚え、頭を抱えていた。
スザクは貴族や騎士でもなく、ましてや純ブリタニア人ですらない。名誉だ。しかもユーフェミアの“命令”で名誉の軍人に対しては許されていない一般学校への編入を特別に許された存在。しかも事情があってのことで、シュナイゼルも認めた上でのことであったとはいえ、特例的に名誉には認められていないKMFへの騎乗を許されている。騎士任命以前も、スザク唯一人だけが特別扱いされていたのだ、皇女であるユーフェミアの私情によって。そんなスザクががそのユーフェミアの騎士になるとなれば、他の場合でもそうであるが、スザクの立場を考えれば、その身辺調査は一層厳しいものとなるのは考えずとも分かるというものだ。
アッシュフォード学園には、調べられては困るものがある。いや、存在がある。
日本と開戦する前、第5皇妃マリアンヌの死後、その遺児であるヴィ家の二人の遺児が、すでに関係悪化していた日本に、親善留学という名の人質として送り込まれた。しかしブリタニアはその存在を忘れたかのように、その二人に対して何の連絡をすることもなく、宣戦布告と同時に開戦。結果、二人の皇族は日本人によって殺されたとして、ブリタニアでは“悲劇の皇族”として鬼籍に入っているが、戦後すぐに、かつてヴィ家の後見をしていたアッシュフォード家の当主であるルーベンが、マリアンヌの死後、爵位を剥奪されていたが、遺児二人が生きている可能性に賭けてエリア11となった日本にやってきて、無事に生き延びていた二人を見つけ出して庇護したのだ。ルーベンと兄皇子の話し合いの結果、兄皇子は本国に、皇室に戻るつもりはないとはっきりと言い切った。戻ってもまた政治の道具とされるか、下手をすれば殺されるだけなのが目に見えていたことから、終戦直後のどさくさにまぎれて、ルーベンは二人のために偽りのIDを用意し、それからずっと、二人はアッシュフォードに匿われて生きてきた。それがルルーシュと、彼の妹のナナリーである。
戦前、ルルーシュたちが滞在していたのが、当時の首相であった枢木ゲンブの家であり、スザクとはその時に知りあい、ルルーシュたちは友人となった。だからスザクがアッシュフォードに編入してきた時、ルルーシュはスザクを自分の幼馴染の親友だと告げたのだ。
スザクの身辺調査が行われれば、必然的にブリタニア人でありながら、元日本人である名誉の親友だと学園内で公言し、親しくしているルルーシュのことが知れるのは間違いない。そこで済めばいいが、もしルルーシュの出自までが知られることになったとしたらどうなるか。それなりの工作はしてあるが、ルルーシュの面立ちは母であるマリアンヌ皇妃に瓜二つと言える程によく似ており、また、妹のナナリーが盲目に加え、足が不自由で車椅子が手放せない身障者ということ、更にはアッシュフォードが元々ヴィ家の後見貴族だったこと、それらのことから、当時のことを知る者が気付けば、ルルーシュたちが死んだとされているヴィ家の皇子皇女だと知れる可能性は高い。
それが実際に知られるところとなれば、ルルーシュたちは本人の意思に関係なくブリタニアに、皇室に連れ戻されるだろう。その後は、やはり政治利用されるか、暗殺されるか、そのどちらかだろう。そしてまた、これまで皇室に黙って二人を匿い続けていたアッシュフォード家も無事では済むまい。皇室を偽ってきたのだから。
戦後、ルルーシュはアッシュフォードに庇護された後も、常に、何時皇室に見つかるかもしれない、皇室ではなくとも、皇族の誰かに連なる者に見つかり、そうしたら死んだとされていた皇子皇女が見つかったのだから、暗殺されるかもしれない、あるいは、ルーベンが当主でいる間は大丈夫だろうが、何時アッシュフォードが自分たちを皇室に売るかもしれない、その懼れを抱き続け、決して警戒を解くことなく生きてきた。ここにきてその懼れがいや増したのだ。 ミレイは思い、後悔する。
どうして騎士になっても通学すると言ってきたスザクに、騎士たる者のあるべき姿を伝え、そして退学するように促さなかったのかと。そしてスザクが退学していれば、気休めかもしれないが、多少は学園内に関する調査が薄くなり、ルルーシュたちのことに気付かれる可能性を低くできていたかもしれないと。
ルルーシュは思う。
シンジュクゲットーでスザクと再会した時、彼が名誉に、更には軍人になっていたことに酷くショックを受けた。だがスザクにはスザクなりの考えがあってのことだろうと、そう思うことにした。それになにより、スザクが無事に生きていたのだと、それが確認できたのが、再会できたのが嬉しかった。だからその後、自分を殺せという上官からの命令を受けられないと拒否してくれたのが嬉しく、そのために撃たれたのが悲しく、そして何もできない自分が情けなく、辛かった。しかし、その場はとにかく自分が生き延びることを優先させた。自分に何かあれば、身体障害を抱えたナナリー一人を残すことになる。それだけはどうしても避けねばならなかったからだ。しかし、その後、スザクが助かって生き延びていたことが分かった。それは嬉しかったが、その状況は許せない形でだった。それは、スザクをクロヴィス総督暗殺犯として連行する様をTV中継したものだったのだ。これは明らかに冤罪だ。何故ならクロヴィスを殺したのは、自分だったのだから。推測するに、暗殺現場がG1ベースであったことから、そこに入れる存在ということで、軍人が、暗殺ということは恨んでいる者ということから名誉が、そして命令を受け入れなかったこと、あるいはかつての日本の最後の首相の息子という出自も関係していたのかもしれないが、それらのことから、ある意味、他の名誉やイレブンに対しての見せしめとして、おそらくは純血派あたりがスザクを犯人として仕立て上げることにしたのだろう。
スザクを連行する様子のTV中継は、ナナリーも共に見ていた。とはいえ、ナナリーは盲目であることから、ルルーシュからの説明を聞きながら、アナウンサーらの声を聞いていただけだが。そしてナナリーも、スザクの生存と現状を理解したのだ。そしてその際にナナリーが発した言葉が、ルルーシュに起つ事を決意させたるきっかけの一つとなった。
そしてスザクを救い出したものの、スザクはゼロとしてのルルーシュの手を取ることなく、軍に戻っていった。そして後にルルーシュはスザクを救い出したことを後悔した。確かにかつてスザクに命を救われたという借りはあったし、スザクが冤罪であることは誰よりも承知していたことではあったが、その後のスザクの言動に、ナナリーの言葉があったからとはいえ、どうにかしてやりたくはあっても、それは単なる学生にできるようなことではないと、振り切るべきだったと。
その後、スザクはゼロとなったルルーシュが、クロヴィスを殺したのは自分だと名乗り出てスザクを救い出したこと、また、ルルーシュは知りえなかったが、特派の主任である伯爵位を持つロイドからアリバイが証明されたことなどが重なり、結果、証拠不十分ということで釈放された。
そこまでは、スザクが自ら軍に戻っていったことを別にすれば、結果的にはルルーシュの思惑通りにいったといっていいのだろう。しかし問題はその後だ。
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