die Befreien 【6】




 オリヴィエたちが老人の話を聞いている頃、クラヴィスは機材を持った研究員たちと、そして同行の派遣軍の軍人たちと共に魔女の墓に来ていた。
 鉄の扉の前、研究員たちは装置を使って何か反応がないか、仕掛けられているものがないか調べる。そうして何もないことを確認してから、軍人たちは扉を開けるべく、手を掛けた。
 鍵のようなものはなかった。だが、随分と長いこと開けられることはなかったのだろう。鉄はすっかり錆付いていて、なかなか思うように開かない扉を、数人がかりでゆっくりと押して開いてゆく。暫く押し続けていると、ギギギギッと、嫌な音を立てながら少しだけ動いた。それにもう少しと勢いを得て、軍人たちは力をこめる。
 やがて、どうにか人が通り抜けられるくらいの隙間ができて、とりあえず人が入ることが叶うならばいいだろうとの判断に、まずは軍人の一人が明かりを持ち、銃を構えてあたりを窺いながらゆっくりと中に足を踏み入れた。
「クラヴィス様……」
 研究員の一人が、不安そうに守護聖の名を呼んだ。
 だがクラヴィスはその声には何も答えず、ただ、その研究員の肩に手を置いた。
 それだけで、研究員は不安が消えたように思えた。
「大丈夫です、中へ」
 扉の内側から、軍人が顔だけを覗かせて告げた。それに答えて、研究員たちは機材を持って一人ずつ中に入り、最後にクラヴィスが足を踏み入れた。
 軍人や研究員たちはまず暗い空間の中、明かりを灯した。明かりが無くては何もしようがない。
 そうして照らし出されたそこにあるのは、大きな切り出された石の上に些か古びた木製の棺が一つ。それは、扉の状態からしても随分と昔のものであろうに、古びて見えるとはいえ、それほどの時を経たとは思えないほどにしっかりとしていた。
 いきなり開けては何が起こるか分からない。研究員たちは棺の周囲に機材を配し、画面に次々と出される数値やグラフを確認しながら、棺の蓋を開ける作業に取り掛かった。
 実際に作業を行ったのは軍人たちだったが、研究員たちの指示の元、力任せに行うのではなく、慎重に、ゆっくりと、ずらすようにして木棺の蓋を動かしていった。
 半分ほど開けた時、作業に当たっていた軍人の顔色が変わった。その様子に、中を窺った研究員も顔色を変えた。
 軍人はそれまで慎重に動かしていた棺の蓋を、思い切り投げ出すようにして地面に落とした。
 そこには、何もなかった。
 棺の中は、空、だった。あるべきはずの、魔女の遺体は無かった。その欠片すらも。
 何かがあって、それが蓋を開けたことにより何らかの形で消滅したというようなものではない。まるでそこには最初から何もなかったかのように、空だった。
「どういうことだっ!?」
「何もないぞっ!?」
 研究員たちは次々と棺の中を覗き込んだ。
 こんなはずではなかった。この中には魔女の遺体があったはずだ。骨だけになっていたとしても、そしてその骨すらも崩れていたとしても何かしかの残滓が。なのに何もない。いったいどこに消えたというのか。それとも、最初から無かったとでもいうのか?
 研究員たちが慌て騒ぐ中、クラヴィスは一人静かに、何もない空の棺をただじっと見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「誰か、オリヴィエに連絡を。まだ、あの老人のところにいるだろう」
「は、はいっ」
 クラヴィスの指示に、軍人の一人が慌てて飛び出していった。
 残った者たちは何か仕掛けでもあるのではないかと、棺は最初から空で、目的の魔女の遺体はどこか別の場所に隠されているのではないかと、あちこちを調べ始めた。



 20分程して、連絡を受けたオリヴィエは自分に同行していた研究員たちと、そして墓守であると称する老人とを連れてやってきた。
 クラヴィスの隣に立って、報告どおり棺の中に何もないのを確認し、老人に向き直る。
「どういうこと? ここが魔女の墓じゃなかったの?」
 詰問するように老人に問い掛ける。
「そうだ、ここが魔女の墓だ」
「けど、何もないじゃない! 魔女の遺体はどこ!?」
「知らん」
「墓守でしょ!? 知らないはずはないでしょ!」
「ワシはただ、ここを守っていただけだ。中には入るのも初めてだ。魔女の遺体がないと言われても、ワシには分からん」
 知らない、分からないの一点張りの答えに、オリヴィエはこれ以上聞いても無駄と諦め、クラヴィスに視線を向けた。
「クラヴィス、どう思う?」
「……さて、な……」
 動揺を隠せない者たちの中で、クラヴィス一人だけが、静かに、何の感情も見せぬ顔をしてじっと佇んでいる。
「クラヴィス!」
 そのクラヴィスの様子に、オリヴィエは苛つくかのように声を荒げて名を呼んだ。
 常のオリヴィエらしくなかった。だがこの場にくる前に老人から聞かされた話を考えれば、それもまた当然だろうか。自分たちの存在を、力を否定されたばかりなのだから。
 クラヴィスはオリヴィエを一瞥すると、何も言わずに出口に足を向けた。
「クラヴィス!?」
 呼びかけに立ち止まる。
「このままここにいても、何もできるわけではない。必要性もなさそうだし、むしろ調査の邪魔になるだけだろう。船に戻っている。何かあったら呼んでくれ」
「ちょっと待ってよ、待ちなさいよ、クラヴィス!」
 告げて、そのまま立ち去るクラヴィスに、オリヴィエは声を掛けたがそれでクラヴィスが歩みを止めることはなく、外へと出ていった。
 オリヴィエは研究員たちにはこのままこの場所の調査を続けるように告げ、それから軍人たちに老人の身柄を預けて、何でもいいから彼の知っていることを聞き出すように指示すると、急いでクラヴィスの後を追った。





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