die Befreien 【5】




 翌日は朝食の後、簡単な打ち合わせをして二手に分かれた。
 オリヴィエは老人の元へ、クラヴィスは魔女の墓へ、もちろんそれぞれに研究員や派遣軍の軍人たちと共に。



「聞きたいことがあるんだけど……。自分のこと、魔女の墓守だって言ってたけど、魔女って、一体何者なの?」
 ゴーストタウンとなった町外れにある崩れかけた家の前で、初めて会った時と同じように縁台にいる老人にオリヴィエは問い掛けた。
 その問いに、老人が生気のない瞳を開いて、ゆっくりとその視線をオリヴィエに向けた。
「……昔、遠い昔、女王による統治の始まるよりもずっと昔、この宇宙の中心に近い惑星にある一族がいた」
 老人はオリヴィエに向けていた視線を、どことも知れぬ空に向け、そして口を開き、ゆっくりと話し始めた。
「ある時、後にサクリアと呼ばれるようになった力を持った者たちが現れた。彼等はその力を用いてあらゆる事象を時に起こし、時に治めた。そんな彼等に多くの者たちが従うようになり、やがてこの宇宙は彼等の統治するところとなった。
 だが、全ての者が彼等に従い、その力を認めたわけではなかった。
 かの一族は、彼等を、彼らの力を否定した。在ってはならぬものだと──
 老人の言葉にオリヴィエは眉を寄せ、その後ろにいた者たちは互いに視線を交わしあい、ざわついた。
 老人はオリヴィエたちのその様子を気にしたふうもなく、言葉を続ける。
「一族は、こう考えていた。
 その力── サクリア── は、人間の欲望の現れ、宇宙の理を乱す元、そして、人間を堕落させるものだと」
「な、んですって……」
 かつて、ここまで女王の統治を否定した者があっただろうか。
 確かにこれまでにも否定する者はいた。だがそれは、体制としての女王統治を否定し、拒否していたにすぎない、力そのものを否定していたわけではない。
 かつて、これほどに(サクリア)を否定した者があっただろうか。
 かに疑問を持つ者はいた。それはかつてその代替わりの際の経緯もあって、鋼の守護聖たるゼフェルも口にしたことがあった。けれどそれは必ずしもサクリアそのものを否定したものではなかった。ここまで悪し様に、悪しきものと言う者など、いなかった。
 老人の言葉は、サクリアを、そしてそれを有する女王と守護聖の存在そのものを悪しきものとして否定している。
 この宇宙はサクリアによって、それを操る女王と守護聖とによって安定を保たれているというのに。旧宇宙が滅びに瀕した時にも、その力によって新宇宙への星々の移行が無事に行われ、今に至っている。現在(いま)があるのは、女王と、自分たち守護聖がいればこそなのに、それを──
 オリヴィエは拳を握り締めた。震えが収まらない。
 老人の言葉に、オリヴィエに同行している研究員や軍人たちの間にも動揺が走っていた。
 彼等にしても、このような否定的な意見を聞かされたことはないのだ。しかも、ただ単に否定しているだけではなく、サクリアは宇宙を護り育てるためのものどころか、宇宙の(ことわり)を乱し人を堕落させる悪しきものとまで言い切っているのだから。
「一族の者たちは新しい宇宙の統治者たちに、そして彼等を神のように崇め奉る者たちによって、住んでいた星を追われた。女王たちを認めぬ者がその近くに在ることなど許されぬと。追われ、追い払われ、彼等は安住の地を求めて宇宙を彷徨い続けた。長い放浪の中、疲れ果て、次々と命が失われ、それでも彼等は考えを変えることはなく、やがて辺境のこの星に辿り着いたが、その頃には、一族は僅か百人足らずにまで減っていたという」
 老人はそこで一旦言葉を切り、その視線をオリヴィエに向けた。
 視線を受けて、オリヴィエはゴクリと唾を飲み込んだ。
── 魔女は、魔女とその息子はその一族の最後の生き残りだ。
 彼等はサクリアとは違う、別の力を持っていた。だから魔女と呼ばれていた。彼等が追われたのは、単に女王たちを否定したからだけではなく、力を持っていたためもあるのだろう。その力で、もしかしたら自分たちを追い、彼等が宇宙の覇権を握ろうとするのではないかと恐れたのかも知れん。彼等にはそんな考えなど全くなかったものを。哀れな一族よ」
「……馬鹿なっ。そんな話、聞いたこともないわ!」
「昔の話だ、遠い昔のな。今のおまえさんらが知るはずはない。ましてや、いい話ではないからな」
 そう言って、老人は軽蔑するかのような、人を馬鹿にするかのような嘲笑を浮かべた。
 オリヴィエはますます強い力で拳を握り締め、唇を噛んだ。
 頭の中を怒りが渦を巻いていた。だがこの老人にその怒りをぶつけても何の役にも立たない。老人は昔話をしているだけだ。そしてそれを聞きたがったのは自分たち。そして、まだ全てを聞き終えたわけではない。まだ知らねばならぬことがある。
「……じゃあ、魔女はそもそも女王と聖地に対して怨みを持ってたってわけね。あんたのいう話が真実だとしての話だけど。だから一族を失い、息子を奪われ、自分の命を奪われ、そうして自分から全てを奪った宇宙に呪いを掛けた、ってわけ。なるほどね。で、その呪い、どうやったら解けるの?」
「……ワシが知るわけなかろう。ワシはただの墓守で、やがて来る聖地の人間に、つまりはあんたらに伝えるのが役目。それ以外は何も知らんよ。後はあんたらでなんとかすることだ。ワシの役目はもうすぐ終わる」
 そう言って、老人は乾いた声で嘲笑った。





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