die Befreien 【4】




 全て滅びよ──



「魔女の呪い、ね。その魔女の力が本物だったなら、それが今回の件の元凶とみていいかもね。それ程の呪力を持つものがいるなんて、そう簡単には信じられないけど」
 ともかく、老人の告げた内容にまずはその魔女の墓の場所の確認をと、オリヴィエを先頭にして一行は岩山に向かった。
 砂地に足を取られながらも徒歩10分程といったところだろうか。
 岩山の周辺を一回りしてみると、確かに老人の言ったとおりに入り口と思しきところがすぐに確認できた。
 どうしようかと多少躊躇い、同行の研究員たちは引きとめたものの、オリヴィエは、
「何も感じないし、大丈夫でしょ」
 軽くそう言って、一画にある洞窟の入り口、薄暗いそこに辺りに気を配りながらゆっくりと足を踏み入れた。すると少し進んだところに鉄製らしき錆付いた古い扉があった。
「ここから先が、魔女の墓ってことか」
「どうします、中に入りますか?」
 扉の前で腕を組んで真っ直ぐにその扉を睨み付けているオリヴィエに、同行の研究員の一人が尋ねた。
「それは明日にしましょ。もうすぐ陽も沈む頃だし、それに、確かに何の力も感じないけど、だからといって、さすがに何の用意もないままに何があるか分からないところにこれ以上入るのは危険だわ。でしょ、クラヴィス?」
 後ろを振り返りながら、同意を求めるようにオリヴィエはクラヴィスに問い掛けた。
「……そうだな……」
 扉をじっと見つめていたクラヴィスは、静かにそう短く答えると、まるで何かを振り切るかのように軽く頭を振り、踵を返した。
「あ、待ちなさいよ、クラヴィス」
 オリヴィエは慌てて先を行くクラヴィスを追った。



 夜、食事を終えた後、クラヴィスとオリヴィエは戻った研究員たちと共に船内のミーティング・ルームに集まった。
 部屋の一面を占めるモニターは、幾つかに画面を分割して、それぞれにセレスタインの地図、老人のいたゴーストタウンと化した町、魔女の墓と言われる岩山等々を映し出していた。
「少なくとも、あの岩山の周辺からは何の力も感じられなかった。だからといって、あの扉の向こうにも何もないとは言い切れないけど」
「この星には、自分を墓守だと言った老人以外には、誰も確認できませんでした。人間だけでなく、動物や虫も。彼がこの惑星唯一の住人です」
 研究員の一人が手元のレポートを確認しながら報告する。
「手掛かりは、あの老人と魔女の墓場だけってことね」
「そうなります。どう、なさいますか?」
「考えるまでもないでしょ。二手に分かれて、片方は老人からもう少し詳しい話を聞き出す、もう一方は墓の探索── 。それでいいわね、クラヴィス?」
 ずっと黙ったまま、一言も口をきくこともなく何かを考え込んでいるかのような闇の守護聖に、オリヴィエは一応了承を得ておくべきだろうと、そう考えて問い掛けた。
「……ああ」
 それに頷きながら短く答えて、クラヴィスは静かに席を立った。
 それを合図のように、ミーティングはこれまでとオリヴィエも席を立ち、クラヴィスの後を追った。
「クラヴィス、あんた、何か知ってるんじゃないの?」
 船内のあまり広いとはいえない通路を歩きながら、自分の先を行くクラヴィスにオリヴィエは声を掛けた。その声に、クラヴィスが足を止めて振り返る。
「なぜ、そう思う?」
「なんとなく、私の勘、てやつ」
 クラヴィスが立ち止まったためにオリヴィエは彼に追いつき、彼よりも長身のクラヴィスの滅多に感情を表すことのない紫色の瞳を見上げるようにして見つめながら言葉を綴った。
「振り返ってみれば、聖地を離れた時から、いいえ、ロザリアから今回の件を告げられた時から、どことなくあんたの様子はおかしかった。さっきもだけど、ずっと何かを考え込んでいるようだし。何を知ってるの? この星には一体何があるの?」
「魔女の墓と、彼女の残した呪いの言葉、だろう。私とて何を知っているわけではない。ただ……」
「ただ?」
「……水晶球に映った女の顔が……」
 言いながら、何かを思い出そうとするかのようにクラヴィスは細く形のよい眉を寄せ、目を閉じた。
「どんな女だったの?」
「黒髪を振り乱し、その身は血塗れだった」
「それって、もしかして……」
 オリヴィエが思わず飲み込んだ言葉を察して、クラヴィスは頷いた。
「たぶんそうだろう。その女から感じられたのは、深い哀しみと、激しい、底の知れぬほどの憎悪だった」
「憎悪、ね。あの老人の言葉とあんたの言葉からして、今回の原因はその魔女にほぼ違いないといっていいでしょうね。けど、分からないわね。息子を奪われ、ましてや自分の命すら奪われ、憎しみを抱く── 。それは分かるわ。でも、それがどうしてあの呪いになるの? 犯人に対して、その犯人の関係者に対して呪いを掛けるのは、まだ理解できるけど、“全て”よ。そしてそのためにこのあたり一体の宙域は滅びようとしている、しかもその範囲を広げながら。ねぇ、クラヴィス。あんた、他にも何か知ってるんじゃないの?」
「……私が何を知っていると?」
「分からないから聞いてるんじゃない。何か隠し事をしてるように思えてならないんだけど。どうなの? それとも、私のただの気のせいかしら?」
 並んで歩きながら、いつ時の間にかクラヴィスに与えられた部屋の前まで来ていた。
 クラヴィスは扉のスイッチに手を掛けると、顔だけをオリヴィエに向けた。
「すまないが、私はもう(やす)みたいのだが」
 そう告げて、これ以上話を続けるつもりはない、ここまでだと、クラヴィスは自分の中に探りを入れようとするオリヴィエを拒絶した。
 そんなクラヴィスの態度に、オリヴィエはあからさまに大きな溜息を一つついた。
「これ以上は何も話す気はないってわけね。……ま、いいわ。私も疲れちゃったし、ゆっくりバスにつかってさっさと寝ることにするわ。続きは、また明日ね」
 そう告げて、手を振りながら立ち去るオリヴィエを見送って、クラヴィスは部屋に入った。
 明かりも点けず、暗い部屋の中、クラヴィスはそのまま後ろにある扉に背を預けた。
 オリヴィエの“勘”は、当たっている。
 そう、自分は()っているのだ、たぶん。確信はまだないが、おそらく間違いはないだろう。だが、今はまだ言えない。
 クラヴィスは右の掌で目元を覆った。
 涙はない。が、泣きたいと思った。泣ければ、きっと少しは楽になれるのだろうにと思う。けれど、泣けなかった。





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