die Befreien 【3】




「遠いわね。辺境も辺境だわ。私の生まれたところもいい加減辺境だったけど、ここはそれ以上ね」
 目的の惑星を眼下に見ながら、オリヴィエは誰に言うともなく呟いた。
「間もなく大気圏に突入します。ご用意を」
 そう船の乗員に告げられて、クラヴィスとオリヴィエは席に着き、シートベルトを締める。
 ほどなく船はこの惑星── セレスタインに降り立つべく、大気圏に突入した。



“壁”の内側に進入た際、多少のショックは感じられたものの、クラヴィスとオリヴィエのサクリアにより、恐れられた事態が起きることはなく、その点では、ロザリアや王立研究院による計画は成功したものといえた。これまでの調査では、ここ、セレスタインに辿り着くことすら叶わなかったのだから。
 資料によれば、かつてセレスタインは青く美しい星だったという。しかし、今はその面影を見ることはできない。岩と砂に覆われた赤茶けた惑星と成り果てている。草木は僅かしかなく、とても人間が生きながらえる環境とはいえない。
 だがいかに劣悪な環境と見えても、そこに生きるしかない者たちもいるのだ。
 船は、今ではセレスタイン唯一となった町に程近いとことに降り立った。
 研究員たちは、共に派遣されてきた王立派遣軍の軍人たちと幾つかのグループに分かれて、調査のために惑星の各地に散り、クラヴィスとオリヴィエは、船に残った者たちのうちの数名と共に町へとその足を向けた。



 この星で生命反応を確認することのできたただ一つの町は、殆どゴーストタウンと化していた。
 風に砂と埃が巻き上げられる。
 建物には住む者もなく、荒れ果て、廃屋といえる有り様のものが大半を占めている。
 この町の一体どこに人が住んでいるというのだろう。生命反応があると報告を受けて訪れたものの、実際に足を踏み入れてみると、人の気配は全く感じられなかった。
「ホントに、人がいるの? 何かの間違いなんじゃないの?」
 オリヴィエが傍らにいる研究員の一人に尋ねた。
「そのようなことはありません。ごく微かにではありましたが、確かに反応がありました」
 町の様子に不安そうに、けれど、調査に間違いなどあるはずはないと、研究員はオリヴィエに答えた。
 人間どころか、犬や猫、その他、いかなる動物も、いや、虫一匹すら、彼等の目に触れる生きているものの姿はない。
「この近くに生命反応があったのは間違い有りません。町外れの方に僅かですが木々があるのが降りる際に確認できましたし、そちらの方に誰かいるのではないかと思いわれます」
「人とは限らないけどね。でも、行ってみる価値はあるか……」
 辺りの様子に目を配りながら、町外れに向かう。
 やがて研究員の報告どおりに何本かの樹木が見えてきた。そして町中にあるものに比べれば、幾分荒廃の度がましかと思われる家屋が一軒。その近くには、枯れているかもしれないが、井戸が一つ。
「誰かいてくれるといいわね。でもここにいなけりゃ、たぶんこの星には誰もいないわよ、きっと」
 言いながら、研究員が止めるのも聞かずに、オリヴィエは先頭に立って家屋の方へとゆっくりと歩を進めた。
 ぐるりと回っていくと、やってきたのとはちょうど反対側、縁台のようになっている所に、人影が一つ──
 一瞬躊躇って、だが意を決してそちらへと歩み寄ってゆく。そんなオリヴィエを研究員たちは慌てて後を追い、クラヴィスはゆっくりと後ろからついていった。
 砂混じりの地を踏む足音に、人影が振り返る。
「はぁい」
 それは年老いた老人だった。
 薄くなった白髪、皺の刻まれた顔── 一体何歳くらいなのだろう、もう長いことずっとこの場に座り続けているかのようだ。
「こんちは。ちょっと話を聞きたいんだけど、いいかしら?」
 研究員たちが止める間もなく、オリヴィエはその老人に近づき、声を掛けた。
「……聖地から、来なすったかね?」
 老人はオリヴィエを見ても何の感情も見せず、しわがれた声で、ただ静かにそう尋ねた。
「……よく分かったわね。そうよ、私たち、聖地から来たの。でもまさか、聖地と、いえ、他の星となんの交流もなさそうなこの星の住人が聖地のことを知ってるとは、思わなかったわ」
 老人の様子を窺いながら、オリヴィエはゆっくりと近づいていった。
「知っているわけじゃあない。魔女がそう予言していた、それだけのことだ」
「魔女?」
 老人の答えに、オリヴィエを始め研究員たちは眉を顰める。
「魔女って、誰?」
 老人の前まで歩み寄ったオリヴィエは、彼を見下ろしながら問い質す。
「魔女は、魔女だ」
「魔女の予言と言ったわね。魔女は何と予言したの?」
 老人は相変わらず何の感情も見せぬままに、オリヴィエを見上げて答える。
「……訪れる者も去る者もいなくなったこの星に、もし何人もの人間が宇宙船(ふね)で降り立ったら、それは聖地からの来訪者だと。そしてその来訪者がこの星に最期の時を齎すと」
「……どういう、こと……?」
 オリヴィエの後ろで、研究員たちが互いに顔を見合わせた。
「……その魔女は、どこにいるの?」
 オリヴィエは喉の渇きを覚えながらも、老人に問いかけ続けた。
 その問いに、老人はニッ、と不気味ともいえる嘲笑(わら)いを浮かべた。
「魔女はもういない。いや、この星には、誰もいない、墓守のワシと、あんたたち以外は、な」
「墓守?」
「魔女の墓は、どこに?」
 いつの間にかオリヴィエの隣に来ていたクラヴィスが、老人に尋ねた。
 その声にクラヴィスを見上げた老人の瞳が、ほんの一瞬、見開かれたように感じられたのは気のせいだっただろうか。
「…………」
 老人はゆっくりと、殆ど骨と皮だけの細木のような右腕を上げてある一方を指差した。
「ここから暫くいったところに、小さな岩山がある。そこが魔女の墓だ。行けばすぐ分かる。……ワシは、魔女の墓守だ。あんたらがきたから、ワシの役目はもうすぐ終わる。やっと解放される……」
 老人が指差した方向を見れば、確かに、僅かばかり小山のように盛り上がった部分を確認することができた。
「……昔、魔女のたった一人の息子が奪われ、その魔女は、息子を奪った男たちに殺された」
 老人の言葉に、クラヴィスを除く全員が老人を振り返って見た。
「そして息を引き取る前、魔女は呪いを掛けた。全て滅びよ── とな」





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