妖邪と、妖邪帝王阿羅醐との1年程になる戦いの後、サムライトルーパーとして彼らと戦っていた五人は、戦いの間、協力者としてあったナスティ柳生の別荘で、暫し体を休めていた。
そしてそんなある日、サムライトルーパーの大将ともいえる仁将“烈火”の遼の、「これからもずっと皆と一緒にいたい」との言葉に、他の者たちも、皆同様の思いを持っていたことから、かわるがわる、ナスティに対して、「これからもここに滞在させて欲しい」「共にありたい」と告げ、それに対して、ナスティは、一つ溜息をついた。
「皆の気持ちは分かるわ。私も同じだから。皆がここにこれまでのように一緒にいたいというのは構わない。私は受け入れるわ。でも、それをするには条件が一つ」
ナスティは右手の人差し指を1本立てて、皆の顔を見ながら告げた。
「条件、て何……?」
不安そうに、一番最初に言い出した遼が代表して尋ねた。
「親御さん、家族の方の承諾を得ること。
この1年、貴方たちは一度も帰ってもいないでしょう。皆さんどれだけ心配なさっているか。
だから、一度家に帰って、そして今回の希望を説明して納得、承諾させてくること。皆はまだ未成年なんだから、これは当然のこと、ではなくて?」
ナスティから告げられた内容に、「仕方ないね」「言われてみれば確かにそうだな」などと頷き、なら少しでも早くというように、翌日、早速に彼らは実家へと戻っていった。
その前に、遼は「親父、いるかな……」と不安そうに呟いていた。遼の父親はカメラマンで、世界中を飛び回っており、日本にいることは少ないのだ。そしてそれは当麻も同様と言えた。両親は既に離婚しており、当麻は父親に引き取られていたのだが、その父親は研究三昧で、時に研究室に篭りきりで何日も帰らないことがよくある。母親も、離婚したためにめったに会うことはないが、それ以前から、ジャーナリストという仕事柄、家にいることは少なく、遼の父親のように世界中を飛び回っている。
ともかくもナスティに言われるままに実家に戻った彼らは、家族を説き伏せ── 征士は厳格な家庭の関係もあり、そうとう苦労したが── 柳生邸に、ナスティの元に戻ってきた。ただ、実家に戻ったことで分かったこともあった。遼たちは、さすがに高校は決まっていなかったが、不在だったこの1年のことが嘘のように無事に中学を卒業できていたし、早生まれのために1学年上の伸も、留年することなく、無事に2年に進級が叶っていた。
それらの報告を受けたナスティは、コネを使って、彼らが千石大学高等部への入学、および編入試験を受けられるように手配した。しかし、試験までの日数は、当の試験日を除けば僅か一週間。結果、IQ250とも言われる彼らの智将たる当麻を家庭教師として、皆必死に試験勉強に勤しんだ。合格できなければ話にならないのだから当然のことではある。
そんな最中、たまたま当麻が席を外したときに征士が口にした。「最近、当麻の存在感が薄くなってきている気がする」と。それに対し、「そうかな……?」「けど逆に天空の気配が強くなってる気がするんだけど」「気のせいじゃないのか?」との遣り取りがあったが、やがて当麻が戻ってきたことで、その話はそこまでとなった。
そして遼たち四人は本来の入学試験の日程よりは随分と遅い入学試験を、伸一人は編入試験を受け、その翌日には、「おめでとうございます。皆さん無事に合格です。編入試験を受けられたお一人も問題はありません」と、学園から取り急ぎといった形でそう電話が入り、ナスティは急いで彼らの制服やらなにやらの手配を進め、遼たちはそんなナスティを見て、自分たちの我儘のために無理をさせてしまってごめんなさい、と揃って頭を下げ、そんな遼たちに、ナスティは気にすることは無いわ、と微笑って答えた。
入学式の数日前の朝、突然、当麻が姿を消した。本人だけではなく、当麻の荷物も全て消えていた。征士は当麻と同室だったが、ベッドには使用された後は全く残っていなかった。普段は征士が起きる頃には当麻はまだ深い眠りの中にあり、征士は当麻を起こすのに毎朝苦労していたものだったのに。
そのことを教えられたナスティや遼たちは、柳生邸の中はもちろん、その周辺の、特に当麻がよく好んでいた場所などを探したが、何も見つからなかった。当麻が存在していた証というようなものが、部屋だけではなく、屋敷の中から全て消えていたのだ。
そんな最中に宅配便が届いた。開けてみると、中には注文した千石大学高等部の制服が入っていた。しかしそれはナスティが頼んだはずの5着ではなく4着で、それぞれに、誰のものか分かるように簡単な名札のようなものがついていたが、その中に“羽柴当麻”の名のついたものはなかった。それを受けてナスティは店に早速連絡を入れたが、対応した店員からの答えは「ご注文いただいたのは最初から4着でしたよ」というものであり、ナスティは、「記憶違いかもしれませんから、注文した際の控えを確認してみます」と言って一旦電話を切った。
書斎に入り、机の引き出しから制服を注文した際の伝票の控えを取り出すと、確かにそこには4着とあり、しかも、それぞれの名前が書かれていたのだが、その中にはやはり当麻の名前はなかった。
一同は、一体どういうことなんだ、とリビングで話し合いの場を設けたが、何も出てこない。それに不思議なことに、確かに当麻自身はいないが、屋敷の中、そしてその周辺は、ナスティには分からないが、遼たちに言わせると、天空の氣に満ちているとのことだった。
ナスティは柳生家の顧問弁護士に連絡をとり、知る限りのことを話して、羽柴当麻についての調査を依頼した。調査ということなら、あるいは私立探偵を頼んだほうが早いかもしれないが、場合によっては法的なことも出てくるかもしれないと、弁護士に相談したのだ。
入学式の前日の夕方、弁護士からナスティ宛に電話が入り、夕食の後、ナスティは、「まだ途中報告だけど」と断りを入れながら、四人に当麻に関する調査結果を話し出した。
「当麻の父親である羽柴源一郎氏は存在しているわ。そして、一度結婚したものの、離婚したのも事実。そしてその相手が、現在ジャーナリストであるのも。
ただ、離婚前、子供は生まれていなかったというの。戸籍にも全く記載はなかったそうよ」
「え? それって、一体どういう、こと……?」
「小学校にも中学校にも、どこにも羽柴当麻が在籍していた記録はないわ。そして、千石大学高等部の入学試験、昨日のうちに私が自分で確かめてきたのだけど、入学試験を受けたのは、遼、征士、秀の三人、そして編入試験を受けたのが伸一人。つまり、ここでも当麻はいなかったことになっているの。試験監督官を務めた教師にも確認したけど、やはり入学試験は三人、編入試験が一人の計四人だったと」
「……では、当麻という人間は、最初からどこにも存在していなかった、とでも……?」
「……少なくとも、書類上や、私たち以外の間ではそうなっているわね……」
俯きながらナスティが告げる。
「そ、そんなはずないよ! だって、一緒に戦ったのは俺たちが一番よく知ってる!! それに、確かに今ここに当麻はいないけど、でもここはこんなに天空の、当麻の氣に満ちてる!!」
遼の言葉に、顔を上げたナスティは静かに話を続けた。
「これは……あくまで私の憶測だから、必ずしも正しいとは限らない。それを念頭において聞いてね」
その言葉に、四人は黙って頷くと、ナスティの話を聞く体勢になった。
「とりあえず、あなたたち四人は、それぞれ家に伝わっている鎧珠を受け継ぎ、それに導かれるようにしてサムライトルーパーになった。それはいいわね?」
ナスティの言葉に、四人がそれぞれに頷く。
「羽柴家に、同じように鎧珠がつたわっていたのかどうかは分からないわ。少なくとも今は確かめようがないから。
で、ここからが先に言った私の憶測だけど、天空というのは、本来は存在していないのかもしれない。いえ、存在はしている、多分、常に。でもそれは、大気に満ちるという形で。だからそれを感じ取れるのは、同じサムライトルーパーであるあなたたちだけ。そして、人間界が妖邪の侵略にあいそうな状態になると、普段は大気となっている天空が、人間の形をとって現れる。それが今回は羽柴当麻という存在としてだった。けれど無事に戦いが終わり、もう今は人間界に妖邪界からの危険性はない。少なくとも当分は。そしてあなたたちは新しい道を歩み始めた。だから、羽柴当麻という形をとっていた天空は、元に戻って大気となり、その結果、羽柴当麻という存在の記録は、トルーパーとしての彼のことを知っている私たちの記憶の中にしかなくなった。けれど当麻、いえ、天空というべきなのかしら、彼にはあなたたちを見守り続けようという意思が働いていて、だからこの周辺は天空の氣に満ちている」
暫く、誰も言葉を発しなかった。いや、発することが出来なかった。しかしやがて伸が口を開いた。
「そんな馬鹿な話、信じられないよ! だってあれほど、戦ってる時は別だったけど、そうじゃない時は、普段はとんでもない無精者で、食いしん坊で、平気で徹夜を続けるかと思えば、いつまでも眠り続けてたり、そんな当麻が……」
「そうね。確かにそのとおりだわ。……でも、当麻、普通の人間とはどこか違うと思ったこと、一度もなかった?」
伸の言葉に頷きながらも、同時に問いかけてくるナスティに、四人は考え込む。
「……確かに、どこかしら人間の感情に無頓着というか、理解が欠けていると思えるようなところは見受けられたように思うことはあったが……」
「でもそれは、当麻から聞いた生い立ちを考えれば、そうなってもおかしくないか、くらいな感じで……」
征士が答え、それに対し、伸が反論とも言い切れない言葉を述べた。
「ああ、もうメンドくせぇ!! 俺には難しいことは分かんねぇけどよ、でも、俺たちが天空の氣に満たされてるのは紛れもない事実だ。違うか、遼!?」
二人の遣り取りを聞いた後、頭をかきむしりながら、秀は遼に問いかけた。
「そうだな……。少なくとも、天空の、当麻の氣が俺たちのまわりにあるのは紛れもない事実だ。本人はいない、けどな……」
大将たる仁将である遼の言葉は、ナスティが憶測だと言いながら告げた内容を受け入れているようなものだった。
「確かに、遼の言うとおりだな。
事実として、まず当麻はどこにもいない。過去も現在も。ただ私たちの記憶のなかにいるだけだ。
そして、現在わたしたち、そしてこの柳生邸の周辺は、天空の氣で満たされている。それは彼がわたしたちを見守ってくれているということなのだろう」
「じゃあ、征士はナスティの意見を受け入れるというわけ?」
「わたしは事実を述べている。そしてそれがナスティの憶測に合致しているというだけだ」
征士のその言葉に、遼は一つのことを思い出した。以前、他ならぬ征士が告げたことだ。「当麻の存在感が薄くなってきている気がする」と。ならば、それは彼が大気に溶け込もうと、元に戻りつつある前兆を示していたのだろうか。そう考えれば、征士の告げた言葉も納得がいく。
「……事実を事実として受け入れよう。当麻はいない。けど、俺たちは当麻を覚えている。そして俺たちは、その当麻に、天空に守られている。
だから、俺たちだけは当麻のことを、彼が存在したことを覚えていよう。俺たちが忘れてしまったら、その時こそ本当に、書類の上だけではなく、羽柴当麻という人間が存在した事実が完全に消えてしまうから」
「少なくとも僕たちが覚えている限りは、他の誰が認めなくても、羽柴当麻は生きていたってことだもんね」
遼の言葉を受けて、伸が返す。
「前向きに考えよう。
当麻は姿は消した。でも、氣はいつまでも俺たちのまわりにある。目には見えないけど、彼はいるんだ。俺たちが忘れない限り。だから彼のことを決して忘れないまま、彼に心配させないように、一生懸命生きていこう!」
「そうだな。それにもし、また万一妖邪のようなおかしなものが現れるようなことがあれば、何事もなかったかのように、当麻が再びわたしたちの前に姿を見せることもあるかもしれんしな」
「じゃあ、そんなことが起きないようにするのが、残された俺たちのすべきことだな」
遼の「前向きに」との言葉が、残りの三人の意識を変えた。事実を受け入れ、そして忘れずに、当麻が形あるものとしてあったならば、彼が望むであろうように生きていこうと。
黙って彼らの遣り取りを聞いていたナスティは、自分も前向きに、そして当麻のことを忘れないように生きていこうと思った。それに、確かに当麻がいたという証は残っていないが、だがPCのデータの中には、彼が打ち込んだものが残っているのだ。この先、研究を続ければ、そこでまた何か分かるかもしれない。天空という存在がどういうものなのかも含めて。
だから今は、これからは、当麻は形としては存在しないが、彼の氣に守られているという事実を受け入れて、前を向いて明日のために、未来のために、生きていこうと、残された四人とナスティは受け入れることにした。それが何よりも羽柴当麻としてあった天空が、彼らに望んでいることであろうから。
── 了
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