『ヒョーガ、ヒョーガ
私の坊や、私の愛しい天使』
シベリアの遅い春、咲き乱れる花の中、MAMAが僕を呼ぶ。少女の微笑みをもって、透き通る声で、たおやかな両の腕を広げて僕を招く。
柔らかなMAMAの黄金の髪が、風に揺れながら光を弾いている。
『MAMA!!』
MAMAに駆け寄ってその暖かな懐に飛び込む。抱きついて、抱き締められて── 。
MAMAに包まれて、周りには光だけがあった。
いつまでもその倖せが続くのだと、そう信じて疑わなかった日々、僕にはMAMAが全てで、MAMAには僕が全てだった。
早く大きくなって、誰よりも強くなって、そうして僕がMAMAを護るのだと、そう心に誓い……。
現在、MAMAは時間を止め、あの日と変わらぬ姿で北の氷の海に眠っている。そこにある限り、その姿は永遠に変わることはなく、ただ一人、眠り続けるMAMA、ただ一人、残された僕── 。
ねえMAMA、一人は寂しいよ、それに、ここはとても寒いんだ。
MAMA、僕を呼んで、微笑みかけて、僕を抱き締めて、僕を暖めてよ、MAMA!
『ヒョーガ、私の愛しい坊や』
MAMA、ここに来て!!
── 想い出の中、長い髪を風になびかせてMAMAが僕を呼ぶ。
『ヒョーガ、私の天使』
MAMAに駆け寄って……、けれど差し伸べた僕の手が掴むのは、空。そこに在るのは風ばかり、MAMAの姿はどこにもない── 。
『MAMA、どこ、どこにいるの?』
僕は必死になってMAMAを捜すけれど、見つからない。
『ヒョーガ、
私の坊や、私の愛しい天使』
風が、MAMAの声だけを運んでくる。
『MAMA、どこにいるの!? 隠れてないで出てきてよ!
一人はいやだよ,MAMA!!』
風が、とうとう泣き出してしまった僕の頬を優しく撫ぜてゆく。それはMAMAの手にも似て── 。
── 夢の中、咲き乱れる花々の中、僕とMAMAの他には誰もいない。そうして僕は幼い子供に戻り、MAMAの腕に抱かれる── 。
『ヒョーガ、私のヒョーガ』
「……が、氷河」
僕を呼ぶ声がする。MAMAの、ではないけれど、聞きなれた、耳に心地よいその声に、僕の意識が呼び覚まされる。
「氷河、一体いつまで寝てる気なんですか? いいかげん起きて下さい」
目を開ければそこには見慣れた仲間の顔がある。
「何してんだよ氷河」
「早く来いよ、氷河」
ああ、そうだ、ここは凍てついた北の地じゃない。
ねえMAMA、ここには愛するあなたはいないけれど、少なくとも、今は仲間がいる。あなたを見失い、一人、寒さと寂しさに震えて泣いていた僕は、もういない。
『ヒョーガ、私の愛しい坊や』
そうして、いつもあなたを見守っているわと、そう言ったMAMAの僕を呼ぶ優しい声が、いつまでも、どこまでも木霊する……。
── das Ende
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