辛くてもいいと、いや、むしろきつい方がいいのだと、そう告げるオスカーに、レヴィアスは気遣いをやめた。
本来、男を受け入れるべき機能を持たないその場所に大きく怒張した男を受け入れることに、程度の差はあれ、何のダメージもないわけがない。たとえそれがどれ程に慣れた行為になろうとも。 ましてや現在置かれている状況を考えれば、翌日にその影響を残すのはまずい。だからオスカーを抱く時、レヴィアスはいつも気遣っていた。オスカーの躰に負担をかけすぎないようにと。
だが、今夜は違った。
あえて辛いほうがいいと、そう望むオスカーの心中を察して、一切の気遣いを止めた。
前戯もそこそこに、そしてそれ以上に、常ならば念入りに解してやる秘孔に対してもあえてそれをせずに、レヴィアスはオスカーの両膝の裏側に手を掛けると胸につくほどに折り曲げ、それから滾る自身を無理矢理捩じ込むようにしてオスカーの内に押し入った。
「ぅ、クッ……」 オスカーは躰を襲う激痛に思わず唇を噛み締めるが、それでも押えきれない呻きが零れる。
苦痛に歪むオスカーの顔を見下ろしながら、レヴィアスはそのままオスカーの内を突き上げ、自身を奥へと押し込んでいく。無理矢理の挿入が内壁を傷つけたのだろう、血の滑りが、レヴィアスの動きを容易くしていた。
全てをオスカーに銜えこませると、レヴィアスは一旦動きを止めた。
目を固く閉じ、唇を噛み締めて苦痛に耐えているオスカーを見て、レヴィアスはシーツを握り締めている手を片方ずつ外させて自分の肩に回させた。
「声を押える必要はない。誰にも聞こえないから。泣きたいなら泣いてしまえ。聞いているのは俺だけだから」
そう告げて、レヴィアスはオスカーの乱れた前髪を掻き上げてその額に唇を落とす。
オスカーは閉じていた瞳を開けた。
そこにあるのは、誰もが知る冷たい蒼氷の色ではなく、溶けて潤んだ薄蒼色で、レヴィアスは誘われるようにその眦に口付けた。
「……すまない……」
「オスカー……?」
唐突に紡がれた詫びの言葉に、レヴィアスは不審そうに顔を上げてオスカーの顔を見下ろした。
「俺は……おまえを利用してる……」
再び閉じられた瞼の端から、一筋の涙がこめかみを伝う。
「おまえの差し伸べてくれる腕に、優しさに、甘えて、縋ってる……」
レヴィアスはその言葉に小さくフッと笑った。
「バカだな、そんなことを気にしてたのか。俺だって、似たようなものなのに」
「レヴィアス?」
レヴィアスの言葉の意味を掴みかねているオスカーの両の頬に手を当てて、それからレヴィアスは互いの額を合わせた。
その動きに、レヴィアスの男を銜えこんだままのオスカーは、それのもたらす僅かな衝撃に小さく声を漏らした。
「……おまえとこうしている間だけ、俺も全てを忘れていられる。アリオスという偽りの姿はもちろん、皇帝という名も、柵も、何もかも忘れて、ただのレヴィアスという名の一人の男になれる。利用してるのはお互い様だ、気にすることなんかない」
合わせていた額を離すと、レヴィアスは両腕をオスカーの背中に回して強く抱き寄せた。
「今夜は、遠慮はしない。それでいいんだろ?」
オスカーが頷くのを確認して、レヴィアスは律動を再開した。 オスカーに自分だけを感じていろと伝えたように、レヴィアスもまた目の前の、今抱き締めているオスカーのことだけを考え、その躰の全てを貪り尽くそうとするかのように熱く滾る楔で抉るように突き上げていく。
どのくらいの間そうして抱き合っていたのか、やがてオスカーが意識を手離した後、レヴィアスはそっとオスカーの中から自身を抜き出した。
オスカーの下肢は、二人分の精液と、そして最初に無理をしたためにつけた傷から流れた出た血で汚れていた。
本人がそれを望んだとはいえ、それでも流石に無理をさせすぎたかと、レヴィアスはオスカーに回復魔法を掛けてからバスルームに足を運んだ。 軽くシャワーを浴びた後、タオルを濡らしてオスカーの元に戻り、その躰を拭ってやってから抱き上げて、使っていない方のベッドに降ろした。それから自分もオスカーの隣りに横になる。
レヴィアスは汗に濡れて額に張り付いたオスカーの前髪を払ってやりながら、じっとその意識のない顔を見つめた。
バカな男だと思う。そして、不器用な男だと。
望めば、おそらく叶わぬことなど何もないだろう。だのに、たった一つの命令に囚われて、それ以外のことができずにいる。
いや、そうではない。
あえてそれ以外の選択をしないのだ、この男は。
それは、与えられたその命令が、今となってはただの命令ではなく、遺言となってしまったからなのだろうと思う。
だから逆らえない、だから破ることができない。そしてまた、それを守ることが、オスカーの生きる縁となっているのだろうことは容易に察しがつく。
他の誰にも本音を晒すこともできずに── そう、オリヴィエにすら、全てを晒しているわけではないのはレヴィアスも既に承知している事実だ── 、仮面を被り、全てを己の胸の内に隠して、必死になって唯一つ残された遺言を果たすために、そのためだけに生きている。
普通の男だったら、とうに破綻しているだろう生き方だ。それを強靭な精神力と決意とで、仮面をつけた顔とそれを外した素顔と、微妙なバランスを取りながらタイトロープの上を渡るように過ごす日々。
そこまで考えて、レヴィアスは苦笑した。
不器用なのはオスカーだけではない、自分もそうだと気がついて。
他にも選択肢はあったはずなのに、もっと楽な生き方ができただろうに、こんな生き方しか選べなかった自分たちを、エリスや、オスカーが愛しんできた者たちはどう思っているだろう── 。
「……んっ……、ぁ、……エリザ、ベート……ッ!」 いつしか自分の考えに浸っていたレヴィアスは、息を乱し、苦しそうに魘されながら今は亡き妹の名を呼ぶオスカーに気づいて、慌ててその躰を抱き寄せた。
「オスカー、オスカー、大丈夫だ、おまえは一人じゃない。俺がいる、俺がここにいるから」
強く抱き締めながら言い聞かせるように声を掛ける。 その声にか、それとも抱き寄せられた肌の温もりにか、オスカーはうっすらと瞳を開けると、安堵したように微笑を浮かべ、再び瞳を閉じて、レヴィアスに己の躰を摺り寄せた。
それを目にして、レヴィアスはほっとしたように息をつく。
楽なように少し体勢を変えて、オスカーの穏やかな寝息に安堵し、そのこめかみに軽く唇を落とす。
オスカーにとって必要なのは、必ずしもセックスという行為そのものではない。実際、温もりを分け合うようにただ抱き合って眠っただけの夜もある。
オスカーが必要とするのは、自分以外の人の温もり、確かに生きているという証たる鼓動── そういったものなのだ。
滅亡し、死の星と化した故郷、たった一人取り残されてしまったという事実。それが自分以外の存在を求めさせるのだ、一人ではないのだと確認するように。
夢を見たくないからと、こんな行為に溺れている自分を、故郷の奴等は軽蔑しているかもしれない、自分たちのことを忘れるのかと怒っているかもしれない── いつだったかオスカーはそう自嘲気味に言ったことがあった。
だが、一体誰がそれを責められるだろう。
心に負った傷は深く、未だ癒されることなく、悪夢となってオスカーを苛んでいる。それほどの大きな苦衷を胸に抱え込みながら、それでも必死に遺言を果たそうと懸命に生きているオスカーを責めることなど、誰にもできようはずがない。
そしてまた思う。
この行為に、二人の関係に溺れているのは何もオスカーだけではない、自分も同じだと。
キーファーたちは確かに自分を慕ってくれてはいる。命を懸してまで自分に仕えてくれている。だが彼等はあくまで部下であって、決して理解者とは為り得ない。
だからオスカーの存在が心地よく、そして嬉しいのだ。
自分たちがしていることは、単にお互いの存在を利用しあうだけの、所詮は互いの傷を舐めあうだけの行為でしかないのかもしれない。けれど唯一自分の心を理解してくれると言えるオスカーの存在が、どのような理由からであれ、その彼が自分を求めて縋るように伸ばしてくるその腕が、嬉しい。
そして何よりも、この孤独な傷付いた魂が余りにも哀れで、愛しくてならない。
そう遠くない日に、この手を離す時が、別れの時がやってくるのは分かっている。
だからそれまでの短い間だけでも、せめてこの腕の中にある間は、悪夢に魘されることのないように、安らかな眠りを得られるようにと願ってやまない。
── das Ende
|