その晩、普段は寝つきのよいジュリアスにしては珍しく、なかなか寝付けずにいた。
原因は分かっている。
薄い壁を通して隣から微かに漏れ聞こえてくる声のせいだ。暫く前から、どこか苦しげな呻き声が断続的に聞こえ続けている。
ジュリアスは思い切ってベッドから身を起こすと、ガウンを羽織り、そっと部屋を後にした。
隣の部屋の扉の前に立つと、躊躇いがちに軽くノックをした。
応えはない。
「オスカー、入るぞ」
他に聞こえないように小さく声を掛ける。ノックに応えがないのなら、ましてやその声に返事などあるまいが、それでも黙って扉を開けることには抵抗があって、だから声を掛けたのは自分への言い訳のようなものだった。
そっと音を立てないように開けた扉の隙間からジュリアスの目に飛び込んできたのは、白い背中、だった。
薄暗い部屋で、廊下から差し込んだ光の中、ベッドの上に上半身を起こした人物の、白い背中が揺らめいている。
ジュリアスの扉を押さえる手が震える。 躰のラインから、明らかにそれは女ではなく、男だと知れる。そして何よりも、廊下からの光が微かにある程度の薄暗がりの中でもはっきりそれと分かる程の鮮やかな緋色の髪に、それがオスカーだと分かった。
ジュリアスは我が目を疑った。
同年代の者たちに比べれば、確かに自分が性的なものに対して疎い自覚はある。だがそれでも、今目の前で行われていることが何かは、分かる。
オスカーが女を抱いているのではない、オスカーが男に抱かれているのだ。相手が誰なのか、その相手の顔は影のうちにあって判別はつかないが。
守護聖の中では最も男らしく、強さを司る守護聖であるオスカーが、男に抱かれている。
後ろ姿であるために、オスカーがどんな表情をしているのかは見えない。
しかし当初苦しそうな呻き声だと思われたそれは、苦痛の声などではない。声を出すのを押さえているために、そのように聞こえていたにすぎないのだ。
あのオスカーが、男に秘部を貫かれ、明らかに悦び、身悶えている。
その事実に、ジュリアスは愕然とする。
「……んっ、あ……、もうっ、……っあ……」 男の躰に跨り、突き上げられ、耐え切れないというように腰を振り、声を上げながら髪を振り乱している様は、普段の、ジュリアスの知るオスカーからは想像もつかない。
「……やっ、……ィア、……ス……、も、う……イカセ……て……」
「オスカー、もう少し我慢しろ。イク時は一緒に、な」
ジュリアスにすら欲情し濡れていると分かる声で囁くように、けれどよく通る声で掛けられたオスカーを抱いている男の、確かに聞き覚えのある声に、ジュリアスは一瞬硬直した。
背を向けているオスカーはともかく、ジュリアスから男を確認することはできないが、逆に男からはジュリアスが見えているはず、なのだ。
なのに躊躇いもなくオスカーにそう声を掛ける男。
ジュリアスは後ずさりながら扉を閉めると、逃げるように隣の自分の部屋に駆け込み、後ろ手に扉を閉めた。そしてそのまま扉に背を預ける。
「……オスカー、そなた、どうして……」
疑問だけがジュリアスの口をつく。
なぜ、どうして、あのような、いくらアンジェリークが認めたとはいえ、身元も確かでない流れ者といって差し支えないだろう男に、おまえほどの男が身を任せたりするのだと。
暫くそのままでいたジュリアスは、やがて疲れたような足取りでどうにか寝台に辿り着き、身を投げ出すようにして横になると、苦労して目を閉じた。
しかし今度は、その脳裏にオスカーの喘ぐ声と身悶え乱れる様が浮かび、なかなか消えてくれなかった。
その頃隣の部屋では、男が荒い息を吐くオスカーを抱き締めてその背を優しく撫でていたが、その息がだいぶ落ち着いた頃、ふいに思い出したように小さく笑った。
「レヴィアス?」
その笑いに、オスカーは一体何がおかしいんだと、疑問を浮かべながら男の名前を呼んだ。
「いや、今ごろジュリアスの奴がどんな顔をしてるかと思ってな」
「……なんでそこでジュリアスの名が出るんだ?」
わけが分からないと、レヴィアスの顔を見上げながら問い質すオスカーに、レヴィアスは口元に意地の悪げな笑みを浮かべながら教えてやった。
「おまえからは真後ろになるから分からなかっただろうがな。さっき、ドアの隙間から覗いてたんだよ」
覗いてた? 誰が? ジュリアスが? レヴィアスが何を言ったのかすぐには理解できなくて目を見開いたまま、レヴィアスの告げた言葉を自問自答しながら反芻して、それから徐ろに躰を起こした。
「おい、覗いてたって……!? だって、鍵っ!!」 オスカーはレヴィアスを真っ直ぐに見詰めながら右腕で躰を支え、左手で扉を指差した。
「どうやら、掛け忘れたらしい」
「掛け忘れたって、何呑気に言ってるんだよ! 見られてヤバイのは俺よりおまえの方だろうが!!」
大したことではない、何も問題などない、とでもいうように告げられた言葉に、オスカーは思わず怒鳴り返していた。
「大丈夫だ、どうせあの位置からでは影になって俺の顔など見えてはいない。それよりオスカー、俺の方がヤバイって言っていたが、おまえだって相当ヤバイんじゃないのか? よりにもよって敵の大将に抱かれてるんだぜ?」
レヴィアスのその言葉にオスカーは少し考えるようにして、それから口元に笑みを刻んだ。
「女好きの俺が、何を思ったか男を引っ掛けて抱かれてるってだけの話さ。それに、俺のプライベートだ。私生活にまであれこれ口を挟まれる気はないし、言われても聞く気はない」
「成程な」
公的な守護聖としての顔と、私人としての顔と、見事といえるほどに使い分けているオスカーらしいその言葉に、レヴィアスは微笑った。
もっとも私人としてのその顔も、彼の仲間たちが知っているのはほんの表面、いや、むしろ意識的に見せている仮面に過ぎない。オリヴィエとて、どこまで知っているかとなるとそれは甚だ疑問だ。
「それにしても、一体何だってこんな夜中に来たんだ?」
疑問を口にしたオスカーに、レヴィアスは軽く壁を叩きながら答えた。
「この壁、思った以上に薄いみたいだな。たぶん、おまえの声が漏れ聞こえて、それで心配になって様子を見に来たんだろう。まさかおまえが男に抱かれてヨガッてる最中だなんて思いもよらずにな」
「……そういうことか……」
笑いの粒子を交えながらのレヴィアスの言葉に、そうか、見られたのか── と、いまさら恥ずかしがっても手遅れと、開き直りに近い心境でオスカーは溜息を吐いた。
「けどおまえ、本当は気付いてたんだろ?」
「え?」
レヴィアスの言葉の意図が分からなくて、何をだ、と聞き返す。
「見られているの、気付いてたんじゃないのか? おまえほどの男があれほど明白な気配と視線に気付かないはずはないからな」
「なっ!? そ、そんなこと……」
顔を真っ赤にして言い返そうとするオスカーに、レヴィアスは口元に意地の悪そうな笑みを浮かべながら、なおも続ける。
「違うとは言わせないぜ。ドアが開いてからのほうが、おまえ、より感じてただろう? 締め付けもきつくなったしな」
「……っ」
そう言って口の端を上げて笑うレヴィアスに、オスカーは既に赤かった顔をさらに真っ赤に染めながら、言葉に詰まって飲み込んだ。
レヴィアスの言葉を、完全には否定しきれない。
はっきりと認識していたわけではない。だが確かに、どこか本能で感じていたと思う、見られていることを。
「あっ! ……ん……っ」 ふいに、レヴィアスの指に後孔を弄られてオスカーは声を上げた。躰を支えている腕が震える。
「まだ、イケルな」
そう言うと、レヴィアスは勢いをつけて体勢を入れ替えた。
自分を見上げるオスカーの未だ情欲に濡れた瞳を優しく見つめ返しながら、前髪を払って額に唇を落とす。
「もう遠慮して声を抑える必要はないからな、思いっきり啼いて聞かせてやるといい、おまえの声を」
言って、レヴィアスはオスカーの耳朶を甘噛みしながら、腰を上げさせるとまだ先に放ったもので濡れているそこに、自身を宛がいゆっくりと挿入していった。
「ああっ…! んっ……」
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