男は傍らに眠る存在を起こさぬようにそっと静かに抱き寄せると、愛しそうにその額に口付けた。
「……ん……っ……」 腕の中の躰が微かに身じろぎ、ゆっくりとその瞳が開けられる。
「起こしてしまったか、すまなかったな」
「ウォルフ……」
呟くように、自分を見下ろしている男の名を呼んだ。
「何を見てる?」
「おまえを。忘れないように、目に焼き付けてる」
その答えに、微かに眉を潜めた。
「おまえとこうしていられるのも、今夜が最後だからな」
そう告げて、頬に口付ける。
「……そうだったな、明日には、出ていくのだったな」
言いながら、男の胸に縋るように顔を埋めた。
「……おまえがいなくなったら、私は、また一人だ……」
「何を言ってる」
両頬に大きな手をあてて、顔を上げさせる。
「俺がいなくなっても、おまえは一人なんかじゃあない。皆がいるだろう。おまえが、奴等に対しても俺にしたように心を開けばいいんだ。それだけのことだ」
「…………無理、だ……」
今にも泣き出しそうに顔を歪めながら答える。
「そんな顔をするな。連れていきたくなる」
「連れていってくれればいい」
そう言って、白く細い両の腕を男の首に巻きつける。
「そんなマネができるはずないじゃないか」
「ウォルフ……」 自分に縋り付いてくる細い躰を、男は思い切り抱き締めた。
「どこにいても、おまえを想ってる。おまえの幸せを祈っているから」
「……そんなの、嘘だ、きっと私のことなど忘れてしまう。私だけが取り残されるんだ……」
「忘れたりしない、おまえだけだ!」
額に、瞼に、目尻に、涙に濡れる頬に、啄ばむように口付けていく。
「誰よりも、おまえを愛してる」
「ウォルフ!」
これが最後というように、男は首筋に、胸元に口付けを落とし始めた。
「…あ……っ……」
何度抱いたことだろう、何度この腕の中で啼かせたことだろう、だがそれもこれが最後なのだと、男は自分に言い聞かせた。
叶うことならば、連れていきたい── それは、男の本音だ。 だがそれは許されない。だからせめて忘れることのないように、目に焼き付ける、躰に刻み付ける。
「明日は、見送らなくていいから」
「……見送らせても、くれ、ないのか……」
「おまえの泣き顔は見たくない」
その言葉に何かを告げようとする唇を、男は自分の唇で塞いだ。
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