黄龍と蛇神 【1】




 柳生との戦いにも決着がつき、漸く龍麻たちは普通の学生生活に戻ることができた。といっても、高校3年にある者たちは卒業までもうそれほどの時間は残されていないが。それでも、やはり本来の日常の有るべき状態に戻ることができたのは喜ばしいことに違いない。
 そんなある日、紅葉が学校から自宅へと戻る途中、彼の脇にすっと停められた一台の黒い車があった。それもリムジンといって差し支えのないものが。
 壬生は訝しみながらも、自分に用がある者かと判断して、少し間をおいて、中から人が出てくるのを待った。
 ほどなく後部座席から黒いスーツに身を包んだ二人の男が降りてきた。そのうちの一人が壬生に声をかける。
「壬生紅葉様、でいらっしゃいますね?」
「そうですが、あなたは、あなた方はどなたですか? それに一体僕にどのようなご用件でしょうか?」
 緊張を解くことをせず、また、もちろんのこと、隙を見せることもなく、二人の様子を伺いながら紅葉は男たちの顔を交互に見やりながら尋ね返した。
「あなたのお母さまのご実家に所縁(ゆかり)の者です」
「母さんのっ!?」
 思いもよらぬ回答に、紅葉はそう答えた男に向かって一歩踏み出した。
「そうです。お母さまのご実家の現在のご当主様、あなたにとってはお祖母さまに当たられる方ですが、その方のご命令で、あなたをお迎えにあがりました」
 その言葉に、紅葉は、まだ父が生きていた幼い頃、両親二人、特に父から聞かされたことを思い出していた。
 ── 私達は、母さんの母さん、つまりおまえのおばあさんに結婚を許してもらえなくてね、でも諦められなくて、二人して駆け落ちしたんだよ。まだ幼いおまえに言えることではないし、たとえ告げたとしても理解できないと思うが、これだけは覚えておきなさい。もし、将来、おばあさんの使いだという者たちがおまえを訪ねてきても、決してついていってはいけないよ。
「……今から、ですか?」
「そうです。ご当主様はずっとご自分の娘であるあなたのお母さまを、そのお子であるあなたを捜しておいででした。そして漸くの思いで見つけだされたものの、本当でしたらお嬢さま、つまりあなたのお母さまを、とのことでしたが、入院中で動かせる状態ではないとのこと。その旨を伝えましたら、ならばそのご子息、つまり孫であられるあなたを、と首を長くしてお待ちです」
 紅葉は一つ溜息を吐くと、男に尋ねた。
「この後、人と会う約束があるんです。そちらに連絡を入れてからでもいいですか?」
「どうぞ」
 紅葉の言葉に、ならば彼は自分たちについてくる気になったのだと判断した男が答えた。
 その一言に、紅葉は鞄から携帯を取り出すと、登録してある番号を押した。呼び出し音2回程で相手が出た。
「如月さんですか?」
『その声は壬生かい? 何かあったのかい、今日は皆で集まることになっていたはずだが』
「急ですが、私的な用事ができて伺うことができなくなりました。それで、大変申し訳ないんですが、龍麻たちにそのことを伝えてもらえますか」
『そういうことならかまわないが、その用事というのは長くかかりそうなのかい?』
「母方の実家の件なんですが、どのようなことでか何も分かりませんので」
『それでは仕方ないね。何かあったらまた連絡をくれたまえ』
「分かりました。それではよろしくお願いします」
 そう告げて携帯を切って鞄の中にしまうと、男に促され、二人に挟まれるようにして紅葉は車に乗り込んだ。
 途端、覚えのない臭いに気が付く。車内中に充満しており、紅葉は眉を顰めたが、運転手はもちろん、紅葉を挟んで座っている二人の男も、慣れたものなのか、何の反応も示していない。
 ── 一体何なんだ、この臭いは・・・・・・
 そう思いながら、やがて紅葉は意識を手放した。朧になりつつある意識で、拳武館の人間にあるまじき失態だと思いながら。





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