Négation




 もう二度とあんなことは言わせない、させない── 、そう思いながら、工藤新一は目的の場所に向かって夜道を駆けていた。
 新一は幼馴染の毛利蘭と訪れた遊園地の一角で、黒の組織の取引現場を目撃し、つい見ることに夢中になっていたところを背後から襲われた。
 そして組織の殺し屋である、ジンというコードネームを持つ男の手によって飲まされた毒薬“APTX4869”は、新一の命を奪う変わりに、その躰の時間を10年近く戻してしまった。
 小さくなってしまった新一は、江戸川コナンという偽りの名の下、隣人であり、父親の工藤優作とも親しい隣家の主である阿笠博士の助力もあって、幼馴染で父親が探偵をしている毛利蘭の家に居候する身となった。
 組織に関する情報を集めながら過ごした偽りの日々の中で出会った一人の犯罪者。
 シルクハット、スーツ、マント、手袋に靴まで白づくめ、そして古風な片眼鏡(モノクル)という、とても窃盗犯とは思えない派手な格好をした気障な泥棒。星の数ほどの顔と声を持つと言われる変装の名人。犯行の度に予告状を送りつけ、警察を子供のように手玉にとって、大胆かつ華麗な手口で犯行を為し遂げる、国際指名手配を受け、確保不能と謳われる稀代の大怪盗。怪盗1412号こと、通称、怪盗KID。
 新一は元々窃盗犯に興味はなかった。だがこの怪盗KIDだけは違った。
 送りつけられてくる予告状、そこに記された暗号と、月下の奇術師と異名を取る程のその鮮やかな手口。
“謎”の存在に好奇心を刺激されてやまない、解かなければ気が済まないといって過言でない新一にとって、謎の塊とも言えるような“怪盗KID”という存在に、気を惹かれるなというのが無理だったのだ。
 だから新一は追いかけた、江戸川コナンという子供の姿でも。
 時に、依頼を受けた毛利小五郎にくっついていって、時に、協力者ともいえる阿笠博士に口裏を合わせてもらって、怪盗KIDの現場に駆け付けた、何度も。
 そしてそんなある夜──



「これはこれは小さな探偵君」
 怪盗KIDの犯行予告日、江戸川コナンは世話になっている毛利家をこっそり抜け出して、今回の犯行現場からさして離れていないあるビルの屋上にいた。
 読みに間違いがなければ、犯行を終えたKIDはこのビルに降り立つはずと、そう思いながらコナンは夜空を見上げた。
 時計を見れば、KIDの犯行予告時間から15分近く経っている。もうそろそろきてもおかしくないはずだった。
 程なく。
 今回の犯行現場となっている、KIDの獲物であるビッグジュエルを展示しているデパートの方向に、白、が見えた。
 見間違えることなどありようのない、まるでそれ自体が発光しているかのような闇夜に映える鮮やかな白。
 やがてコナンの待つビル屋上のフェンスに白い怪盗が降り立ったのだ。





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