La bataille finale




 とある満月の夜、彼の姿は高層ビルの屋上にあった。
 予告状を違えることなく、いつも通りに事を成し終え、警察の追っ手も無事にまいて、彼はこれもまたいつもの通り、今宵の獲物であった宝石(姫君)を月に翳していた。
 今宵の獲物は青いサファイア。しかし、月に翳したその宝石(いし)の中に、彼は、紛れもない“赤”を確認した。
「……あった……。これがパンドラか。まさか本当にあったなんて……」
 夢見心地に、宝石の中の“赤”を見ながら彼は呟いた。
 彼の名はKID。ICPOから“1412”というシークレットナンバーまでつけられた怪盗。彼は2代目であり、初代は彼の父親だった。
 彼が父親がKIDであったことを知ったのは、彼の17の誕生日。その日、初めて父親によって隠されていた隠し扉の仕掛けが動き、そこでKIDの衣装を発見した。メッセージも残されていたが、あまりにも時間が経ちすぎていたことから、その内容を完全に確認することはできなかった。
 しかし、彼は何か分かるかもしれないと、既に復活していたKIDの予告現場へと、隠し部屋にあった衣装を身に纏って赴いた。
 復活したKIDは、かつて表では世界的マジシャンとして高名を馳せていた彼の父親の付き人であり、また協力者でもあった男だった。彼は最初、彼を己が使えた初代のKIDと思い、声をかけてきた。
 その結果、彼は父親こそがICPOがシークレットナンバーをつけてまで世界手配した怪盗KIDであり、その死は、マジシャンとしての仕事をしていた際の事故死などではなく、KIDとして敵対していた組織の手による暗殺であったことを知らされた。
 そしてその時から、彼が── 2代目ではあるが── 本当のKIDとなった。何故父親が殺されたのか、殺した組織はどういったものなのか、それを探るために、彼ら組織の者ををおびき寄せるために自分を囮とすることも考えに入れて、常に予告状を出し、夜には目立つことこの上ない、先代であった父親が纏っていたものと同じ白を纏って、怪盗としての活動を開始した。
 シルクハット、スーツ、マント、手袋、そして靴。アクセント的に他の色も入ってはいたが、それらは全てこれ以上ないくらいの“白”だった。KIDといえば、“白”をイメージさせるほどに。
 変装が得意で星の数ほどの顔と声を持ち、常に警察を手玉にとって、決して捕獲することのできない、確保不能の大怪盗。そして現在の彼の立場上、その活動は必然的に日本が主な舞台となっており、マスコミからは他にも、月下の奇術師、平成のアルセーヌ・ルパン等々、様々な呼び名を与えられていたが、どれも彼を表現するに相応しいものであった。
 やがて活動を続けていく中で彼は知った。何故父親が殺されたのか。そして父親を殺した組織の狙いが何だったのか。それから彼が目的とするものは、“ビッグジュエル”と呼ばれるものだけとなり、その盗んだ物が組織の狙う“パンドラ”でない時は、それを警察に、あるいは本来の持ち主に直接返却していた。彼が欲して探しているのは唯一つ、その中に“永遠の命”を与えるとされる“パンドラ”と呼ばれる“赤”を内包するものだけだったのだから。そしてそれを確認するために、唯一の方法である“月に翳す”という方法をとるために盗みを繰り返す。
 盗んでは返すという行為を繰り返す行為に、彼のことを“愉快犯”と呼ぶ者もいるが、それはKIDとしての彼の目的を知らないためでしかなく、何も知らない者が自分をどう表しようと、彼は感知しなかった。
 ただ、彼がKIDであることを知らない彼の幼馴染が、父親がKID専任の警部であることもあいまって、常にKIDを否定するのを聞かされるのは、さすがに堪えるものがあったが、真実を話すことができない以上、それもまた致し方ないと諦めている。
 そして今夜、ついに彼は“パンドラ”を見つけたのだ。
 敵対組織に関しては、あらゆる手段を講じて既にかなりの情報を得ているし、末端組織に至っては、表の生活とKIDとしての活動の合間に、KIDの仕業と分からぬように幾つか潰したものもある。



 数日後、宝石の持ち主の元に一つの荷物が送られた。一遍の書状と共に。
『大変申し訳ありませんが、今回いただいた宝石をお返しすることは叶いません。
 貴方方ご家族がこの宝石に抱いているだろう思いなどを考えれば、それに報いることは無理であろうと承知はしていますが、せめものお詫びに、いただいた物と同等の価値のある物を送らせていただきます。なお、これは盗んだ物などではなく、正規のルートで入手したものですので、その点に関しては何のご心配もないことを記しておきます』
 それはKIDからのものだった。そして送られてきた宝石は、確かに盗まれた物と同等の価値を有するものだろうと、素人目から見ても分かるものであった。とはいえ、絶対に偽物ではないとは言い切れないと、念のために知り合いの宝石商に確認してもらいはしたが。結果、価値的には盗まれたものを僅かにではあったが上回ってすらいた。
 それを受けて、宝石の持ち主は、マスコミに対してKIDから盗まれた宝石が返されてきたと公表した。それが盗まれた物とは別の物であることを隠したまま。常に盗んだ宝石を返し続けてきた怪盗が、今回に限って、盗まれた物その物ではないとはいえ、わざわざ詫びのように相当の価値を持つ物だったそれと同等以上の価値の物を送ってくるという、KIDの今回の行為に、余程のことと判断してのことだろう。



 そしてKIDの目的の一つである“パンドラ”が見つかった以上、これから組織に対しての、彼の最後の、本当の戦いが始まる─────





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