走る── 。
対ATライフルを抱え、目の前を駆け抜けてゆく黒い影を追い掛ける。
ライフルの重さなど感じない。ただ、目の前の影を必死に追いかけ、ライフルを構え照準を合わせる。
「仲間の仇── ッ!!」
俺の叫びに、影が振り返る。
「!!」
影は、俺、だった。
銃を向けられている、俺。
「仲間の仇だ!」
そう言って俺に銃を向ける男は、AT乗りの兵士だった。俺が殺した奴の仲間だった。
いつの間にか、俺の立場は逆転し、狙う側から狙われる側へと変わっていた。
男の指が引金に掛かる── 。
「違う、俺は── ッ!」
叫んで、飛び起きた。
「……夢……?」
右手で額の汗を拭う。
何度目だろう、この夢を見るのは。
それほどに、俺にとってあの叫びは衝撃が強かったのだ。決して忘れることはできないだろうと思ったとおりに、いつまでも脳裏にこびりついて離れない叫び── 。
仲間の仇を討っていたのは俺のはずなのに、その俺が、その言葉を叫ばれるなんて考えたことはなかった。
一人生き延びた俺にできるのは、仲間の復讐を遂げることだけで、そのためだけにがむしゃらに生きてきた。
たとえその復讐が、あいつ── キーク── の言うように、俺のつまらない自己満足に過ぎなかったとしても。そして奴の、いや、軍隊という巨大な組織の上で踊らされているだけのことに過ぎなかったのだとしても、それでも、それ── 復讐── は、あの最後の戦いでただ一人生き残ってしまった俺の、生きるための糧だったのだ。
俺たちをあの最前線に置き去りにし、そのあげく敵前逃亡、ジジリウム強奪という汚名を被せ、仲間たちの流した血の上でぬくぬくとしている奴等に、死んでいった仲間たちの恨みを晴らすのだと、それを果たすまではなんとしてでも生きて抜いてやると、そう誓った。
その想いだけで生きてきた。
そして全ては終わった。復讐は成し遂げられた。キークも含めて。
だのに、いつまでもあの叫びだけが俺の脳裏から離れない。
復讐という名の元に俺がしていたのは、人殺しだ。
戦争で人を殺すのとは違う、これは俺の私怨。俺一人の戦いで、敵は、俺たちシュエップス小隊を陥れた連中── 。それ以外は誰も関係ないはずだった。
けれどその戦いに一体どれほどの関係のない人間を巻き込んだことだろう。特に、あの最後の時── 。
生き延びるために俺が殺してしまった兵士たち。彼らには彼らの仲間がいて、その仲間にしてみれば、俺こそが仲間の仇になるのだということに、俺は気づかずにいた。
ルルシーは仕方のないことだと言う。あの時は、ああしなければ、今頃自分たちは生きてはいなかったと。
確かにルルシーの言うとおりだとは思う。
だがそれでも、俺に向けられたあの叫びを、俺はこの先いつまでも忘れることはないだろう。
全てが終わった後、それまでずっと手離すことのなかった対ATライフルを地面に突き刺し、俺はルルシーの元へ戻った。
そのライフルを見て、ルルシーが呟くように言った。
まるで、墓標のようだ── と。
あれが墓標だとしたら、そこに埋まっているのは、今までの俺。
小隊の中でただ一人生き残り、復讐のためだけに生きてきたシュエップス小隊のメロウリンク・アリティ伍長。そして今ここにいる俺は、ただのメロウリンク・アリティという名の人間── 。
シュエップス小隊の仲間の顔が、復讐の名の下に俺が殺した奴等の、キークの顔が次々と浮かんでは消えてゆく。そして俺に向けられた、これから先、決して忘れることなんてできないだろうあの叫び── 。
これからどうなるかなんて何も分からない、何も決めてなどいない。
再び、いつ終わるとも知れない戦争が始まった。
生きにくい世の中だと思う。
だが俺は生きてやる。軍とは、戦争とは関係のないところで、生き続けてやる。恐らくはそれが、俺がはみ出してしまった軍隊という名の巨大な組織を見返してやることだろうから。
ただとことん生き抜いてやる、葬り切れない記憶と共に── 。
── das Ende
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