Thank you. And Good-bye. 【1】




 民衆によって沿道をうめつくされた中を、戦犯となった敗戦者たちを処刑するための戦勝パレードが進む。
 放送局のアナウンサーは、本音はどうあれ、勝者たるルルーシュを称える声を告げる。そして民衆は、ひそひそと“悪逆皇帝”との言葉を交し合う。
 そしてこのパレードの真の意味を知る者は、ルルーシュから全てを聞かされている協力者たるほんの一握りの者たちだけだ。その中でもほとんどの者は、ルルーシュから命じられたミッション・アパティアレティアによって、ルルーシュに対する裏切り者を演じ、今は獄中にあって、これから行われることを思い、悲嘆にくれている。
 そんな中、一際高い位置に置かれた玉座に座す、今や世界を統一した皇帝たるルルーシュは思う。



 父上、母上、俺はあなたたちが俺に、俺たち兄妹に対してした事を許すことはできない。ことに父上、あなたから放たれた俺に対する言葉は、俺に深いトラウマを与えた。その言葉によって、俺は、ずっと自分は生きてはいないのだと、ただ息をしてこの世に存在しているだけに過ぎないのだと思い続けていた。その上、あなたたちは自分たちの歪んだ望みのために世界中を戦争状態に巻き込み、多くの人々の命を奪い、苦しめ続けた。けれど、そんなあなたたちに対して、俺は一つだけ感謝している。それは、俺にナナリーという存在を与えてくれたことだ。
 もしナナリーという、俺にとって何よりも大切な、守らなければならない存在が無かったら、俺はとうに命を投げ出していただろう。ここまで生き抜いてくることなどできはしなかっただろう。ナナリーの存在だけが、俺をこの世に引き止めた。ナナリーがいたから、本当に死ぬことはできないと、ナナリーを守りながらあがいてきた。
 だから俺にナナリーという存在を与えてくれたことだけは、本当に感謝している。

 ナナリー、俺のたった一人の実妹(いもうと)
 俺はおまえの育て方を誤ったと今では思う。もっと世間というものを教えるべきだったと。完全に、とは言えなかったと思うが、それでも俺はおまえを守りすぎた、実質的なことだけではなく、人々の悪意という目に見えぬ── もっとも、おまえは父上によって実際にも盲目にされていたが── ものからも。だからおまえは世間を知らないまま、自分にとって都合のいい言葉を簡単に信じて、真実を見極めようとすることなく、遂にはシュナイゼルに言われるままに俺と敵対し、ペンドラゴンにフレイヤを落とすことを認めて億にのぼらんとする人々を虐殺した。もっとも、それ以前にゼロである俺に対して「世界はもっと優しく変えていける」などと、あまりにも甘い理想を抱いていたし、ユーフェミアの提唱した“行政特区日本”についても、何の検証をすることもなく、ただ慕わしい異母姉(あね)のしようとしたことだからと、誰に諮ることもなく実行すると宣言してのけていた。ただ、それは最終的には俺が姦計をもって潰したが。
 ナナリー、おまえにとって、俺という存在は一体なんだったのだろう。戦後、この地がブリタニアの植民地“エリア11”となってから過ごしてきた7年という年月は、なんだったのだろう。俺はおまえを慈しみ、守ってきた。おまえが「優しい世界になりますように」と望んだから、俺は仮面のテロリスト“ゼロ”になった。そしておまえはゼロを否定した。正面きって否定の言葉を告げられたのは、ゼロとして、太平洋上でエリア11の総督としてやってくるおまえと対峙した時。その時のおまえは俺がゼロだということに気付いていなかったのだから、ある意味、おまえの理想とするところから外れている行為をとっていることを考えれば、致し方なかったとは思う。そしてゼロとなったことは、確かにおまえの言葉がきっかけではあったが、そうすることを決めたのは俺自身だから、そのことについてはおまえに対してどうこう言うつもりなど毛頭ない。
 だがその時と、その後の就任演説の際の言動で、如何におまえが何も理解(わか)っていないか、分かってしまった。理想を持つのはいい。そしてその理想を叶えるために努力するのも。しかしおまえは、強く願えば叶うと、あまりにも甘く簡単に考えていることに、俺は気がついた。そしてそれ以上に、ブリタニアという国の本質を何一つ理解していないこと、更には、皇女として、ひいては一エリアの総督、つまり為政者として必要なことを何も学んでいないと。ブリタニアに戻されてからの1年程の間、おまえは一体何をしていたのか。皇帝にしてみれば、おまえという存在は俺に対する柵でしかなかったのだろう。だからあえて何を教えようともせず、ただ甘やかしていたのだろう。だが、おまえ自身に学ぶ姿勢は無かったというのか。ただ、アッシュフォードによって匿われていた間、出自を隠していたことが消えて、元の立場を取り戻し、ブリタニアの皇女という地位とその待遇に酔っていただけだとでもいうのか。それでなくても俺たち兄妹は庶民腹の出ということで嘲られていたというのに、そのような態度でいたなら、宮廷内ではさぞやおまえに対する批難の言葉が満ちていただろうに、そんな言葉はおまえの耳には届かなかったか。それとも、自分の都合のよいように捉えてでもいたか。
 それだけではない。二人してこの地へ追いやられてからこちら、俺がおまえに対してしてきたことを、おまえはどう捉えていたのか。兄として当然のことだったとでもいうのか。身体障害を抱えたおまえを、俺は必死になって守り、献身的に尽くしてきたつもりだ。おまえに苦労はさせまいと、嘘をついたことも、言わずにいたことも多くあった。全て俺が被って、おまえに被害がいかないように心を砕いてきた。なのに、おまえが目を開いたのは、ダモクレス戦の最中、取り落としたフレイヤのスイッチであるダモクレスの鍵を拾うため。
 それらのことや、シュナイゼルに言われるままにしているおまえを見ていると、おまえにとって必要だったのは必ずしも俺ではなかったのではないかと思えてしまう。おまえの面倒を見てくれる者なら誰でもよかったのではないかと。ただ、俺が母を同じくする唯一の兄であったこと、そして俺たちがこの地へ追いやられた原因が俺が皇帝にはむかったことにあったと考えていたなら、俺が自分の面倒をみるのは当然のことだと思っていたのではないかとすら考えてしまう。結果、それがおまえに甘えを生み、瞳が開かないのは精神的なもの、と言われていたのだから、本気になれば開けたはず── 実際、ダモクレスで瞳を開くことができたのだから── なのに、おまえは本気で瞳を開こうとはしなかったのだから。つまり、そのままの状態でいいという思いが心の中にあったとしか思えない。おまえにそう思わせてしまったのは、偏に俺の存在、俺のおまえに対する言動に原因があったのだろうと今は思う。つまるところ、俺はおまえに対する態度を間違え続けていたのだ、ずっと。
 けれどそれでも、おまえの存在があったから、俺はこれまで生きてこれた。だから、おまえの存在には感謝している。たとえおまえが本心では俺のことをどう思っていたとしても。

 ルーベン・アッシュフォード。
 母マリアンヌとの関係からヴィ家の唯一の後見貴族だったアッシュフォード家の当主。母が殺された後、後見でありながら守ることができなかったと、爵位を剥奪されながらも、それでも俺たち兄妹のことを思い、戦後、まだ荒れていたエリア11と名を変えさせられた日本に、危険も顧みずに俺たちを探しに来てくれた唯一の存在。
 おまえが俺たちを見つけて庇護してくれたから、今の俺がある。あの戦後を生き延びることができたのは、おまえのお蔭にほかならない。おまえも賛同してくれたが── もしかしたら俺が言い出さなければおまえの方から言い出していたのではないかと思う── 俺たち兄妹は死んだものとして、ブリタニアには、皇室には戻らないと告げた俺に、その意見を受け入れて偽りのIDを用意し、更には俺たちが暮らしていけるように学園を創設、その中に建てたクラブハウスに俺たちが住まうことのできる居住空間も作ってくれた。そう、本当に何不自由なく暮らせるように、名誉ブリタニア人となった元日本人の女性をメイドとして、ナナリーの世話をするためにつけてまでくれた。そしてそのナナリーの治療のための手配までも。
 ルーベン、おまえがいなかったら、俺たちはあの戦後を生き抜くことなどできなかっただろう。母の死によって地位を奪われながらも、ヴィ家の子供、母の遺児である俺たちのためにどこまでも忠義をつくしてくれた。もっとも、本気で俺たちのことを考えてくれていたのは、アッシュフォード一族の中でも、おまえとおまえの孫娘であるミレイだけ、他の者たちは打算を考えてのことであり、それもおまえがそう仕向けたのであろうことは早いうちに気が付いた。全ておまえが整えてくれた環境があればこそ、ブリタニア本国から、皇室から隠れて俺たちは生きてこれた。
 本来なら爵位を剥奪された段階で俺たちを見捨てていても、全く不思議ではなかった。いや、他の貴族たちならほとんどがそうだっただろう。だがおまえは違った。おまえが俺たち兄妹を助け、生かしてくれた。感謝している。おまえがいなかったら、俺たち兄妹は戦後ほどなく、死んでいただろうから。





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