偽りの弟と真実の妹、そして裏切り者 【3】




 現在、世界には一人の皇帝が存在する。神聖ブリタニア帝国第99代皇帝たる、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。
 世界は、彼を中心として纏まっているといっていい状態だ。
 ルルーシュは、まずナンバーズ制度を廃止した。それからブリタニアの植民地である各エリアに対して、その地の状況から即刻の解放は無理と判断し、復興のための支援を行いながら、ブリタニアの支配の下で失われてしまった多くのものを取り戻させるべく、彼が選び抜いた行政官を総督として派遣し、ライフライン、恙ない日常の生活のための復旧から始まって、教育や医療に力を入れ、国の指導者として相応しいと思われる存在が育つのを待って、自治権を与え、やがて独立へ、との道を示した。
 その他、困窮している国々はもちろん、シュナイゼルと共闘してルルーシュと敵対した超合集国連合に加盟していた国々に対しても、可能な限り援助を惜しまなかった。
 それは、ルルーシュがCの世界で願った通り、世界が、そこに住む人々が、よりよい明日を迎えることができるようにするためだ。今のルルーシュは、それこそが己に与えられた贖罪と考えている。





 Cの世界でのことが終わり、スザクはルルーシュに対して「ユフィの仇だ」と剣を向けた。
 そんなスザクに対して、今後の世界のこと、シュナイゼルの保有している大量破壊兵器フレイヤのことを考え、ルルーシュはスザクに対して一つの計画を持ちかけた。最後にはスザクに自分をユーフェミアの仇として命をくれてやるとして、契約を交わしたのだ。
 その結果、ルルーシュはギアスを使用してブリタニアの皇族や主だった貴族、軍人たちを支配下に置き、ブリタニアを掌握して第99代皇帝となった。その時、その場におらず、ルルーシュの皇帝位即位に抵抗する貴族たちには、元よりルルーシュに従う身となっていたジェレミア・ゴットバルトと、契約によりルルーシュの騎士、ナイト・オブ・ゼロとなったスザクが討伐に当たった。ルルーシュを帝位簒奪者として向かってきたラウンズに対しても、スザクたちがこれを打ち取り、ブリタニアにおけるルルーシュの立場を確立し、それをもってルルーシュはブリタニアの皇帝として、ブリタニアの超合集国連合への加盟の申し入れを行った。この申し入れはルルーシュの建てた計画の内の一つだった。申し入れを行ったことにより、そのための評議会が開催されることになるだろう。それをきっかけとしてルルーシュたちは次の行動に出る予定だった。だが予定はあくまで予定であり、狂わされることはままあることだ。今回、予定が狂った何よりの原因は、シュナイゼルたち旧皇族派によるブリタニアの帝都ペンドラゴンに対するフレイヤ投下だった。そのためにペンドラゴンは見事に消滅し、巨大なクレーターのみがその跡に残り、帝都にあった億に上らんとする人々の命が一瞬に奪われた。
 そしてアヴァロンに戻ったルルーシュに対してシュナイゼルから通信が入り、そこでシュナイゼルはナナリーを皇帝として担ぎ出した。ナナリーはルルーシュとスザクを責め、二人の敵と宣言し、また、ペンドラゴンにフレイヤを投下したことも認めた。
 それに対してルルーシュはそうとは悟らせずに冷静に、自分に敵対するなら許すことはないと対応したが、その後、荒れた。そんなルルーシュに対し、スザクは自分たちの戦略目標は変わらないと力強く詰め寄ったが、事はスザクが考えるほどにそう簡単なものではない。スザクには見えていない。こうなった今、すでにルルーシュが立てた計画、ゼロ・レクイエムをそのまま実行することに大きな無理が発生したということに。
 シュナイゼルたちがいる天空要塞、対ダモクレス戦の準備を進めながらも、いまだルルーシュは悩んでいた。だがその間にネットを通して世界に流布していた事実がある。
 超合集国連合の臨時最高評議会の様子は、元より世界中継されていたものであるからこれは最初から止めようのないものではあった。超合衆国連合側の、大国ブリタニアの君主に対する態度、あくまでその外部機関であり、本来発言権のない黒の騎士団の幹部によるルルーシュに向けた罵倒や、内政干渉といえる発言の数々。それらにシャルルからルルーシュに代替わりして、ブリタニアはよい方向に変わった、変わりつつあると思っていた世論は反発した。そこに更に止めを刺すかのように、ネット上でルルーシュとシュナイゼルたちとの遣り取りの一部が流されたのだ。その中にはナナリーの告げた、ルルーシュがゼロであったこと、ペンドラゴンに対してのフレイヤ投下を認めたことが含まれていた。一度ネットで流布してしまったものを無かったことにはできない。多少はデータを消すことは可能だろうが、全てを、とはそう簡単にはできない。ましてや世界中に流出してしまった後なのだから。その事実が、より一層、ルルーシュの悩みを深くする。それを誰かに打ち明けることはしなかったが。
 トウキョウ租界にあるアッシュフォード学園で開催された超合集国連合の臨時最高評議会の最中、ルルーシュの目的の一つ、というよりも一番の目的であった、フレイヤの開発者であるニーナ・アインシュタインの保護があったが、それは予定通り無事に済んだ。そしてニーナの協力を取り付け、現在、アンチ・フレイヤ・システムの構築中であり、それはほぼ最終段階に入っている。
 そして始まったダモクレスとの戦い。後にフジ決戦と呼ばれるその戦いには、シュナイゼルに組した黒の騎士団も参戦していた。それにより、ルルーシュは決断せざるを得なかった。
 完成したアンチ・フレイヤ・エリミネーターを用いてフレイヤを無効化してダモクレスに突入するまで、そしてスザクがジノ・ヴァインベルグを倒した後、カレンに敗れるところまでは当初の計画通りだった。違ったのはその先、ルルーシュのとった行動だ。
 確かに計画通りルルーシュはシュナイゼルにギアスをかけた。しかしその内容が違った。セットされたフレイヤの時限装置を止めるために、当初予定されていた「ゼロに従え」ではなく、「我に従え」とかけたのだ。そして空中庭園にいたナナリーからフレイヤのスイッチを奪った後、世界中に向けて放たれたルルーシュの宣言も異なった。ルルーシュが行ったのは、自分たちが勝利し、ダモクレスを抑えたこと、フレイヤと共にダモクレスを処分することだった。
 その宣言を受けて、表向きはカレンとの戦いの最後に死亡したこととなっていた、負傷した傷の手当てを終えたスザクを含めた、ゼロ・レクイエムの共犯者たちのみで一室に入り、余人を入れることなく話し合いの場が持たれた。
 そこで大きく反発したのは、もちろんスザクだ。自分に何の断りもなく、一言の相談もなく、ルルーシュが勝手に計画の内容を変えたことに怒りを発した。
 だが、それは少しでも考えれば簡単に答えの出ることだ。
 超合集国連合と黒の騎士団の行ったことは、大量破壊兵器フレイヤの存在を認めたことと世間では受け止められている。人道に外れたものを認めた者たちを、民衆は見放した。世論は彼らを批難し、擁護する者など一向に見当たらない。ましてや負傷によるゼロの死亡を公表した黒の騎士団だったが、フジ決戦の後、第2次トウキョウ決戦の後の黒の騎士団の旗艦である斑鳩の中で行われた、ゼロに対する裏切り行為、ゼロを殺そうとしたところまで世間に対して流された後となれば尚のことだ。彼らは世界を騙し、それまで敵として戦っていたブリタニアの大将といっていい帝国宰相と手を組んだのだから。それも日本一国の返還のためだけに。そんな黒の騎士団や、それを認めた超合集国連合の最高評議会議長である皇神楽耶を擁護しようとする者などいはしない。
 旧皇族派について言えば、ナナリーは皇帝と称したが、一体誰が自国の帝都に大量破壊兵器を投下して消滅させ、そこに住まう、本来守るべき存在である自国民を大量虐殺した存在を自国の皇帝と認めるだろうか。他の国においてすらも、それまでのブリタニアが行ってきた行為はともかくとして、それだけをとりあげればとても容認できるようなことではないし、ブリタニアの国民にとってはなおさらだ。ましてや、ナナリーはエリア11の総督という立場にありながら、第2次トウキョウ決戦においてフレイヤが使用された後、行方を晦ましていた。つまり、死亡したと思われていた。それが実はシュナイゼルに助け出され、言われるがままに、何をするでもなくただカンボジアで隠れ住んでいたというのだ。混乱するエリア11、トウキョウ租界を見捨てて。そんな存在を皇帝と認めるなど言語道断といっていい。そう考えるのは至極当然のことだ。
 つまるところ、当初予定されていたゼロ・レクイエムがそのまま実行されていた場合に、各国の代表となり、世界を導いていく立場に立つ者たちが、悉く世論から批難されている状態なのだ。そのような中で予定通りにゼロ・レクイエムを実行することなどできはしない。
 反発するスザクに、ならば代案を出せと言えば、スザクは唇を噛みしめたまま、言葉を発することはない。スザクにそんな代案が出せようはずがないのだ。スザクは首相の息子、政治家の家系の息子ではあったが、自身は真面な勉強もしていない単なる名誉ブリタニア人の騎士にすぎない。それもブリタニアという国の本来の騎士ではなく、KMFに騎乗して戦うことしかできない存在であり、政治を行うことなど不可能だ。だからこそ、当初の計画ではシュナイゼルに「ゼロに従え」とギアスをかけて、ゼロとなったスザクのブレーンとするはずだったのだから。
 ユーフェミアを崇拝していたニーナも、ルルーシュがユーフェミアを殺したゼロであることから多少の反抗心はあったが、ルルーシュが皇帝となってからしてきたこと、これから先、目指そうとしていること、それらを聞いて消極的ではあったが、ルルーシュの意見に賛同した。
 他の者たちはフレイヤの処理とダモクレスの制圧まではともかく、その先については、つまり、この後、圧政を施いて悪逆皇帝となったルルーシュがゼロとなったスザクによって殺される、という部分に対しては、明確ではないまでも反対していたこともあり、諸手を上げて賛同した。
 結果的に命を懸けてルルーシュの命を救った弟のロロの行為を無為にせず、ユーフェミアの望んだ世界を創り出す、そのためにルルーシュは生きて生涯を懸けて償っていく道を選んだのだ。
 スザクはすでに表向き戦死したことになっていることもあり、ジェレミアが以前にルルーシュがスザクにかけた「生きろ」のギアスを解除し、最早戸籍も無い存在となったことから、放逐されることとなった。このままルルーシュの側においておくことはできない。何故なら、何時ルルーシュの命を奪おうとするかしれない、との皆の意見の一致した結果である。放逐され外に出されたなら、皇帝としてあるルルーシュに一般の者がそうやすやすと近付くことも叶わないだろうことから、皆はそれでよしとした。
 首謀者であるシュナイゼル、そして彼に担がれたとはいえ、ずっと共にあった実兄のルルーシュを信じずに敵対して大逆犯となったナナリーは、皇族特権も廃されていることもあり、裁判の後、公開処刑となった。コーネリアについては、シュナイゼルから計画に反対したために処分したとの言葉もあったが、死体の確認までには至らず、生死不明として、念のために世界指名手配となっている。
 超合集国連合は、最高評議会議長である皇神楽耶を罷免し、その代理の者によって黒の騎士団の解体と、幹部に対する処分を行った後、超合衆国連合自体も解散した。結局のところ、超合集国連合は表向きはどうあれ、ゼロが創り、ゼロという存在があってこそのものだったと言える。そのゼロが失われた時に、その道はすでに定められていたと言えるかもしれない。



 ルルーシュはナナリーのために生きてきた。特に母を暗殺され日本に送り込まれてからは尚一層に。しかしその妹はルルーシュの自分に対する献身を当然のものとしか思わず、自分で考えるということをせず、自己の意思、意見を持たず、周囲に流されるままに、兄を信じずに敵対して敗戦し、裁判の後、処刑された。それを多少悲しくは思ったが、その時にはすでにルルーシュはナナリーを己の中から切り捨てていた。
 命令によって傍にあった血の繋がりのない偽りの弟でありながら、利用されているとどこかで理解していながら、それでもルルーシュを兄として慕い、信じて、命を懸けてその兄を救い、今ではたった一人の弟だとルルーシュが認めているロロ。自分のためにまだ若い命を散らさせてしまったことが、ルルーシュには悔やまれてならない。
 ルルーシュが初めて得た大切な友人であったが、ルルーシュを罵りながら、何よりも自身こそが裏切り続きの人生であったスザクは、今では何処でどうしているのか誰も知らない、知る由もない。
 そうして残されたルルーシュは、周囲の己を理解してくれる者たちの力を借りながら、ブリタニアという大国を皇帝として纏め上げ、発展させていこうとしている。それだけはなく、世界に対しても、ゼロとして作り上げた超合集国連合がなくなった今、新しい組織を打ち立てるべく、各国と話し合いを進めている。
 全てはCの世界で彼が人々の集合無意識に願ってかけた「明日」を齎すために。

── The End




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