偽りの弟と真実の妹、そして裏切り者 【1】 




 俺には一人の弟と一人の妹がいる。そして、かつて親友と思っていた男が一人。





 ルルーシュと弟のロロとは血の繋がりは全くない。
 エリア11で起きたブラック・リベリオンという、イレブンによるブリタニアに対する一斉蜂起の際、妹のナナリーを浚われたことで戦線を離脱した“ゼロ”ことルルーシュが、ブリタニアの皇帝であり、ルルーシュの父であるシャルルが、捕えられ己の前に差し出されたルルーシュに対し、コード保持者であるC.C.を釣るための餌として利用するために記憶を改竄し、そのルルーシュの監視役、また、更には記憶を取り戻した時には殺すことを目的としてつけた、妹ナナリーの代わりの存在で、ギアス嚮団に所属し、幼い頃から嚮団による実験の結果によって得たギアス── 絶対静止── で、命令のままに暗殺を行ってきた者だ。
 C.C.によってシャルルからかけられていた記憶改竄のギアスを解除し、本来の記憶を取り戻したルルーシュは、当初、ナナリーがいるべき場所にいるロロに対し、利用し、ボロ雑巾のようになるまでこき使い、何時か殺してやろう、その命を奪ってやろうとすら思っていた。
 しかし、記憶改竄されていた間とはいえ、その間のおよそ1年程、二人の生活に偽りはなかった。ただルルーシュの記憶が書き換えられたものであったことと、ロロがルルーシュの監視役であるということを除けば。
 ルルーシュはロロを本当の弟と信じ込まされていた間、かつてナナリーに対していたように、自分にとってはたった一人の家族と言えるロロを心から愛し、慈しんでいた。
 一方のロロはといえば、仕事上必要な事とはいえ、ルルーシュは彼にとって初めてできた家族、兄であり、自分に、自分だけに愛情を注いでくれる存在だった。それまで他人から愛情を向けられたことがなく、ただ命令されるままに人を殺し続けてきたロロにとって、ルルーシュから自分に対して与えられる愛情は、彼の経験上初めてのことであり、戸惑いも大きかった。しかし時が経つにつれて、自分でも気付かぬうちに、ロロはルルーシュに絆されていたのだろう。この人が本当の兄だったらと思うほどに。自分の立場を、時々改めて繰り返すように言い聞かせて思い出さねば忘れてしまいそうなほどに。
 ゆえに、ルルーシュが記憶を取り戻したばかりの頃は戸惑いも大きかったが、結局はそう時をおかずにルルーシュに靡いた。
 記憶を取り戻した後も、ルルーシュのロロに対する態度は変わらなかった。ロロを自分のたった一人の大切な弟だと、そう告げて、それまでと変わらずに遇した。
 そんなルルーシュに対し、ロロは本当に兄として慕いだしていたルルーシュから見捨てられたりしないようにと、自分はルルーシュの役に立つ存在なのだと、そう思って貰うために、傍に置いて貰うために懸命に尽くした。そしてその一方、自分はルルーシュからの愛情を失わないように懸命になっているのに、ただ本当に血が繋がった実の妹であるという、それだけで、無条件にルルーシュから愛され、離れていながらも思われ続けているナナリーの存在が憎かった。恨めしかった。いなくなればいい、ルルーシュの弟は自分だけで妹などいない、そうであればどんなによいことかと、何度思ったかしれない。
 第2次トウキョウ決戦の際、ブリタニアが使用した大量破壊兵器フレイヤの放つ閃光に政庁が呑み込まれ、ナナリーが死亡したとみなされた時、ルルーシュは荒れた。
 ロロに対し、おまえのことは利用して、何時か殺してやるつもりだったのだと詰り、罵詈暴言を吐いた。
 ロロはその言葉が全くの嘘だとは思わなかった。少なくとも、記憶を取り戻した頃のルルーシュは真実そう思っていたのだろうと思っていた。だからこそ、なおさらにロロはルルーシュに見捨てられないように必死になってもいたのだ。
 そしてナナリーの死という事実の前に絶望し、打ちひしがれているルルーシュを、黒の騎士団の日本人幹部を中心とした団員たちが、敵の大将であるシュナイゼルの情報だけを鵜呑みにし、もう一方の当事者であるルルーシュに何も聞こうとせず、自分たちを騙し利用していたペテン師と罵って殺そうとした時、ロロはルルーシュを救い出した。ルルーシュから繰り返される「止めろ」との制止の言葉も聞かず、己の心臓に負担のかかるギアスを酷使し続けて、ルルーシュと共に逃亡した。文字通り、命を懸けて。
 漸く追っ手を撒いて式根島に辿り着いた時には、ロロにはすでに自分の死が見えていた。
「どうして俺を助けたんだ? 俺は、おまえを……」
「兄さんは、嘘つき、だから……。嘘、だよね? 僕を……殺そうと、した、なんて……僕が嫌い、なんて……」
 ルルーシュの制止も振り切ってギアスを行使し過ぎたからだろう、心臓への負担があまりにも大き過ぎて、呼吸も乱れ、言葉を紡ぐことすら辛い。それでも苦しい息の中、必死で手を伸ばし、兄たるルルーシュに対しての己の思いを綴る。
 それはロロの、ルルーシュを信じたい、本当の兄と弟でありたいという思いから繰り出される言葉だった。
「……ッ」
 ルルーシュからすれば、斑鳩内で浴びせかけたようにぼろぼろになるまで利用しつくして、手酷く捨ててやるつもりだった。殺してやるつもりだった。最愛の妹の居場所を奪った偽物を、ナナリーに与えるはずだった愛情を掠め取った偽物を。それなのに、気が付けば己の命を懸けてルルーシュを救い出してくれたロロの、自分に対して必死に縋るその手に己の手を重ねていた。小刻みに震える手を握り、頬に触れて、ロロの虚ろな瞳を覗きこむ。
「……そうか。すっかり、見抜かれているな。……流石は、俺の……弟だ」
 ルルーシュから「弟」と、そう言われた瞬間、ロロの縋るような痛ましい表情が、至上の幸福に満たされる。ああ、これで僕は本当にこの人の弟になれたのだとの思いから。
「そうだよ……僕は兄さんの、ことなら……なんでも、分かる……」
「ロロッ!!」
 それを最期に、ロロの命の灯は消えた。ルルーシュの腕の中で、苦しかっただろうに、それでも笑みを浮かべながら。その命と引き換えに、ロロはたとえ血の繋がりはなくとも、真実、ルルーシュの弟となったのだ。



 ルルーシュにとって数多(あまた)いる兄弟姉妹のうち、真実、妹と思えるのは、母を同じくするナナリーだけだ。
 母を別にすれば、ルルーシュにとってナナリーは、たった一人の大切な愛し慈しむべき存在。
 それは、母が暗殺され、身体障害を負ったナナリーと共にブリタニアから捨てられ、名目上はどうあれ実質的には人質として、死んでこいとばかりに追いやられた日本においてはなおさらだった。ナナリーを守ることができるのは自分一人しかいないのだから。
 預けられた先の枢木首相の息子であるスザクとの間に友情が芽生え、スザクもナナリーを大切にしてくれたが、それでもやはり最後は自分しかいないと思っていた。
 ブリタニアと日本が開戦し、僅か1ヵ月程で日本が敗戦した後、スザクと別れたルルーシュとナナリーは、かつて母の後見だったアッシュフォード家に庇護されたが、それでも思いは同じだった。当主のルーベンとその孫娘のミレイはまだ信用できる。しかし息子夫婦やその他の一族の者たちは信用できない。彼らはいずれはルルーシュたちを利用しようとしている。そう考えているのは深く考えなくてもすぐに分かった。
 自分たちは死んだと報告させ、アッシュフォードの用意してくれた偽りのIDと経歴の下、エリア11で、その中のトウキョウ租界にアッシュフォードが創立した学園の中で、慎ましく、一般庶民の子供、学生としての生活を送っていたが、それでも何時自分たちの本来の素性が知れるかしれない、そうしたらまた利用されるか、暗殺者を向けられるか、その思いから、常に気を張り、緊張感を解くことはできなかった。とはいえ、それはルルーシュだけで、ナナリーはアッシュフォードに庇護されたことで、もうこれで何も心配することなどないと簡単に考えていたようだが。
 事が起こったのは、ルルーシュが17歳、高等部2年の時だった。リヴァルとの賭けチェスの帰り道。シンジュクでテロリストの起こした事件に巻き込まれ、エリア11の総督たる第3皇子クロヴィスの親衛隊に殺されそうになった時に、一人の少女── その時はまだ名を知らなかったが、己を、永遠を生きる不老不死の魔女と呼ぶC.C.── から絶対遵守というギアスと呼ばれる力を得て、そこから全てが始まった。
 仮面を被り、ゼロと名乗り、黒の騎士団という組織を設立し、正義の味方、悪を為しても巨悪を討つと、日本解放のために、やがては幼い頃に誓ったようにブリタニアをぶっ壊すために、ルルーシュは()ち上がった。その直接のきっかけは、名誉となり、軍人とまでなっていたスザクが、てっきりシンジュクで死んだと思っていたのに実は生きていて、クロヴィス暗殺の犯人とされたのを救うためであり、そのためにまだ早いと思っていたブリタニアに対する行動を早めたことは否めないが。
 やがてキョウト六家の協力を得、“厳島の奇跡”と呼ばれる藤堂とその配下である四聖剣を仲間に加えたことで、組織はより拡大していった。もっともその藤堂を救い出す際に、もっともやっかいな敵と認識していた白兜のデヴァイサーがスザクと知れたのは、ルルーシュにとっては大きな衝撃だったが。スザクは、自分は今は技術部にいて前線に出ることはないとルルーシュとナナリーに告げていたのだから。
 そして最大の失敗は、クロヴィスの死後に副総督として総督となった異母姉(あね)コーネリアと共にやってきていた異母妹(いもうと)のユーフェミアに、ルルーシュがゼロであるとばれてしまったことだ。
 そのこともあってのことだろうか、ユーフェミアが“行政特区日本”などという政策をぶち上げたのは。だがそれを宣言した場所が何より問題だった。アッシュフォード学園の中、開催されている学園祭の最中に、マスコミの前で全国放送でそれを為したのだ。
 そしてその結果、起きたのは“行政特区日本”の開催式典の中での、ユーフェミアによる日本人虐殺。それをきっかけに、ブリタニアからイレブンと呼ばれる日本人の一斉蜂起たるブラック・りべリオンが起こったが、ナナリーが誘拐されたことによってゼロたるルルーシュが戦線離脱したことから、当初は有利に動いていた戦線はやがて破れ、ブリタニアの勝利に終わった。
 そしてルルーシュはほかならぬスザクによってシャルルの前に引き出され、ナナリーだけが皇族に復帰し、ルルーシュはシャルルによって記憶を改竄されて24時間の監視体制という、檻と化したエリア11のアッシュフォード学園に戻された。
 やがてルルーシュは記憶を取り戻し、ゼロとして復活。囚われていた黒の騎士団の団員たちを解放したが、そんな中、総督を務めていた死亡したカラレスに代わって新たに総督として赴任してきたのは、こともあろうに皇族に復帰したとはいえ、皇位継承権でいえば87位という低位にあるナナリーだった。
 ナナリー奪還作戦を敢行したゼロと黒の騎士団だったが、ゼロがナナリーと二人だけで対面した時、ナナリーは、ゼロがその気配からルルーシュであることに全く気付くことなく、ゼロのことを「あなたは間違っていると思うのです」と否定した。そして「世界はもっと優しい方法で変えていけるはず」と。
 ルルーシュにはショックでならなかった。ゼロの仮面を置き、ブリタニアに対する行動をやめようかと思う程に。それを「夢を見せた責任を取れ」と焚きつけたのは、ゼロの親衛隊長であり、黒の騎士団のエースパイロットたる紅月カレンだった。
 就任演説で、ナナリーは「自分は何もできない」と言いながら、かつてユーフェミアの提唱した“行政特区日本”を再建すると公言した。もっともその特区は、ゼロたるルルーシュの姦計によって失敗に終わったが。
 そしてゼロが提唱し、創設された“超合集国連合”。その最初の決議、日本奪還作戦に従って黒の騎士団は動いた。本隊であるキュウシュウ方面軍と政庁を攻めるトウキョウ方面軍に別れて。
 そのトウキョウ方面軍の戦いの中、ブリタニアが放ったフレイヤという大量破壊兵器によって政庁は失われ、その中にいたナナリーもその閃光に呑み込まれた。
 それからの様々な経緯の後、ルルーシュはブリタニアの第99代皇帝として名乗りを上げ、超合集国連合への参加のための臨時最高評議会を後にして帰還する途中、1本の通信が入った。
 帝都ペンドラゴンがフレイヤによって消失した、と。
 急ぎアヴァロンに戻ったルルーシュに向けて、皇族専用のロイヤルプライベート通信が入った。思った通り、それは行方を晦ましていた宰相のシュナイゼルからであり、シュナイゼルはフレイヤを全て回収したことを告げた。そして更に己たちが仰ぐ皇帝として、ナナリーを表に出してきたのだ。
 画面の中、ナナリーはルルーシュに告げた。
『お兄様、スザクさん。私は……お二人の、敵です』と。更には『お兄様もスザクさんも、ずっと私に嘘をついていたのですね。本当のことを、ずっと黙って……でも、私は知りました。お兄様が、ゼロだったのですね』と。
 確かにルルーシュはナナリーには告げたことはなかった。だが嘘を言ったことはない。ただ黙っていただけで。だが、ナナリーは生まれてからずっとブラック・りべリオンで引き離されるまで共にあり、自分を愛し慈しみ、支え続け、献身を尽くし続けてきた実の兄よりも、僅か1年程、片手間に構っていただけに過ぎないだろうシュナイゼルの言葉を信じ切り、実兄であるルルーシュにどうなのか尋ねようともしない。共にあった間、ルルーシュの変わっていった行動の違いに何も気付かず、疑問に思うこともなく、現在は全てシュナイゼルの言葉によってルルーシュのとった行動を決めつけている。つまりはルルーシュの言葉を聞く気などないのだ。一方の意見だけで決めつけるなど、それでは何が真実か判断しきれないだろうに。なのにナナリーはそれが正しいと思いこみ、決めつけている。その上で、あろうことかシュナイゼルに言われるがままに、フレイヤ投下によって混乱に陥っているトウキョウ租界を、エリア11を、総督という立場にありながら、本人にはそこまでの認識はこれっぽっちもなかっただろうが、身を隠して死亡したと思わせて見捨て、更に本来ならば守るべき自国の民のいる帝都に対してフレイヤという兵器を投下することを承認し、実行したのだ。それによって何が起きているかを知ろうともせずに。
 だからシュナイゼルが所持していると告げたフレイヤを処分するためにも、ルルーシュは誰よりも愛する妹であるナナリーと戦う。
 そしてその戦いの中でも放たれる幾多のフレイヤ弾頭。ダモクレスに侵入を果たしたルルーシュは、そのスイッチを押していたのが他ならぬナナリーだと知ることになる。
 それを知り、ルルーシュの脳裏に甦るのは、自分の腕の中で、苦しいだろうに満足そうな笑顔を浮かべて死んでいったロロだ。共にあったのは1年程にしか過ぎない。しかし今目の前にいるナナリーと比べれば、どれだけロロの方が自分を理解してくれていたのか、思ってくれていたのかが分かるというものだ。
 その結果、ルルーシュは思った。自分の本当の妹、誰よりも愛したナナリーは、あのトウキョウ租界の戦いの中、フレイヤの閃光に呑み込まれて死んだのだ。此処── 正確にはスクリーンに映っているだけで、実際にはシュナイゼルの元だが── にいるのは同じ形をしたただの抜け殻に過ぎない、シュナイゼルの操り人形に過ぎないのだと。





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