終 焉 【2】




 コーネリアが悩んでいる頃、黒の騎士団の総司令ゼロであるルルーシュも苦悩していた。もちろん、学園祭でのユーフェミアによる“行政特区日本”の設立宣言についてである。
 ブリタニアから差し伸ばされた手を取らなければ狭量と取られ、批難されるだろう。また、逆にその手を取れば武力を放棄させられるだろうことは目に見えている。しかし失敗すると分かっていて手を取る者などいはしない。
 皆、副総督の宣言に浮かれているだけで実態が見えていない。
 あの場にいたイレブンたち、その後の報道で映し出されるイレブンたちは皆喜んでいるばかりだ。
 あの宣言は、計画はもちろん前々から考えていたのだろうが、宣言自体はどう見てもあの場の雰囲気に流されてのものだ。加えて、あの内容がブリタニアの国是に反したものであるということなどユーフェミアは考えもしていないだろう。
 第一、ブリタニアから施されるほんの一区画だけの日本。
 イレブンが、日本人が望んでいるのはそんなものではない。今はイレブンと呼ばれている日本人全てが日本人と名乗れる自分たちの国を、日本という国を欲しているのだ。自分の国を取り返したいと望んでいるのだ。お恵みを施されたいわけではない。
 そしてそのために、黒の騎士団はブリタニアと戦っている、独立を勝ち取るために。
 もう少しでシンジュクに独立を宣言し、国を創りあげようとしている時期だっただけに、ルルーシュの苦悩は大きい。宣言を前に全てをなし崩しにされたようなものだ。
 ゼロに「一緒に」と手を差し伸べてきたユーフェミア。それは全てあの神根島で自分がゼロであると、ゼロの正体が異母兄(あに)のルルーシュであると知られたからだ。
 だからユーフェミアは疑わない。ゼロが自分の手を取ってくれると信じている。
 だがそれは昔の話だ。今のルルーシュはブリタニアを憎んでいる。皇帝を、皇族を、貴族を、軍人を、ブリタニアという国家の在り方を、その全てを憎んでいる。
 対個人として見た場合、ユーフェミアは半分とはいえ血の繋がった異母妹(いもうと)であり、憎む要素はない。しかし副総督としての第3皇女ユーフェミアは違う。力によって日本を植民地とし、そして支配するブリタニアの、憎むべき皇族。
 そんなブリタニア皇族の手を取れようはずがないのに、ユーフェミアは分かっていない。自分たちの関係は昔のままだと思っている。
 しかしどう考えても正攻法では打開策は見つからない。
 ならば、正攻法が駄目というならギアスを使えばよい、とルルーシュは考え、左目に手を当てた。
 もし自分から招きよせ、一緒に特区をやっていこうと誘ったゼロをユーフェミア自らが攻撃すれば、果たして集まった民衆はどう思うか。全ては罠だったのだと、ゼロを捕えるため、運が良ければ殺すための、黒の騎士団を壊滅させるための罠だったのだと判断するだろう。それで特区は民衆からそっぽを向かれてお終いになる。
 少なくともこのエリア内、イレブンの間においては、ユーフェミアに要らぬ汚名を着せることになるが、他に方法を思いつかない。それが一番被害が少なく済む方法だ。
 そう心に決めたルルーシュは、特区の整備がなされていく様を黙って静観する姿勢を取った。黒の騎士団の構成員に対しては、特区は成功しないだろうことを告げてから、特区には黒の騎士団としては参加しないこと、しかし参加したいと思う者は団員としてではなく、団を抜けて一般人として参加すればよいと告げた。



 特区宣言の翌日、ユーフェミアは総督である姉のコーネリアに呼ばれ、身勝手な独断専行、上司である自分に何の相談もなく決めて宣言したことに対する越権行為を咎められた。
 ユーフェミアは黙って姉のお叱りの言葉を聞きながら思う。
 確かにお姉さまには相談しなかったけれど、宰相のシュナイゼルお異母兄(にい)さまに相談して「いい案だ」って言ってもらえたのに。コーネリアお姉さまにも、お異母兄さまから話しておいてくださるということだったのに、お忙しくて忘れられてしまったのかしら、と。
 それでもコーネリアは最終的には特区にGOサインを出し、ユーフェミアは早速その準備に取りかかろうとしたが、その前にコーネリアから私的な話があると言われ、自分の騎士のスザクに席を外させた。
「一体何でしょう、私的な話って?」
 小首を傾げながら尋ねるユーフェミアに、コーネリアは昨日見た画面から撮った一枚の写真を見せた。
 そこに映っているのは、一人の男子学生と車椅子に乗った一人の女子学生だった。
「それはっ!」
「昨日のそなたの特区宣言前の時点でカメラに映っていたものを引き延ばして写真にしたものだ。この二人は、ルルーシュとナナリーではないのか?」
 姉の問いかけに、ユーフェミアは一瞬言葉に詰まった。
 約束したのだ、誰にも言わないと。だが映像に映っていたという写真を見せられてしまっては黙っているわけにもいかない。
「……確かにルルーシュとナナリーです。でも二人とも皇室に戻ることを望んでいません。今のままでいいと、だから黙っていてくれと言われて」
「やはりそうか。だが分かった以上、このままにしておくわけにはいかん。二人は連れ戻す」
「そんな! それでは二人の意思は……」
「未だテロの盛んなこのエリアで、二人が皇族であると知られてみろ、イレブンに襲われて人質に取られる可能性もある。そんな真似をされるわけにはいかない。それに、本国の異母兄上(あにうえ)にもすでに相談済みだ。もし本当にこの写真の二人がルルーシュとナナリーなら皇室に戻すと。更に異母兄上は、ルルーシュには自分の補佐にとまで言っておられた」
「シュナイゼルお異母兄さまはそんな事まで……」
 二人は、ルルーシュは皇室に戻ればまた外交か何かの道具に利用されるだけに終わると危惧していた。だから今のままでいいのだと。だが宰相の補佐ともなれば話は変わってくる。ルルーシュの危惧は危惧で終わるだろう。
 その日の夜、コーネリアはギルフォードが調べてきた二人の現状、ルルーシュ・ランペルージ、ナナリー・ランペルージと名乗り、ナナリーの目と足が不自由なことから、学園では特別に寮ではなくクラブハウスに居住していることと合わせて、本国のシュナイゼルに連絡を入れた。



 特区の準備が進められる一方で、数日後のある日の放課後、黒塗りの高級リムジンが数台、アッシュフォード学園を訪れ、中から降り立った人物が供の者を連れてクラブハウス内にある生徒会室の扉を軽くノックをして入ってきた。
 中にいた生徒会のメンバーが現れた人物に驚いて立ち上がる。
 その人物── 帝国宰相シュナイゼル── は、生徒会室の一番手前にいた、真っ蒼な顔をしたルルーシュに近寄り声をかけた。
「ルルーシュ、久し振りだね。君やナナリーが生きていると分かってどんなに嬉しかったか。すっかり大きくなって、ますますマリアンヌ様に似てきたね。今日は君とナナリーを迎えに来たんだ。決して悪いようにはしない。一緒に帰ってくれるね」
 生徒会長のミレイも含め、他のメンバーを無視してルルーシュだけに親しげに話しかけるシュナイゼルに、皆、どういうことなのか意味が分からなくて言葉がなかった。ただ一人、事情を知っているミレイも顔色を蒼褪めさせ、黙っていることしかできない。
 そしてルルーシュは悟った。
 この箱庭での、ランペルージという一般人としての生活が終わりを告げたことを。
 そしてゼロとして、黒の騎士団を率いてのブリタニアへの反逆が終わりを告げたことを悟らざるを得なかった。

── The End




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