終 焉 【1】




 それに最初に気が付いたのは、コーネリア総督の筆頭騎士であるギルフォードだった。



 エリア11政庁の総督執務室では、副総督であるユーフェミアのアッシュフォード学園における“行政特区日本”の設立宣言に、その際の取材をしたHi-TVから直接その時の映像を取り寄せ、改めてユーフェミアの宣言の内容を確認していた。
「ユフィ、なんということをしでかしてくれたのだ。総督であり姉でもある私に何の相談もなく、国是に真っ向から反するこのような特区の設立宣言などと……」
 改めて映像でユーフェミアの宣言を再確認したコーネリアは、右手で頭を支えた。
 副総督でありながら、上司である総督に何の相談もなく唐突に宣言を行った明らかな越権行為。しかもブリタニア人とナンバーズを区別する、国家の制度に反した意味を持たせた特区を設立するという。コーネリアは、正に頭を抱えた状態だった。
 国是に反した行為を認めることはできない。かといって、TVを通してエリア11全土に生放送で宣言されてしまったものを、そう簡単に否定することもまたできない。正直、落としどころが見つからないのだ。
 そこへギルフォードが声をかけた。
「姫さま、映像の最初のところをもう一度拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「? 最初の方に何か気になる物でもあったか?」
 頭を悩ませながらも、ギルフォードの言葉にコーネリアはHi-TVから映像と共に借りてきた担当者である係りの者に最初の部分をもう一度映し出すように指示した。
「そこで止めてください」
 ギルフォードは始まってすぐ、ほんの数秒のところで映像を止めさせた。
「姫さま、右端をご覧になってください」
「右端?」
 コーネリアはユーフェミアから目を反らしてギルフォードの言う右端に目を向けた。
 そこに映っていたのは、一人の男子学生と、学生が押す車椅子に乗っている少女が急いで離れようとしている画像だった。
 大勢の観衆が突然の副総督の登場に興奮し、周りを取り囲もうをとしている中、その二人の行動だけが異質だった。
「小さいのであまり確信は持てないのですが、あの二人は、日本開戦の折りに亡くなったとされたルルーシュ殿下とナナリー皇女殿下ではないかと思うのですが」
「右端の部分を拡大できるか?」
 ギルフォードの言葉に目を凝らしてその部分を見たコーネリアは、係りの者に尋ねた。
「限度はありますが、できます」
 係りの者は機器を操作して、指示された部分を可能な限り拡大して見せた。
「!」
 大きく映し出されたその画像に、コーネリアは目を見張った。
 大きくなっている。だが男子学生の面差しは紛れもなく亡くなった第5皇妃マリアンヌに生き写しといっていいものであり、幼かった、最後に別れた頃の面差しも残る、異母弟(おとうと)のルルーシュのものだった。よく見れば、車椅子に乗っている少女にも異母妹(いもうと)ナナリーの面差しが残っている。
「ギルフォード、急いでこの二人のことを調べてくれ。間違いなくルルーシュとナナリーだとは思うが、万が一のこともある」
「はい」
「ユフィの宣言した特区の件については、とりあえず本国の異母兄上(あにうえ)、シュナイゼル宰相閣下にも相談してみねば、今の段階で早々に結論は出せない。ダールトン、シュナイゼル宰相に至急連絡を取ってくれ」
「畏まりました」



 本国のシュナイゼルと連絡が取れたのは、時差の関係もあって夜に入ってのことだった。
『物は考えようだよ、コーネリア総督』
「ですが閣下……」
 上手くいけば、これでテロを抑え込める。それに特区に参加するのはイレブンだけだろう。もしブリタニア人がいたとすれば、それは主義者だ。特区を餌にテロリスト共を抑え込み、主義者を炙り出すことができると思えば、反対することだけが能ではない。利用すればいいんだよ』
「では閣下は、副総督が勝手に宣言した“行政特区日本”を認めると仰るのですか?」
『だから言っただろう、物は考えようだと』
 穏やかな笑みを浮かべながらそう告げるシュナイゼルに、力押しばかりのコーネリアは、考え方を、やり方を改めるべきかもしれないと思った。
「ところで話は変わりますが、異母兄上、亡くなったとされていたルルーシュとナナリーかもしれない二人を見つけました」
『ルルーシュとナナリー!?』
 シュナイゼルは、コーネリアの自分に対する呼び方が変わったことから、私的なこと、とは思ったが、そこに出てきた名前に素直に驚いて見せた。
「はい。まだ最終確認は取れていませんが、おそらく間違いないと。アッシュフォード学園でユフィが宣言を行う直前の映像にその二人らしき人物が映っていたのです」
『アッシュフォード……。亡きマリアンヌ様の後見だった家だね』
「はい。ですから二人が皇室から隠れて生きることを望んでいたとしたら、アッシュフォードは二人の意向に添って匿っているのでしょう。今、ギルフォードに確認を取らせているのですが、もしその二人が間違いなくルルーシュとナナリーであり、二人共皇室に戻ることを拒絶するようでしたらどのように取り計らうべきかと、ご相談致したく」
『皇室に戻ることを拒む可能性か。確かにそれはあるね。特にルルーシュには。ルルーシュは母親であるマリアンヌ皇妃を父上が守らなかったことを恨んでいる。そして自分に対して“死んでいる”と言ったことを決して忘れてはいないだろうし、何より、自分たちがいるのを承知で、何も知らせぬままに日本開戦に踏み切った父上を、ブリタニアというこの国を憎み恨んでいるだろうから』
「そうなのです。今はまだ仮定の話でしかありませんが、その場合どうしたらよいか悩んでいるのです」
 瞼を伏せて俯き加減で話すコーネリアの様子に、悩みの程度が分かる。
 もし本当にルルーシュとナナリーだったら、そして本当に、いや、十中八九間違いなく皇室に戻ることを拒否して隠れて生活しているのであればどのように対処したらよいのか。あくまでルルーシュとナナリーは死んだものとして、二人の意思を尊重すべきか、それとも生きている以上、無理矢理にでも皇室に戻すべきか。果たしてどちらが二人のためであり、また皇室のためであるのか。
『コーネリア、確認が取れたら私にすぐに連絡をしておくれ。私自らルルーシュたちの説得に赴こう』
「異母兄上自ら、ですか?」
 その言葉に驚いて、コーネリアは俯けていた顔を上げた。
『二人共、異母とはいえ私たちにとっては可愛い弟妹だ。まして、ルルーシュはとても優秀な子だった。是非ともブリタニアに戻って、その優秀さを私の補佐としてその能力を発揮してもらいたいと思う』
 確かにブリタニアにいた頃のルルーシュは、幼いながらも聡い子ではあったが、シュナイゼルがそこまでルルーシュのことを買っていたのかと、コーネリアは驚いた。
 そういえば、シュナイゼルはルルーシュがブリタニアにいた頃、よく二人でチェスをしていたから、その優秀さには他の者よりも気付いていた可能性は高い。
「分かりました。確認が取れ次第、ご連絡致します」
『吉報を待っているよ』
 そう告げるシュナイゼルの言葉と微笑みを最後に、通信は切れ、スクリーンは何も映さなくなった。





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