ブリタニアとの戦いの中で、大勢の人間が死んだ。特に、ギアスの暴走をきっかけとしたユーフェミアによる日本人虐殺。あれは最たるものだろう。たとえそれが、俺が本来望んだ形とは全く違っていたものであったとしても、その原因は紛れもなくこの俺にあったのだから。そしてユーフェミアを死に至らしめるきっかけを作ったことにもなったのだから。それらのことに、犠牲となった者に対して、ユーフェミアも含めて、後悔していないといったら、それは嘘だ。
しかしそれ以上に後悔しているのは、俺の事情に巻き込まれてその命を落としたシャーリーとロロに対しての思いが強いのも事実だ。
シャーリーは俺に想いを寄せてくれていた。しかも、俺の友人、学園で生徒会のメンバーだったということで、シャルルから記憶を改竄されていたが、どういった経緯によってかはその時は分からなかったが、彼女は全てを思い出していた。俺がゼロだと、彼女の父を死なせる原因となった、いや、殺したと言っていいかもしれない存在であったことも。そしてテロが起こった中、俺が最後にシャーリーを見つけた時には、彼女の命は尽きようとしていた。そんな状態の中、「死ぬな」と必死にギアスを行使する俺に対し、シャーリーは息絶える寸前まで、俺の事情など、ほとんど学園内でのことくらいしか知らないはずなのに、それにもかかわらず俺の思いを理解し、想いを寄せ続けてくれていた。俺が父の仇とも言えるゼロだということも思い出していたにもかかわらず、「生まれ変わってもまた好きになる」と、そこまで告げてくれた。それほどに俺を想ってくれた相手を、俺はシャーリー以外には知らない。
そして記憶を改竄された俺の元に、ナナリーに変わる者として送りこまれた、監視者であり、同時に暗殺者でもあった偽りの弟のロロ。C.C.によって改竄されていた記憶を取り戻した後、俺はロロを憎んだ。ナナリーがいるべきはずのところに取って代わって当然の顔をして傍らにいるロロに。けれど、甘言を用い、それまで、ギアス嚮団の実験の失敗作の道具としてしか扱われてこなかったロロにとって、俺は、発端はなんであれ、ロロを初めて一人の人間として対した存在であり、それがロロの心を動かしていた。だからロロは俺の言葉に縋ったのだろう。俺の、ゼロの協力者となってくれた。それでも俺は、偽りの弟など、ナナリーの場所を奪った存在などいらないと、何時かは使い捨てて殺してやろうという気持ちは消えずにいた。だからナナリーがフレイヤによって死んだと思われた後、俺はその思いの丈をロロに向けて言い放った。ロロを拒絶したのだ、殺してやるつもりだったと。なのに、黒の騎士団に裏切られ、数多の銃を向けられ、KMFまで持ち出した彼らから俺を救い出したのは、他の誰でもない、ロロだった。あれほどに暴言を吐いたばかりの俺に対して、自分の命を懸けて、使い過ぎればその間己の心臓を止めることになることから、過度の使用は危険でしかなく、本人にもそれは分かっていたことだし、ナナリーが失われたなら俺には生き続ける理由などなく、だから、そんな風にして俺を救い出してくれたロロに、ギアスを使うのを止めろと何度も告げたのに、ロロはその力を使い続け、そしてどうにか逃げ延びた先で、俺の腕の中で死んでいった。「兄さんは嘘つきだから」と、共に過ごしたのはたった1年程に過ぎなかったにもかかわらず、ロロは俺を理解していた。生まれてからずっと共にあったナナリーが理解していなかった、ある意味、俺の本質を、たった1年でロロは理解していた。だから、あれほどの暴言を吐いた俺をその命を懸けて救い出したのだろう。最期の最期になって、それはあまりにも遅すぎたが、ロロは、俺の、たとえ血の繋がりはなくとも、真実の弟となったのだ。「俺の弟だ」と告げた時のロロの嬉しそうな、けれど死を前にした儚げな笑みを、俺は決して忘れることはできない。
その一方で、ユーフェミアは皇族としては珍しいほどにナンバーズに対する差別を間違っているとの思いを持ち、それを口にしていたが、彼女は己の立場、その生活が何によって得られているのか、つまり、彼女が差別は間違っていると口にしていたナンバーズの犠牲の上にあることまでは理解しきっていなかった。結局は持つ者の、持たない者に対する哀れみでしかなかったのだ。そして俺やナナリーとまた昔のように共にありたいという思い。彼女の思いそのものは否定しない。しかし、その思いの結果である“行政特区日本”は無残な悲劇に終わった。ユーフェミアに“虐殺皇女”という汚名を着せて。しかし、それらのユーフェミアが行ったことは、皆のため、俺やナナリーのためと言いながら、結局はそうありたいという彼女の思いに過ぎない。ユーフェミアの言う皆、そして俺やナナリーの意思など何も考えていない、ユーフェミアの独善だ。ユーフェミアがそこまで理解していたとは到底思えないが、彼女が行ったことは押し付けの善意であり、それは悪意に通じる。ユーフェミアの口にする相手の思いを、考えを全く理解せず、考えようともしていなかったのだから。つまるところ、ユーフェミアが行ったのは唯一人特別扱いをしたスザクを、学園に“命令”して編入させ、騎士として任命しただけでしかない。俺に言わせれば、確かに一度はその手を取ろうとしたが、結局のところ、彼女は自分が口にすることの結果を想像することもできない、ただの理想主義者、独善家にしか過ぎなかったのだと俺には思えてならない。ユーフェミアはゼロが俺だと察したが、それだけで、俺の思いなど、何も理解していなかった。ただ表面のみで、ブリタニアの皇族らしく、判断していただけだ。だから俺は、ユーフェミアをシャーリーやロロと同列に思うことは決してない。ユーフェミアの命を奪うことになったきっかけが俺の放ったたった一発の、必ずしも致命傷とはなりえない腹部への銃撃だったとしても。
そして裏切り者のスザク。スザクは気付いても、考えてもいないのだろう。俺のブリタニアに対する思いを知らないならいざ知らず、それを知りながら名誉ブリタニア人の軍人となったことの意味を。つまり、ブリタニアに組したということだけで、俺にとっては裏切り行為でしかなかったということを。それでも、俺は初めての親友ということからスザクにはスザクなリの考えがあってのことだろうと考慮し、そう深く考えることをせずに目を曇らせていた、見ない振りをし、あえて無視していたのだ。それが如何に自分たち兄妹を危険に晒す可能性があると分かっていても。そしてそれはスザクが“白兜”のデヴァイサーであることが分かり、それがきっかけとなってユーフェミアの騎士となった後も。それを俺はとても後悔している。あの時に、俺は引導を渡すべきだったのだ。もう友人ではいられない、あるいは、ミレイの協力も得て、スザクに自主退学を促すべきだったのだ。しかし表面上は結局何もせぬままにそのままに過ごしてしまった。そしてイレブンの一斉蜂起ともいえるブラック・リベリオンの際、神根島で俺を追い詰め銃を向けたところまでは、ユーフェミアの騎士であったことを考えれば、主の仇としてそれを行うことまでは理解できるし、納得もする。騎士として見るならば、正しいと言っていい行為だから。だが、あいつは自分で俺を殺すことなく、俺を皇帝に突き出して更なる地位を、ラウンズという、ブリタニアの臣下としては最高位の地位を要求した。その時点で、スザクはユーフェミアの騎士ではなくなり、つまり、騎士として主たるユーフェミアの仇をとるという権利、あるは義務を放棄したという、そんな簡単なことすら分かっていなかった。本当にブリタニアの騎士制度というものを何ら理解していなかったのだ。そしてユーフェミア唯一人が己を理解してくれたと何度も口にしていたが、ならば、危険を承知でスザクを自分の親友だと公言し、スザク自身は気付いていなかったようだが、俺がスザクが学園内で少しでも過ごしやすいようにと手をつくしていたことを、そして親友だとの俺のその言葉を受けて生徒会に受け入れたメンバーをどう思っているのか。ミレイをはじめとする皆が、スザクを受け入れなかった、認めなかったというのか。ユーフェミアを別にすれば、そして出自はともかく、廃嫡された俺には何の力も無いから、たとえスザクを受け入れたとしても、それはスザクを認めたことにはならないということか。ユーフェミアとはまた違った意味でとんだ独善家であり、自分勝手この上ない。なにせ、ラウンズとなった後、俺のギアスは拒否しながら、俺に対してはもちろん、生徒会のメンバーにもシャルルが記憶改竄のギアスをかけるのをよしとして認め、その上、平然とした顔で、俺の監視、ゼロとして復活したのが俺であることに間違いはないのかの確認ということもあってだろうが、ラウンズとしての権限、要は権力を利用して── 場合によってはそれが学園に、あるいは教職員や生徒たちに危険を招く可能性もあるというのに、それに気付くことも、考えることもなく── 学園に復学し、以前と何も変わっていないかのようにミレイたちと平然と接していたのだから。しかもその上、俺のことを確認するために、自分が守ると言ったナナリーまでをも利用した。そんなスザクのどこに信義があるというのか。だからブリタニアの帝位を簒奪し、俺が皇帝となった時、シャルルと母マリアンヌの精神体を消滅させて、あいつらの望みだった、自分では他者に当然の如く嘘をつかせてばかりいながら、その事実に大いに矛盾する“嘘のない世界”とやらを作るための神殺しを行うための“ラグナレクの接続”を阻止した後、あいもかわらず「ユフィの仇」と俺に対して剣を向けるスザクに対し、俺は自分が行ってきたことの責任を取ること、シャーリーやロロのことを思った時に、すでに決めていたことでもあったことから、スザクにユーフェミアの敵をとらせてやることにした。何故なら、唯一といってもいいかもしれない世界に恐怖を齎す大量破壊兵器フレイヤ、それと共に消息をくらましているシュナイゼルに対することが必要不可欠であり、それにはスザクの力が必要だと判断したからだ。だから“ゼロ・レクイエム”などという、人に言わせれば馬鹿げたことでしかないかもしれない、しかもそれで必ずしも俺の望んだ世界が訪れるとも限らない計画を立て、表面上は、少なくとも俺は、スザクに他意のない顔を見せ、皇帝の唯一の騎士として“ナイト・オブ・ゼロ”の称号をくれてやった。
“ゼロ・レクイエム”の終幕、俺はゼロとなったスザクに討たれる。そう、ユーフェミアの仇をとらせてやるために。だがそれはスザクが思っているような意味ではない。そう、騎士が主の仇を討つのではない。それはゼロである俺をシャルルの前に引き出した時点で終わっているのだから。だから、男として愛しいと思っていた女性であろうユーフェミアの仇として討たれてやるのだ。俺がそんな風に考えているなどと、スザクは微塵も気付かないだろうが。今回の計画に協力してくれている他の者たちも、そこまでは気付かないはずだ。単に悪逆皇帝を救世主たるゼロが討ち果たすことによって、悪逆皇帝と呼ばれている俺の死に世界の全ての負を集めて討たれ、人に優しい世界を齎すためのものだと、俺の言葉を信じてそう思っているはずだ。確かにそれも目的ではある。ただそうなる可能性は低いのではないかと思っているが。そしてそれは、俺の共犯者であるC.C.だけは、俺と同様に思っていることだろう。それは多分に俺の推測に過ぎないが。だがそれでいいのだ。そしてスザク、シュナイゼルを“ゼロに従え”というギアスをかけることによって、スザクのブレーンとして残しはしたが、事はそう簡単に進みはしないだろう。そして思い知るがいいのだ。ブリタニアではない、それ以外の世界の国々にとってのゼロという存在の意味、意義を。その重さを思い知るがいい。それがおまえが俺に対して勝手な理想像を押し付け、それと違った行動をとったからと裏切り者扱いし、実際には俺── そしておまえを受け入れていた学園のミレイたち── に対して何度も裏切りをし続けてきたお前に対する俺からの報復だ。そしておそらく、おまえはそれに気付くこともないだろう。ただ、ブリタニア以外の、ブリタニアからの侵略戦争を仕掛けられることを恐れていた国々や、すでに俺がほとんど解放しているが、エリアとされていた国々からゼロがどう思われていたのかを思い知ることになるだろう。そして何時か、その重圧に耐えられなくなるのではないかと俺は思っている。何故なら、スザクは自分で責任をとるということを避けている節が多々見受けられるからだ。そう、スザクは自分が責任を持つということをしたくないのだ。だからゼロとなることで、俺が背負ってきた、背負わされてきた物の重さを思い知るがいいのだ。
シャーリー、君はこんな最期しか選ぶことのできなかった俺に幻滅するのではないだろうか。こんな選択しかできなかった馬鹿な俺を嘲笑ってくれ。
ロロ、せっかくおまえがその命を懸けて救ってくれたこの命を、こんなことで終わりにする愚かな兄を許してくれ。おまえはせっかく自分が命を懸けて助けたのに、なんでこんなに早く来るんだと怒るだろうか。それとも、悲しんでくれるだろうか。
俺は自分が死んだら、決して二人のいる処に行くことはできないだろうと思っていた。けれどC.C.の言葉が正しければ、死んだ者は皆、Cの世界に行き、そこで新たに生を得て生まれ変わるのだという。ならば、すぐには無理でも、いつかCの世界で再び出会うことが叶うだろうか。今の俺にとってはそれだけが唯一の望みであり、楽しみだ。だから俺は、この短い生涯に悔いはない。自分の思う通りにできたのだから。そしてその思いを抱いて、俺は、逝く。
── The End
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