ここにいる他の者は誰も知らないことだが、実はニーナは、ダモクレスとの戦闘中、アヴァロンの研究室内でぎりぎりまでアンチ・フレイヤ・エリミネーターの研究を続けていたが、それでもさすがに僅かではあったが一息入れる程度の休憩は取っていた。というより、取らされていた。思いつめすぎて、うっかり失敗したりなどすれば取り返しがつかないと、集中するためにも、ある程度の休憩を取って頭の切り替えをするのは必要なことだ、とのセシルの言葉を受けて。
そしてそんな時間の中、ニーナは他の誰にも告げず、超合衆国連合の代表である各国の評議員たちが入れられている一室を訪れたのだ。その部屋の前には衛兵は立っていたが、代表たちが思っていたように鍵はかけられておらず、衛兵もニーナが、彼らにどうしても話したいことがあるのだと告げると、黙って扉を開けてニーナを室内に入れてくれた。
部屋の奥に固まっていた代表たちは、部屋に入ってきた少女── ニーナ── に一斉にいぶかしむ視線を向けた。
ニーナは代表たちから少し離れたところに立ったまま、まずは自己紹介から始めた。
「初めてお目にかかります。私は、ニーナ・アインシュタインと申します。第2次トウキョウ決戦で使われた兵器、“フレイヤ”を開発した者です」
その自己紹介というよりも告白といっていいだろう言葉に、代表たちの瞳が見開かれ、次にそれは批難を込めたものになった。日本の代表である神楽耶は別にしても、自国に対して使われたわけではなくても、フレイヤがどういうものか、代表たちは皆、理解していたからだ。それはブリタニアという一国に限らず、人道的見地からしても、決して存在を許される兵器ではないと。
憎しみの込められた瞳に少し竦みながらも、ニーナは必死に勇気を振り絞って言葉を続けた。
「私は今、ルルーシュ陛下のご命令で、フレイヤを無効化するための物を研究しているところです。もうあと一息のところまできています。私は陛下から告げられました。フレイヤを開発した私だから、逆に私にしかできないことがあると。そしてそれを実行している最中です。
陛下が皆様をこのアヴァロンに入れたのは、人質とするためではありません。フレイヤの第一次製造分については、シュナイゼル殿下が持ったまま、その行方を晦まし、そしてエリア11の総督であり、死んだとされていたナナリー総督を、彼女こそが正当な皇帝だと担ぎ出しています。また、ダモクレス計画といって、世界各国の主要都市にフレイヤを投下して、これまでのブリタニアとはまた違った、ある意味、それ以上の許されざる力で世界を支配しようとしています。そのために、皆様を守るために、陛下は皆様をこのアヴァロンに、名目上は人質として、ですが、迎え入れたんです。
陛下はとても嘘が上手い方です。でも口で言うことと行動は必ずしもイコールではありません。むしろ、口で嘘をつく分、行動で真実を示しています。陛下はそういう方です。ご自分はどう思われてもいい、けれど、皆様はこれからの世界のために必要な方々だから、なんとしても守らなければならない、フレイヤの犠牲になどできないと。皆様が今此処にいるのはその結果です。
皆様の中にはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、皇帝を僭称しているナナリー・ヴィ・ブリタニアは、エリア11の総督としての役目を放棄し死亡を偽装して、シュナイゼル殿下に言われるまま、住民は避難させたという到底できない不可能なことを、何も疑うことなく信じて、自国の帝都である、一億あまりの人々のいる帝都ペンドラゴンにフレイヤの投下を認め、トウキョウ租界で行われた以上の大量虐殺を働いた方です。間もなくそのシュナイゼル殿下らとの戦いが、おそらくは最後のものになるであろう戦いが始まろうとしています。皆様、そのような人々に支配されることを、良しとされますか? それとも、必死に自国の一部の特権階級ではなく、多くの一般の国民のため、建て直しのために次々と政策を打ち出し、エリアの解放に向けて動こうとしている、口では何と言っていても実際にそう行動しているルルーシュ陛下と、どちらを選ばれますか? どうかよくお考えになってください。
私の言っていることを嘘だと思われるならそれも仕方ないと思います。ですが、私は事実を話しています。私を、いえ、ルルーシュ陛下を信じていただきたく、こうして皆様の批難を受けるのを承知の上で、私はここに来ました。どうか、陛下のお気持ちをご理解下さい。先程も言ったように、陛下の行動には嘘はありません。言葉に耳を傾けるのではなく、行動をご覧になって結論を出して下さい。どうかよろしくお願い致します」
そう言って深々と暫くの間、頭を下げると、代表たちが何も言えずにいる中、ニーナは部屋を後にした。そして部屋の外に立つ衛兵に自分が来たことを誰にも告げないようにと頼み、研究室に戻っていった。
ニーナが立ち去って暫くすると、漸く自意識を取り戻したかのように、代表たちは協議に入った。しかしなかなか結論は出ず、結局はこの後の状況を見て、というところに落ち着いたのだった。ただ、日本代表の神楽耶だけは── 中華の天子はどうしたらいいのか分からないというようにおろおろしているだけだったが── 頑なな態度を変えようとはしなかったが、それ以外の代表たちは少しなりとも、ルルーシュの行動に考える余地ありと考えるようにはなったようだった。
ニーナの言葉を聞き終えた後、ルルーシュはその場にいるC.C.をはじめとする皆を次々と見渡していった。
「計画に、正確には、俺の死、という選択には反対、というのは、おまえたち皆の一致した意見なんだな?」
その場にいる全員が大きく頷き、その中でも、ジェレミアが一歩前に歩み出た。
「陛下、私見ですが、国家元首、君主たる者は、その国における最大の公人です。しかし、だからといって私がないというわけではありません。プライベートな部分ももちろんあってしかるべきです。しかし、公人としてある時は、常に自国はもちろんですが、世界を、そこに住む人々を統べる、いえ、頂点たる、トップして立つ者が持つべきは、あくまで無私無欲、奉仕と献身の精神であると思います。それがあればこそ、民衆に認められると。時に冷酷な断を下さねばならない時もあるでしょうが、それは決して私事からのものであってはならず、ましてや自分のため、自分の望みを叶えるためなどであってはならないと思います。今思えば、先帝のシャルル陛下は、国民ではなく、ご自分が一番であられたと思います。しかし最大の公人たる皇帝が、自分ファーストであるなどということは決して許されることではありません。そして現在の世界でそれができるのは、あくまで私の知る限りにおいてですが、ルルーシュ様のみと、私にはそう思えてなりません。ですからどうか、お辛いことも多々あることと思いますが、死を選ぶことなく、生きて、この神聖ブリタニア帝国の皇帝として、その立場を貫いていただきたく存じます。その為ならば、我ら皆、陛下に対する協力は決して惜しみはしません」
「こいつの言ったことがここにいる者の総意と思ってくれていい」
ジェレミアの言葉を引き取って、C.C.がそう言って纏め、皆が頷いた。
「……問題は、スザク、だな……」
椅子に深く座りなおして俯き気味に腕を組み、さてどうしたものか、というようにルルーシュは呟き、その呟きに、自分たちの意思を受け取ってもらえたのだと、その場の皆は喜んだ。
トウキョウ租界のメインストリートで行われている戦勝パレードで、「オール・ハイル・ルルーシュ」の声が響き渡る。
結局、スザクは何も知らされぬまま、知らぬまま、気付かぬままに、ただゼロの衣装と仮面を渡された。そしてパレードの途中、その正面にゼロとしてその姿を現したのだが、その時点でスザクは眉を顰め、首を傾げた。
玉座に座すルルーシュの隣に、予定にはなかったC.C.の姿があり、また、黒の騎士団は戦犯として処刑台に貼り付けにされているが、その中に予定ならいるべきはずの超合衆国連合の代表たちの姿が見えない。それでも、スザクは剣を抜き、玉座のルルーシュ目掛けて走り出した。そんなゼロに向かって、パレードの護衛についているKMFからの銃撃が行われる。それは計画ではあくまで振りだけの予定のものだったはずだが、どう見ても本気で狙っているとしか思えぬものであり、持ち前の身体能力からどうにか避けてはいたが、それでも数発、程度の差はあれ、当たったものがあった。そんな状態にありながらも、ゼロとなっているスザクは躊躇うことなくルルーシュを目指す。
ジェレミアがいた。身体内に納められている剣を抜き、交わすだけだったはずの予定が、真剣にスザクに向かってくる。いくら身体能力が高いとはいえ、すでに重症ではないものの幾つもの負傷を負い、人体改造を受け、スザクとは別の意味で通常の人間以上の能力を身に付けているジェレミアにそうそう叶うものではない。ついに喉元にジェレミアの剣が突きつけられた。そこまできて、スザクは思わず大声でルルーシュに聞こえるように叫んだ。今は自分がゼロとなっていることを忘れたように。
「ルルーシュ、これは一体どういうことだっ!? 計画を、契約を破るつもりかっ!?」
「以前、おまえが言ったように戦略目標は変わらない。ただ、それを実行するための戦術が変更になった、それだけだ」
ざわめく民衆の声があったが、それでもはっきりとルルーシュがそう告げる声が届いた。
「ナナリーは大量虐殺を働いた大逆犯だ。私が死ねば、そのナナリーがブリタニアの代表となる。いやでもそうなる。何故なら、ナナリーは自分こそが正当なる皇帝と僭称していたからだ。だから目的を達するために、その方法、過程を変えた結果だ。ナナリーを代表に、皇帝にすることなどとうていできないことであるからな。おまえは勘違いしていたんだ。私があの時に取り乱していたのは、ナナリーが生きていたからではなく、生きていたナナリーの言動から、ナナリーをブリタニアの為政者の立場に据えることはできないと判断したから、計画の変更をしなければならないのかと、おまえとの契約があったから、どうするのがよいのかと悩み、それを考えて思わず取り乱したんだ」
「残念だったな、自分ファーストの枢木スザク。おまえは何時だって自分のことしか考えていなかった。日本のことも、ユーフェミアのことも、他の何もかも、ただ口にしていただけで、ゼロであったルルーシュを己の出世と引き換えにシャルルに売ったことも、ルールは守らなければならないと、それを口実に、おまえはそれが正しいことと、自分に都合よく思い込んで、自分でも気付いていなかったようだが、端から見ていれば良く分かる。おまえという人間は、自分のことしか考えず、自分の考えだけが正しいと思い込み、他の人間の考えがそれと違うと、その相手のことを考えない、否定するだけで聞こうともしない、自分の身勝手な考えしかせずにその考えを押し付けようとする。今回のことは、要はそういったおまえの自業自得だ」
ルルーシュの隣に立つC.C.が言い放つ。
ジェレミアの声に呼ぶ兵士たちが駆けつけ、ジェレミアによって行動を抑えられているスザクの身柄を引き取って抑えつけると、その仮面を剥ぎ取った。そこから現れたのは、会話の中に出てきた通り、死んだはずの枢木スザクであり、荒れた世界各国のために忙しなく働いている皇帝を、今ではすでに賢帝と呼び名も高いルルーシュを殺そうとしたスザクに対し、民衆からは罵りの声が次々とかけられた。そんな声の中、スザクはゼロの衣装のまま引き立てられていき、ルルーシュは今日は気が削がれたと告げて戦勝パレードは中止となり、必然的に処刑も後日に見送りとなった。
その後、超合衆国連合は、国際連合と名を変え、参加国も増えて、その評議会議長には神聖ブリタニア帝国皇帝であるルルーシュが選ばれた。ただし、あくまで議長であって議決権は持っていない。調整役と言っていいかもしれない。かつての超合衆国連合の議長であった神楽耶は、以前のアッシュフォード学園での臨時最高評議会での態度や、それ以前の黒の騎士団トウキョウ方面軍の幹部たちを含んだ者たちと共に、ゼロ死亡に関する調査── パレードの状況から、ルルーシュ皇帝こそがゼロだったのだと分かったこともある── の結果、議長職を解任され、現時点では他に相応しいと思われる者が存在しないことから、一時的措置として、唯の日本の代表であるに過ぎない。ちなみに各国代表の神楽耶を見る視線には厳しいものがある。そして黒の騎士団は、一部の幹部たちは処罰を受けて除隊させられ、刑に服している者もいる。組織としては一旦解散し、新たな組織構成がなされ、各国の軍隊からそれぞれの国の規模に応じた出資や出兵を求められ、多くの国々の兵士によって構成されている。そしてそのトップは、多数決の結果、かつてのゼロであったルルーシュが務めているが、権限の集中を考え、ルルーシュとしては早く他の人間をと考えているところでもある。
ブリタニアのエリアが解放されていく頃には、世界は随分とその姿、在り方を変えていることだろう。
死には誰もあらがえない。それが自死でない限り。
人間は必要とされてそこに生き、そして召されていく。何時かはルルーシュにもその時は訪れるだろう。だがそれまでは、自分を必要だと言ってくれる者たちのために、そして皇帝として治める自国の国民のために、更には連合の議長という立場になったことから、世界の在り方を考え、自分がこれまで行ってきたことの贖罪の意味も込めて、無私無欲で、私ではなく、世界のため、国のため、そして全ての人々のために生きていこうと、ルルーシュは改めてそう己に誓った。自分を必要だと言ってくれる者だけではなく、こんな自分を最期まで好きだと言ってくれたシャーリーや、最期まで力の全てを使ってルルーシュを守って死んでいった、確かに血の繋がりはなかったが、誰よりも愛しい弟のロロのために。
── The End
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