再 生 【1】




 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが死んだ。殺された。誰よりも人の明日(みらい)を信じていた、望んでいた者が死んだ。神にギアスという名の、「明日が欲しい」との願いをかけて、自らは死んでしまった。
 それを憐れに思った神が、何度彼を再生させても、(とき)を戻してみても、それは変わらなかった。
 そして神は考えた。最期まで彼を愛し彼を守リ抜いた存在が、死ぬことなく生き続けていたなら、彼は自ら死を選ぶ道を取りはしなかったのではないかと。そしてまた彼が愛した者たちに、愛される資格がなかったなら、彼がその者たちに想いを寄せなければ、道は変わるのではないかと。
 そう判断した神は、人の宿命を変える道を選んだ。





 ルルーシュ・ランペルージ、18歳。アッシュフォード学園高等部3年、生徒会副会長。家族は溺愛する弟のロロ一人だけ。両親は亡く、かつてその両親に世話になったことがあるというアッシュフォード家の好意による庇護を受け、アッシュフォード家が創立した全寮制の学園で生活している。
 しかしそれは表の顔。
 本名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、8年前のブリタニアの日本侵攻の際に死んだとされ、鬼籍に入っている神聖ブリタニア帝国の元第11皇子。
 1年前、彼は仮面のテロリスト、ゼロとして黒の騎士団を設立、ブリタニアに対して反逆の狼煙を上げた。しかし当時の副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアの提唱した“行政特区日本”の設立式典における、突然のユーフェミアの日本人に対する虐殺から始まった日本人の一斉蜂起、ブラック・リベリオンの際の、ゼロの突然の戦線離脱にそれは失敗し、片や、戦線を離脱したゼロは、名誉ブリタニア人にしてユーフェミアの選任騎士であった枢木スザクによって捕えられ、ブリタニア皇帝シャルルの前に引き摺り出された。そこでシャルルの持つ記憶改竄のギアスにより、ルルーシュは全てを忘れさせられ、ルルーシュに絶対遵守のギアスの力を与えたコード保持者C.C.を釣るための餌として、アッシュフォード学園に戻され、機密情報局による24時間の監視を受けている。彼が弟と思っているロロもその機密情報局の一員であり、万一ルルーシュの記憶が戻った際に彼を処理するべく、彼の本来の妹であるナナリーの代わりに傍に置かれている。
 しかし、幼い頃からギアス嚮団の実験体として人の体感時間を止めるギアスを授けられ、暗殺者として過ごしてきたロロは、この1年の間に、兄であるルルーシュから初めて人として愛されること、愛することを教えられ、結果、ロロは変わってしまった。それは表面的には誰からも分からなかったが、内面はすっかり兄であるルルーシュに絆され籠絡させられていた。
 今では機密情報局の一員であることすら煩わしく思っている。そしてルルーシュが本当に実の兄であったなら、どんなに良かっただろうと。
 そんなある日、賭けチェスで出かけた先のバベルタワーで、ルルーシュとロロはテロに巻き込まれた。それはゼロであるルルーシュを取り戻すために行われた、黒の騎士団の残党によるものだった。
 その騒ぎの中、ルルーシュとロロは離れ離れになり、その間にルルーシュに接触したC.C.によって、ルルーシュはシャルルに改竄されて失っていた記憶の全てを取り戻していた。そして自分が機密情報局の監視下にあることを知った。もちろん、ロロが実の弟ではないことも含めて。
 その日、ルルーシュは何事も無かったかのように学園に戻り、学園に体育教師として入り込んでいる機密情報局員のヴィレッタ・ヌゥによる体育の補修の間に、ロロに携帯で連絡を取った。離れ離れになってしまった弟の行方を心配している兄を装って。
 その一方で、ルルーシュはブリタニアに捕らわれの身となっている黒の騎士団のメンバーを救い出すべく計画を立てていた。
 使えるものは何でも使ってやるつもりでルルーシュは計画を立てた。自分の弟になりすましている、本来妹のナナリーがいるべき位置にいるロロのことももちろん。しかしルルーシュ自身は気付いていなかった。己の中のロロに対する気持ちに。たとえ偽りの記憶の元とはいえ、監視されていたとはいえ、少なくともこの1年の間にあったロロに対する感情、兄としての思いは決して偽りのものなどではなかったのだということに、この時点では彼はまだ気付いていなかった。
 ルルーシュは中華連邦の総領事館に入り込み、ギアスによって総領事の高亥を取り込み、総領事館内の一室から合衆国日本の独立を宣言した。
 たとえ一室とはいえ、たとえ他国から認められる立場ではないとはいえ、その宣言の齎した効果は大きかった。
 ゼロを誘き寄せるため、ブリタニア軍は捉えていた黒の騎士団のメンバーの処刑を発表し、それを行おうとしたのだ。中華連邦の総領事館の前で。しかし全てはゼロの、ルルーシュの読み通りだった。
 かつてブラック・リベリオンで使った策と同様の策を用いて、処刑台に磔にされていた騎士団のメンバーを中華連邦の総領事館内に落し込み、治外法権を盾にブリタニアの申し入れを避けたのである。それはもちろん、ギアスによってルルーシュの意の下にある高亥の存在なくしては不可能なことではあったが。
 そうして黒の騎士団は復活した。
 彼らの中に、かつて自分たちを一度見捨てた── どのような理由があれ、その事実は変えられない── ゼロに対してわだかまりはあったが、それでも、日本の独立、その一言の前に、彼らはゼロについていくしか道はなかった。日本の独立を勝ち得るためには、彼らにはどうしてもゼロという存在が必要だったのだ。
 その作戦の中で、ルルーシュはKMFに搭乗して戦っているロロを身を挺して庇い、己の側に引き込むということまでしてのけた。そうでなければ、監視されている学園の中で自由に動くことはできないと判断したからだが、そこにはルルーシュ自身の無意識のうちに弟を庇うという意思が働いていたのは事実だ。本人は決して認めないだろうが。
 そうしてルルーシュは黒の騎士団を復活させ、一方で学園での自由な生活を取り戻すべく、取り込んだロロを利用した。学園に入り込んでいる機密情報局のメンバーをギアスによって支配下に置き、その指揮官であるヴィレッタ・ヌゥに対しては、黒の騎士団の扇要との関係を持ち出して脅迫し、己への協力者とした。
 そうして学園での自由を取り戻したルルーシュは、日本独立のため、ブリタニアへの反逆の新たな狼煙を上げこととなる。
 しかし、全てがルルーシュの計画通りに事が進むわけではない。彼にとって想定外の事も起きる。
 その一つが、1年前、ルルーシュをシャルルに突き出し、ナイト・オブ・ラウンズの一人、セブンとなった枢木スザクのアッシュフォード学園への復学である。偽りの記憶の中、ルルーシュにとってスザクは、1年前、学園で暫くの間一緒に過ごしただけのただの知り合いに過ぎない。だがスザクはそこまでルルーシュの記憶が変わっているとは思っていなかった。かつての親友の仮面を被り、ルルーシュに近付いてくるスザクに、ルルーシュは他人行儀な態度をとった。「帝国一の騎士であるラウンズになった相手に、以前のような気やすい態度はとれないよ」と。
 しかしスザクは疑っていた。ゼロの復活に、ルルーシュの記憶が戻り、復活したゼロはまたルルーシュなのではないかと。それゆえに、その事実── 記憶が戻ったこと── を確かめるべく、スザクは奇策に出た。
 バベルタワーの壊滅に伴い死亡したカラレス代理総督に変わって赴任してくる、このエリア11の新総督となるルルーシュの妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアに携帯で連絡を繋ぎ、それをルルーシュに渡したのである。ルルーシュの反応を確かめるために。ナナリーの声を耳にすれば、きっとルルーシュは動揺してボロを出すと、そう判断して。しかし、スザクのその判断は甘かった。
 ルルーシュは恐れ多いという他人行儀な態度で対応しただけで、ナナリーに対する情愛の一つも見せなかったのだ。スザクにはそれは意外だった。ならば今のゼロはルルーシュではなく、ルルーシュの記憶は戻ってはいないのかと思わせるほどに。
 ルルーシュのナナリーに対する愛情が無くなったわけではない。そこに彼の宿命を変えるべく、神の手が介在したのである。ナナリーにはルルーシュに愛されるだけの資格がない、そう神は判断しており、それがルルーシュをしてナナリーに対する態度を変えさせていたのである。愛する妹、けれど総督として赴任してくるナナリーは、ゼロとして復活したルルーシュにとっては目障りな存在としか映っていなかった。
 そんなルルーシュの態度に、スザクは不信を覚えながらも、やはり記憶が戻ったわけではないのかと、そう思わざるを得なかった。決してそんなことではないのだが。





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