「さて、ここで質問だ。仮定としてだがな。ああ、その前に、これから聞くことについてだが、ゼロと黒の騎士団をはじめとしたテロ組織の行為は間違っている、そのおまえの考えは理解っているから、その点は考えずに、結果からだけ、おまえの意見を聞きたい」
「……何?」
「仮に、まあ、おまえはそんなことは無理だと言うだろうが、あくまで仮定としての話だ。だが、もし本当にそうなった場合のおまえの考えを聞いてみたい。いいか?」
「……う、うん……」
ここまでの言葉から、ルルーシュがしようとしている話がゼロと黒の騎士団に関係した話だとは分かっていたが、あくまで仮定の話だとルルーシュが繰り返していることから、他のメンバーの視線があったこともあり、しぶしぶ頷いた。とはいえ、真っ直ぐにルルーシュを見つめ返すことはどうにもできかねて、微妙にルルーシュに向けた視線はずれていたし、それにルルーシュも気付いていたが、それを指摘するのはやめた。今はそれが問題なのではないし、聞きたいことに関係もないから。
「もしも、現在はテロレベルだが、これから先、本当に独立戦争と言えるレベルのものとなり、ブリタニアが敗れてこのエリアが日本として解放され独立を取り戻した場合、おまえはどうなると思う? ああ、まだこの地に在り続けたとしたらだ。そしてその場合、おまえが言う従うべきルールは何になる?」
「……残念だけど、それは無理な話だよ。ブリタニアの軍事力を考えたら、到底そんなことにはなりえない」
スザクは当然のことのように、小さな声で、それでもはっきり分かるようにルルーシュに応えた。
「あくまで仮定のこと、と言っただろう? できるかどうかを聞いてるんじゃない」
「……僕は……、名誉とつくとはいえブリタニア人だよ。従うべきはブリタニアのルールに決まってるじゃないか」
「フッ」やはり、というようにルルーシュは小さな笑みを零した。「それは間違いだ」
「え? どうして? だって、ブリタニア人ならブリタニアのルールに従うのが当然でしょう?」
「ブリタニア本国、あるいはまだ植民地である他のエリアにいるならそれで正しいが、独立を果たした日本にあるならば、従うべきは“郷にいれば郷に従え”という言葉もあるが、日本のルール、法律だ。外交官特権でも持っているなら別だが、そうでなければ、此処が日本となったなら、日本のルールに従うことになる。
更に言うなら、純ブリタニア人は、日本としての独立を果たした後の政権と、ブリタニア政府の交渉次第でどうなるかは分からないが、少なくとも、ブリタニアはブリタニアという国自体が変わらない限り、よほどのことがなければ、名誉ブリタニア人は捨て置かれるだろう。ブリタニアの国是は弱肉強食。ブリタニア人といっても結局は“名誉”とつくなら、所詮は差別し、支配すべき弱者でしかない。使い捨ての駒だ。そうなったら、日本人にとって名誉ブリタニア人は、特にその中でも軍人として自分たちを虐げていた者に対しては、売国奴、犯罪者扱いだろうな。軍人になった者以外の名誉については事情が考慮される可能性もあるが、裁きの場に引き出されるだろう。なにせ、ブリタニアの名の下に、同胞を、日本人を殺し続けてきた存在、殺人犯なんだから。戦争犯罪人とされることも考えられるな」
ルルーシュの言葉に、みるみるスザクの顔色が明らかに蒼くなっていく。
「ど、どうしてっ!? だってブリタニアのルールに従って命令通りにしているだけなのにっ!?」
「それは此処がブリタニアの支配下にあれば正しいことだが、日本として独立した後にこの地で適用されるのは独立を果たした日本の法律が、おまえの言う従うべきルールだからだ。
先にも言ったことだが、ルールは従う前にまず創ることだ。そうでなければ従うべきルール、法律がない状態だからな。それに、その法律が定められた時と、社会体制、時代背景が変化してあわなくなってくれば、それは変更されるべきものだ。そうでなければ、守るべき法律と実態がそぐわなくなり、状況的には正しいことをしていても、法律違反、ルールを破っているということになってしまう。それに、正しいと思って作られた法律でも、場合によっては誤った情報によって作られたりなどして、間違っている、といえるような内容のものであることも、絶対にないとは言い切れないし、何より、その法律はそれを作った政権によって都合のいいものであることもある。極端なことかもしれないが、共和主義国家などでは、場合によって政権が、しかも反対勢力に変わった場合など、あからさまに前政権で定められた法律が廃案にされることだってある。たとえそれがどれほどによい法案だったとしてもだ。おまえが言う守るべきルールというのは、常に、必ずしも絶対的なものではないんだよ。ましてや国によって、民族の歴史や文化によって、法律は異なる。ある国では認められていることが、他の国では認められていないこともあるし、繰り返しになるが、同じ国であっても、状況が変われば法律も変えられるということは、おおいにありえることなんだから。
日本の過去の歴史においてもあったことだ。ブリタニアのエリアとなる前のことで一番わかりやすい例を挙げれば、徳川が政権を担って治めていた武家政権時から、維新を経て天皇を頂点に置いた時か。実態はまた違ったものだったようだが、少なくとも表向きには、天皇が絶対的存在とされ、薩長などの維新を起こした連中が自分たちの考えが正しいと、次々と法律を定め、つまりは変えていった。1.000年以上も続いていた神仏のことについても、廃仏毀釈が行われ、多くの物が破壊されたりなどして失われた。そしてそれらの行為は正しいとされていた。確か、廃刀令だったか、そんなものもあったな。維新のリーダー的存在だった者たちは、皆、下級とはいえ武士だったのに、その武士であることを否定した。つまり武家政権を否定したわけだ。途中から変遷したが、そもそもが尊皇攘夷を掲げていた以上は当然のことかもしれないが。そしてあの戦いは、いってみれば欧州の、日本における代理戦争のようなものだった。欧州で敵対していた国が徳川と薩長とそれぞれに協力しての。よく他のアジアの国々のように植民地にされずに済んだものだよ。そうならずに済んだのも、元を正せば、徳川が支配していた江戸時代にそれだけ民意度が上がっていたことや、文化の成熟度も要因の一つだろうと俺は思っているが。加えて、維新後は、勝利した薩長に都合のいいように歴史が改竄された。自分たちにとってプラスとなるように、徳川方については、マイナス面だけを強調し、確かに失敗した部分もあったが、かなり早い段階から諸外国の情報を得て、そのおかげで日本にとってプラスとなった部分もあったというのに、薩長は自分たちには都合が悪いと、それらは全て闇に葬られた。それらが明らかになっていったのは、だいたい150年近くも経ってからだ。それでも相変わらず維新は薩長に都合のいいように教えられ続けていたようだが。敗軍となった徳川方に属していた者は、中には酷い扱いを受けた者たちもいたし、悲劇も起きている。どこまでも徳川に忠誠を誓っていた藩のあった地では、当時の対立がそのままずっと続いたりもしている。まあ、ブリタニアのエリアとなったことで、結果的に今ではそれはたいしたことではなくなったようだがな。
少し余計な話になってしまったが、はっきり言って、おまえの主張する「ルールには従わなければならない」というのは、俺に言わせれば異常過ぎだよ。ルールは絶対で、間違っていない、どこまでも正しいと言っているのと同じことだからな。ブリタニアは平然と無罪の者に冤罪をきせるような国なのに。俺には、おまえは自分で責任を負うことを放棄して、いや、責任を取りたくないからか、自分の行動の全てをルールのせいにするためにルールに固執しているようにしか思えない。確かにゼロや黒の騎士団、他のテロリスト組織について、心情的にはともかく、実際に行っている行為の全てを認めることはできない。かといって、否定もしきれない。なにせ黒の騎士団について言えば、たんに日本独立という目的のためだけではなく、本来ならブリタニアが、総督をはじめとした政庁が取り締まらなければならないリフレインという麻薬を扱っていた組織の摘発なども行っているしな。
そしてそれ以前に、おまえが此処で主張していることは、ブリタニア人の民間の学園の生徒会室で言うようなことでは決してない。本気でどうにかしたいと、おまえが考えている通りにしたいと思うならば、おまえが「ゼロは間違っている、信じるな、考えを変えろ」と主張して考えを変えさせるべき対象は、ゼロと黒の騎士団を受け入れ支持している、彼らに自分たちの望みを託しているイレブンに対してだろう。
だから俺はこの学園の生徒会副会長として告げる。枢木スザク、今後二度と、此処でこれまでのような主張をすることは認めない。学園という場で行うには到底相応しいことではなく、この場ですべきことではないからだ。それができないというなら、早々にこの学園を去れ! 少なくとも、二度とこの生徒会室に入ってくるな! ああ、この生徒会室でが無理ならば教室で、というなら、それも認めない。此処で行ってきたこと以上に認めない。それこそ、退学してゲットーで行え!」
何度も途中で自分の意見を言おうと、口を挟もうとするスザクにその隙を与えることなく、常のルルーシュを知る生徒会のメンバーからすれば、本当にあのルルーシュなのかと、ましてや大切な親友だと告げてやまない存在であるスザクを相手にしていることであれば、目を、耳を疑いもするが、最後の、「生徒会副会長として」との言葉に、真に言いたいことはそれだったのかと、それを理解させるためにここまで常になく饒舌になったのかと理解した。
「ル、ルルー、シュ……」
最後に告げられた言葉に、スザクはただ力なく、何かを否定するかのように首を振りながらルルーシュの名前を呼ぶことしかできない。
「うーん、さすがルルちゃん。エリアになる前の日本だった頃の歴史にもそんなに詳しいなんて!」
明るくミレイがルルーシュにそう告げる。そして次にスザクに対して、真剣な眼差しを向けて口を開いた。
「スザク君、私からも会長として言わせてもらうわ。今まで我慢して聞き流す形でいたけれど、あなたがこれまで此処でしてきた主張は、ルルーシュが言ったように、一般の学園で行うものとしてはとても相応しいものではないわ。それでもこの部屋だけで済むのなら、そう思ってもいた。何せあなたがこの学園に編入してきたのは、副総督であらせられる第3皇女ユーフェミア殿下の“お願い”という名の“命令”だったから。この学園があなたの編入を認めたのは、皇族の方からの命令で、拒絶するなどできることではなかったからよ。それが皇帝を頂点とする絶対専制主義国家であるブリタニアのルールだから。でもそれは表向きだけのことで、誰もあなたを認めてはいなかった。編入当初のあなたに対する苛めを思い出せば分かるでしょう? そんな中で、全生徒とまでは言わないけれど、本当にあなたを、気持ちの上でも受け入れたのは、ルルーシュがあなたを自分の「大切な親友だ」と言ったから。けれど、その副会長であるルルーシュがいい加減にしてほしいと思ったのでしょうね、友人である自分ならば言えると判断して言ってくれたのだと思うわ。私たちでは到底言えることではなかった、口にすることはできなかった。それを思って言ってくれたのだと思う。だって、あなたのバックには第3皇女殿下がいらっしゃるから」
「……か、会、長さん……」
自分がこのアッシュフォード学園に入ることのできた理由、これまでのミレイたちの思いを告げられて、スザクは何も言えなかった。学校に通学できるようになった経緯についても、これまでの自分の言動についても、そんな風に思われていたなどとは、全く考えていなかったからだ。
「ユーフェミア皇女殿下のご命令であなたの編入を受け入れたけれど、あなたが自分から、となれば、さすがに皇女殿下も残念には思っても仕方ないと受け入れてくださるでしょう。
だから再度言うけど、改めて会長として言わせてもらうわ。あなたは軍人、それも名誉だわ。名誉の軍人が一般の学校に通学なんて、普通に考えればありえないことなのよ。その時点で、あなたは矛盾している。あなたが言う守るべきルールを、あなたは破っている。皇族の命令だから、という言い方で逃げることもできるけれど。
そしてね、あなたは中に入って内側からの変革を、と主張しているけれど、あなたの今の立場は、あなた一人だけの特例なの。あなたに続く存在は一人もいない。あなたは皇女殿下をただただ素晴らしいと褒め称えているけれど、あなた以外の者に対しては何もなさっていらっしゃらない。あなたの主張はとても正しいとは言えない」
「そんなことは……! ユーフェミア様は……」
「だから! その皇女殿下はあなた以外に対しては何もなさってらっしゃらないって言ったでしょう。あなただけが特別扱いなのよ。それを他の名誉の軍人は、本来のあなたと同じ立場にありながら何もしてもらえていない彼らは、あなたに対して、そしてあなたが褒め称える皇女殿下に対してどんな思いを抱いているかしら。もっともどんな思いを抱いても、決して口に出すこともできずにいるのでしょうね。あなたは、これまでの言動からすれば、そんなこと、一度も、一つも考えたことなんかないでしょうけれど。
この学園の生徒は必ず何処かのクラブに入ることが校則で定められているから、この生徒会を抜ければ、何処にも入ることはできないでしょう。いくらルルーシュが「大切な親友」と言ったことで認められたといってもね。でも、あなたは皇族の命令で編入を認めるしかなかった特別な存在だから、特例として、クラブに入ることは生徒会長としての立場から、これまでのことを全て理事長に話して、免除してもらうようにするわ。第一、もともと軍人であるあなたは出席率だって少ないのだし。だから、本音としてはあなたからの自主的な申し出という形で退学してもらいたいところだけれど、退学しないというならば、ただ教室で大人しく授業を受けるだけで、それ以外は何もしないで! 今日を最後に、二度とこのクラブハウスに足を踏み入れないで! できれば、あなたは気付いていなかったようだけど、あなたを「大切な親友」として、この学園内で少しでも過ごしやすいようにと心を砕いていたルルーシュやナナリーちゃんとの付き合いも絶ってちょうだい。もう誰ともかかわらないで! あなたの存在は、ブリタニアのルールからすれば、学園としては、此処にいられるだけで大迷惑なのだから。
最終判断はあなたに任せるわ。でも、退学せずに通学し続けるというなら、私が言ったことは守ってちょうだい。もっとも、今の此処での話を聞いてのあなたの行動如何では、この学園はもちろん、この学園を創立した我が家も、皇女殿下の命令に背いたということで取り潰されてしまう可能性があるのだけれど」
ミレイの言葉を受けて、スザクは蒼褪めた顔色でゆっくりと室内にいるメンバーを見回した。
言ってみれば、生徒会副会長であり、親友たるルルーシュが警告をし、会長であり理事長の孫であるミレイが最後通牒を突きつけたような形だ。他のメンバーは何も言わないが、同様に思っているのだろうことは、さすがのスザクも察することができた。そしてミレイの最後の言葉は、牽制のようなものなのだろうということも。自分の行動次第でどんな事態を招くことになるか、最悪の可能性を示されたのだろうと。
スザクには、さすがにもうこれ以上、この場に留まるだけの気力はなかった。一番の親友に拒絶されたようなものなのだから。そしてその親友が自分に対してしてくれていたことに全く気付いていなかったことにもショックを受けたが、それ以上に、ルルーシュとナナリーの本来の立場、そして戦後すぐのルルーシュの心からの叫びを思い出し、自分の言動でルルーシュを傷つけていたのだろうかと、漸く思い至った。
スザクはゆっくりとした動作で立ち上がった。常のようにすばやい動きなどとれる心境ではなかった。
「……帰ります……」
俯いたままそれだけを告げると、スザクは鞄を手にして、力が入っていないような状態でよろめくように生徒会室から退室していった。
なんとか生徒会室を出て、けれどすぐに動くこともできずに扉に背を預けていると、暫くして中にいる者たちの声が、扉越しなためにはっきりとではないが、それでもある程度は内容が分かる形で耳に入ってきた。
「よく言ったよな、ルルーシュ。おまえのこれまでのあいつへの態度からしたら、絶対言わないだろうと思ってた」
「ホント、ルルがあそこまで言うなんて思ってもみなかった」
「でも、ルルちゃんが言ってくれて助かったわ。おかげで私も言いたかったこと言えたもの」
「あいつを親友だと思って色々してきましたけど、さすがにいい加減、あいつの言動には参ってましたんでね。疲れましたよ、これ以上は付き合いきれない」
ルルーシュのその声に、自分は彼から見捨てられたのだと思った。しかしそれもルルーシュの本来の立場を少しも考えなかった己の行動が原因なのだと、自己嫌悪に陥った。そうしてゆっくりと、トボトボと、クラブハウスを出て、自分の部屋のある特派のトレーラーへと足を向けた。
名誉で軍人である自分が一般の学校に通うことはルールに反している、ありえないことなのだというミレイからの言葉に、そしてすっかり忘れたいたが、ルルーシュの立場を考えれば、やはり退学すべきなのだろうかと思いながら。
── The End
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