「だから、ゼロは間違っているんだ! ルールを守らず、テロを繰り返して多くの人を死なせている! 変革をしたいなら、中に入って内側からルールに従って内から変えていくべきなんだ!!」
放課後の生徒会室では、すでに恒例となっているスザクのご高説が声高に唱えられている。スザクは気付いていないが、皆、ほとんど真面に聞いてなどいない。またいつものやつが始まった、とばかりに聞き流している。
「けどさぁ……」その日は、珍しく、やはりいつもは聞き流しているリヴァルが声を上げた。「おまえ、その名誉になってブリタニアの内に入ったわけだど、そのブリタニアに総督殺害の冤罪をかけられて、見せしめのためにつれまわされてたところを、おまえが批判しているそのテロリストのゼロに救われたんだよな。いわばおまえにとって、ゼロは命の恩人だろう。あのままいってたら、間違いなくおまえは処刑されてたはずなんだから。その恩人のゼロを、よくそこまで批判できるよな」
いい加減聞き飽きているということもあったのだが、リヴァルは半分呆れを込めてそうスザクに告げた。
「そ、それは……、感謝してるよ、助けてもらったことは。けど! あれはゼロにしてみれば、自分の名前を、存在を世間に知らしめるための絶好の機会だったんだと思う! だから、あいつはあの状況を利用したんだ!!」
「うーん、確かにそれも一理あるかもしれないけどさ……」
「そうだろう!? だから……」
「でもそれって、何もおまえの時でなくてもよかったんじゃないのか? 総督や政庁に務める役人、軍人たちから理不尽な扱いを受けてるイレブンや名誉ブリタニア人は何もおまえだけじゃない。あ、おまえはもう過去形だけどさ。とにかく酷い扱いを受けてる奴は他にもたくさんいるんだからさ。現にシンジュクゲットーでの件、あれ、総督命令による殲滅作戦だったんだろう? それに怒ったから、許せなかったからゼロは総督を殺したわけで、それなら、その作戦の最中に、総督がやらせてるその事実を公表して堂々と出たってよかったんじゃないのか? そうすりゃ、おまえが冤罪で検挙されること自体なかったんだしさ」
「……確かに、そう言われればそうかも……」
認めたくはないのだろう。しかし否定しきることもできず、スザクは俯き気味にそう告げて、そこで、何かに気が付いたというように、パッと顔を上げた。
「って、どうしてリヴァルがそのことを知ってるのっ!?」
「そのこと、って?」
スザクの言葉の意味が分からないというように、リヴァルは首を傾げながら問い返した。
「シンジュクのことだよ! 確かにリヴァルの言ったことは事実だけど、表向きにはそんなことは、総督命令による殲滅作戦だったなんて、一度も、一言も公表されてないはずだ。僕は今の上司から聞かされて、それで知ってるけど、普通の一般市民には何も知らされてない。なのになんでそれを知ってるの!?」
「……あー……」リヴァルはどう答えたものか、一瞬ルルーシュにちらっと視線を向けたが、ルルーシュは何事もないかのように書類の処理を続けていることから、ある程度は話しても問題はないのだろうと判断した。「あれ、俺とルルーシュがきっかけの一つなんだよ」
「えっ!? どういうこと!?」
リヴァルの言葉に、ルルーシュと再会した時のことを思い出しつつも、彼らが「きっかけの一つ」という言葉に驚いた。
「外出先から学園に戻るために、俺、ルルーシュをサイドカーに乗せてバイク走らせてたんだけどさ、途中で後ろから一台のトラックが、なんていうか、慌てたような感じで迫ってきたんだ。それを避けようとして左右に動いてたんだけどさ、焦れたのか、そのトラック、俺達のバイクを追い抜こうとして、結局、工事中の道に突っ込んでったんだよな。そこで停車して、でも中から誰も出てこなくてさ、次第に人も集まってきて。そしたらルルーシュの奴、何時の間にかトラックに向かってて、最初は声掛けて確かめようとしてたんだけど、応答がなくて、で、とりあえず荷台に入ったんだよ。そしたらそのトラックが急にまた走り出して、それで俺はルルーシュとはぐれちまったんだ。その後のことはルルーシュから聞いたんだけど、そのトラック、実はブリタニア軍から毒ガスって言われてる物を盗み出して追われてたテロリストの物だったんだ。だから、俺たちが前を走ってたから焦ってたんだよな。ルルーシュもそれがテロリストの物だって分かったのは、運転席の方から出てきた奴が、KMFでトラックの荷台から飛び出してったからだそうなんだけどさ。その後のことは……、俺より、おまえのほうが詳しいんじゃね? 名誉ブリタニア人の軍人、歩兵としてシンジュクゲットーに派遣されてたスザクさん」
「……う、うん、……その時は詳しいことは教えられないまま、ただ命令を受けて、シンジュクに行ったんだけど……」
「だからさ、あの時、トラックの前を俺たちが走ってなかったら、トラックが事故を起こすことなかっただろうし、その後の展開は、どうなったかは分からないけどさ、やっぱりシンジュクゲットー殲滅作戦になった可能性もあるけど、違ったものに、つまり、そんなことにならない可能性もあったってことで、だから俺たちがきっかけの一つだってわけさ。まあ、そもそもテロリストが軍から盗みを働いたことが一番の原因なんだけど、でもそれも軍が毒ガスを研究開発してたってのが理由だったわけで、それを考えると、どんな理由か知らねーけど、そんな物騒なもんを研究開発してた軍にも問題ありだよなー、と思うわけさ。だって、それを軍が使うとしたら、イレブンのテロリストに対してだろうから、それを考えたら、テロリストがそれを知って、使われる前に盗み出そうとしたんだろうってことは簡単に想像できる。実際のところはどこまで考えてたのかは分かんねーけども。
でもさ、テロリストだって、確かに俺たちブリタニア人からすれば、イレブンのあいつらは被支配民族だけど、元は同じ人間であることに変わりはないだろ。自国のことながら、その同じ人間に対して毒ガスを、っていう考えの方が俺には理解できねー。その辺、相手がテロリストだとか、名誉ブリタニア人とか軍人とか、そういうの別にして、一人の人間として、ルール大事のスザクさんはどう考えてんのかな?」
「……」
スザクはどう答えたらよいのか分からず、俯いたまま押し黙ってしまった。
「おまけにさ、その毒ガスっての、ホントは大嘘で、テロリストたちが盗み出したポッドって、本当は人体実験してた娘を捕らえてたものだったそうじゃないか。ま、その点に関してはおまえさんたちも騙されてた状態だけど、そのおかげで、ただ巻き込まれただけのルルーシュの奴、ポッドの中を見てしまったってだけで、総督の親衛隊の連中にテロリストの一味ということにして殺されかけたって話だし。それのどこが正しいわけ? 皇族の命令だったら、それが大嘘ついた挙句の非人道的な命令であっても、ルールとして正しいとか思ってるわけ?」
「……それは……」
「でも、ブリタニアでは皇族の命令は絶対だもの。たとえそれがどんなに理不尽なものであってもね。だから皇族の命令に従うっていうのは、ブリタニアの臣民としては絶対的なルールであって、つまり正しいってことよ。とはいえ、身分とか関係なく、あくまで一人の人間として考えると、ちょーっとね、だけど。ついでに言えば、皇族の方から“お願い”と言われると、それはご本人には“命令”のつもりはなくても、言われた側にしてみれば“命令”以外の何物でもないわけで、そういった点、皇族という立場にある方なら、きちんと理解していていただきたいな、って思うんだけど、そういう方々ばかりじゃないのよねー、困ったことに。あ、別に批判してるわけじゃないわよ、ただご自分たちの立場や、その言葉の持つ力をきちんと理解していていただきたいなっていうだけで」
書類を片付けながらも黙って二人のやり取りを聞いていたミレイがそう口を挟む。後半は、実を言えばスザクを学園に入れるように“お願い”してきたユーフェミアのことを何気にスザクに対して告げたのだが、見るからに、スザクはそれがユーフェミアが自分を学園に編入させたことだとは気付いていないのが分かり、何も理解していないスザクに呆れると同時に失望した。この程度の男が、自分の主の“大切な親友”なのかと。
そしてそんなミレイの僅かな表情の変化に気付いたルルーシュが、処理していた書類に走らせていたペンを止めた。
「スザク」
「な、何っ、ルルーシュ?」
「ブリタニアに征服される前の、此処がまだ日本だった頃の歴史を少し調べてもみたが、日本では「ルールは守るもの」だったようだが、欧州は違う。欧州では「ルールは創るもの」だ。つまり、ルールメイキング戦略が当たり前に行われているということだ。そのための専門家もいるほどにな。そしてブリタニアは、その建国の元を辿れば、イギリスが発祥地と言えなくもない。ということは、そのルールに対する考え方は欧州におけるものと同様と言えるだろう。とはいえ、ブリタニアは帝政の専制主義国家だから常にそうだとは言い切れないが、それが根本にあるとは言えると思う。
日本人のメンタリティとして、法律は政府が決めるもので、多少陳情はしても、決まった後は従うのみ、という意識が根底にあって、ルールを創っていくという姿勢になりにくい。だからおまえが「ルールは守らなければならない」と強く思うのは、今は名誉ブリタニア人になっているとはいえ、元々はイレブン、つまり日本人なんだから、過去の歴史を紐解いていけば、ある意味、理解できなくもない」
スザクはルルーシュの発言の意図が全く理解できずにいる。そうと察しながらルルーシュは続ける。
「「ルールは創るもの」という考えからすれば、ルールは変わっていくものだということだ。ずっと変わらないなどということはない。社会の発展などに伴って、時代的にそぐわなくなっていくこともあるだろう。そうなれば、必然的にルールは即した形に変更されることになる。つまり今あるルールをただ守っていけばいいというものではない。社会体制、政権によっても変わることはあるのだから。絶対変わらないルールというものは無い。現行のルールに囚われていれば、何時かそれが変わったことにも気付かずに、おまえは守らねばならないと思いつめているルールを破っている、という状態にもなりかねないということだ」
「でも! ルールとして定められたものは守らなければならないことだろう! それに変わらないものだってある!!」
「変わらないもの? それは一体どんなものだ?」
「一番分かりやすいものは、人を殺すことだ! だからテロは許されない!!」
「ほお、軍人のおまえがそれを言うか」
嘲笑するかのようにルルーシュはスザクが叫ぶように告げた言葉にそう返した。
「どういう意味だ、ルルーシュ!?」
「軍人は人を殺すのが仕事だろう?」
「それは戦争や、テロリストを……」
「戦争とは、国家的、組織的な殺人行為だ。人を殺していることに変わりはない。それに、“勝てば官軍”という言葉が日本にはあったと思うが、敗れれば犯罪者だ。敗戦国の指導者や軍人は、戦勝国に戦犯として裁かれ、場合によっては処刑される。Aという国とBという国が戦った場合、A国が勝てば、敗れたB国の者が、逆にB国が勝てば、A国の者がだ。どちらが正しいということではない。勝ったか、負けたかで決まる。見方によっては、確かにこれもルールと言えなくもないが、随分と偏ったルールだな。極端な話、過去においてユダヤ人虐殺を働いたドイツは敗戦国となり、ユダヤ民族の虐殺にかかわった者たちは犯罪者として裁かれたが、もし仮にドイツが戦勝国となっていれば、ドイツの行ったことが認められることになる。実際には人々が心の中でどう思っていようとも。それが戦争のあり方、軍人のあり方だ。俺の言うことは間違っているか? そしてその場合、本当に正しいのはどちらなのだろうな。民族虐殺を行った戦勝国と、それに抗った敗戦国と」
「そ、それは……」
スザクには答えようがなかった。民族虐殺など明らかに間違っていると思う。敗戦国となったから、ドイツは裁かれた。戦勝国となっていれば、裁かれることはなかったということになる。つまり、虐殺行為が認められたということになるとルルーシュは言っているのだ。
「……」
何も答えを返せないまま、スザクは唇をかんで俯いた。
「少し変えようか」
「な、何……?」
「日本はブリタニアに敗戦し、植民地、エリア11となった。そして独立を望む者たちが、それを実現させるためにテロ行為を続けている。とはいえ、暫く前までの状況を見れば、日本の独立など到底無理としか思えない状態だったが、ゼロと彼の率いる黒の騎士団が出てきて活動を開始して以降、ブリタニアは土をつけられていることが多い」
「そ、そうだよ! だからテロ行為なんて、出さなくていい被害を出しているだけで間違っているんだ!!」
「植民地とされた国が独立を望み、そのための戦いを行うこと、それのどこが間違っている? 過去の歴史を紐解けば、そうして大国に植民地とされていた国が独立戦争を勝ち抜いて独立した例は幾つとなくある。それらは間違いだと、一度植民地化されたなら、ずっとそれに甘んじていろとおまえは言うのか? その言い方だと、そうして独立を果たした国は存在してはならないということになるが」
「な、何が、言いたいの、ルルーシュ……?」
「自国の勢力を伸ばすためだけに、他国に対して侵略のための戦争をしかける国、つまり今で言うならブリタニアだな。そして、敗れて植民地とされ、虐げられ、貪りつくされる中、抵抗を続け独立を果たした国。その戦いの中では、双方に多くの犠牲が出ただろう。おまえの言い方だと、自国を植民地とした宗主国は正しく、その行為はどんなに酷いものであってもそれも正しいとなる。つまり、そんな酷い扱い方をされている者たちが、自国を取り戻して独立するための行為は如何なる理由であろうと間違っている、ということになるわけだが、本当にそうだと言い切れるのか?」
「……し、心情は、多少は理解、できなくもないよ。けど……、要らぬ犠牲を出すような行為は……」
「おまえは内からの変革を、と言う。それが正しいことだと。つまり、過去に行われてきた独立戦争は、内からの変革など無理、独立を勝ち取ることなどできないから、独立戦争ということになっているわけだが、そのための行為も、その結果として独立を果たした国の存在も、あくまで間違っている。ということは、そうして独立した国は存在してはならない、そう言うんだな?」
「そんなこと言ってない!」スザクは勢いよく立ち上がると、机をバンと強く叩いた。「そんな極論言われたって……」
「そうか? だがおまえの言い分だと、そういうことになるんだが?」
ルルーシュは向かい側から怒りをにじませた瞳で自分を見下ろしているスザクに対し、冷静にそう応えた。そしてそんな二人の遣り取りを、他の生徒会メンバーは固唾を呑んで見つめている。ヘタに口出ししない方がいいだろうと判断しているためだ。これまでスザクの主張に対して、どちらかというとほとんど反応を示していなかったルルーシュが一転してここまで言葉を重ね、スザク本人は気付いていないだろうが、彼の主張の、いわば矛盾といっていい点をついているのだから。
「とりあえず座れ。皆、驚いているだろう?」
ルルーシュの言葉に周囲を見回したスザクは、他のメンバーたちの自分たち二人、特に自分を見つめている瞳を見て、気まずそうに、それでも椅子に座った。
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