Reformation 【11】




 ダモクレスを抑えたこと、すなわちフレイヤを抑えたことを受けて、ルルーシュは世界中に宣言を下した。
「フレイヤは全て我が掌中にあり! 我に逆らう者はフレイヤの劫火に焼かれるであろう! 皆、我に従え!」
 そう言いながら、実のところは、ダモクレスはフレイヤを積んだままその軌道を太陽に向けている。
 そしてまた、ルルーシュは有りもしない、実際には行ってもいない弾圧を、まるで本当のことのようにデータを捏造してネット上にばらまいている。
 しかしそんなこととは知らず、ただ宣言されたこととデータだけを信頼する者は、アッシュフォード学園での神楽耶の“悪逆皇帝”発言はこのことを予言してのことだったのだと判断した。
 また、ずっとオデュッセウスの離宮に滞在しているリヴァルは、悪友の突然の変わりように慌てたかのように面会を求めた。
 リヴァルの求めに、ルルーシュは皇帝としてではなく、あくまで彼の友人のルルーシュとして、オデュッセウスの離宮の一室で会った。
「おいルルーシュ、おまえ一体何考えてんだよ!」
「リヴァル……。この世は何故こんなにも乱れているんだと思う? 負の連鎖が止まらないからだ。なら世の乱れを()くすにはその負の連鎖を止めればいい。今、世界中の意識が俺に向いている。全ての悪意を俺一人に集中させることができる。そんな中で俺が死ねば、負の連鎖は止まる」
「それって、おまえ、死ぬ気なのか!? わざと誰かの手にかかって死ぬことでそれで……」
 リヴァルはルルーシュの言葉に絶句した。
「俺の手は多くの血に塗れている。その死んでいった人たちに報いるためにも、俺一人の犠牲でこの世界が“優しい世界”になってくれるなら、俺は本望だ」
「ルルーシュ……」
「ブリタニアの今後のことについては、オデュッセウス異母兄上(あにうえ)がいらっしゃるから心配もない。それにシュナイゼル異母兄上もいる。シュナイゼル異母兄上にはギアスをかけた。これであの人が己の野望で動くこともない。まあ、元々は野望などない、本質は虚無の人だけど、ブレーンとしてはこれ以上の存在はないから心配はいらないだろう。
 そして世界の3分の1を支配していたブリタニアが変われば、世界も変わっていく。力で世界を支配する時代ではなくなる。俺で終わりにする。
 リヴァル、おまえだから、俺のたった一人の悪友のおまえだから話したんだ。他にも、協力してくれる人間には話しているが、それ以外ではおまえだけだ。おまえだけには話しておきたかった。こんなバカなことしか考え付かない奴がいたこと、おまえだけでも知っていてくれればいい。そして俺の代わりに、変わっていく世界を見届けてくれ」
「ルルーシュ! なんでだよ、なんでおまえが死ななきゃならない! おまえが変えていけばいいじゃないか!」
「それには俺はあまりにも多くの血を流し過ぎた」
 全てを諦観したかのようなルルーシュの表情に、リヴァルは泣き出しそうな己を自覚したが、泣いては駄目だと己を叱咤した。
「おまえ、間違ってるよ、そんなの駄目だ! おまえ一人が死んだからって、そう簡単におまえの言う負の連鎖が止まるとは思えない。おまえが自分で変えていくべきだ!」
「もう遅い、全ては動き出してる。この離宮にいるおまえの耳には入っていないかもしれないが、世間では俺は“悪逆皇帝”として名が知れ渡っている」
「馬鹿だ、おまえ、馬鹿だよ……」
 耐えていた涙が、リヴァルの頬を伝う。
「すまない。そして今までありがとう、リヴァル。会長にもよろしく伝えてくれ」
 それが、ルルーシュがリヴァルに残した最後の言葉で、それを告げた後、ルルーシュは二度とリヴァルからの面会の要請に応じることはなかった。



 一方、ルルーシュの遣り方に疑問を持ったオデュッセウスは、主だった皇族たちを集め、また、ルルーシュのナイト・オブ・ワンであるジェレミアを呼び出した。そして、言い渋っていたジェレミアからルルーシュの意図を聞き出したのである。
 その計画── ゼロ・レクイエム── のために、己を殺させる“正義”のゼロ役として選んだ枢木スザクを、今はアリエス離宮に留めていることも聞き出した。そして計画の実行までもうさほど時間が無いことも。
 それを知ってからのオデュッセウスたちの動きは早かった。
 捏造されたと思しきデータを洗い出し、ロイドに協力させてウィルスを流して削除させるという方法を取り、また、ルルーシュの友人であり報道人でもあるミレイ・アッシュフォードと繋ぎを取り、電波ジャックの手配を済ませた。
 ルルーシュの計画では、TV中継の中でダモクレス陣営、黒の騎士団の人間たちを処刑するためのパレードを行い、その最中に自分が“ゼロ”によって殺されることになっているから、TV中継をジャックして、その計画そのものをバラしてしまえばいいと考えたのだ。
 幸いなことに、ゼロの正体を収めたかつての斑鳩の4番倉庫での映像も手に入っている。ちなみにそれを手に入れたのは、ダモクレスでシュナイゼルたちを抑えたモニカだった。何の映像か確認した後、その内容に驚き、モニカは悩んだ挙句、ルルーシュではなくオデュッセウスに届け出たのである。それが流されれば、ゼロの正体が他ならぬルルーシュ自身だと知れ、ルルーシュを殺すゼロが偽者であることが知れることとなる。
 皇族の誰もがルルーシュの優秀さを認め、また、彼が誰よりも争いの無い世界を望んでいることを知っている。誰もそんなルルーシュの死を望んではいない。後のことを考えてルルーシュがシュナイゼルにかけたというギアスの件も聞き出したギネヴィアは、ジェレミアに命じてシュナイゼルにキャンセラーをかけさせもした。
 そうしてルルーシュが己を“悪逆皇帝”とするデータを捏造する一方で、それを否定する作戦が、ルルーシュに内密のうちに同時進行のような形で進められていた。



 そして処刑パレードが行われる日がやってきた。
 ルルーシュにしても、ルルーシュが実行しようとしている計画を止めようとしているオデュッセウスたちにしても正念場である。
「オール・ハイル・ルルーシュ」の歓声の中、隊列は進んでいく。
 途中、不意にその隊列の動きが止まった。沿道の観衆がその隊列の先を見れば、そこには不思議な仮面を被り、マントを羽織った人物── ゼロ── が立っていた。
 その人物が隊列目がけて、更にはルルーシュ目がけて走ってくる。
 それと同時に、沿道にある街頭TVがある映像を映し出した。それはモニカが入手してオデュッセウスに手渡した、斑鳩の4番倉庫での黒の騎士団によるゼロ裏切りのシーンを映したものだった。
 思わず椅子から立ち上がったルルーシュが当たりを見回す。それはその映像に気付いて足を止めたゼロも同様だった。
 沿道にいた群衆がざわめき出す。
 そこへオデュッセウスをはじめとした数名の皇族が姿を現した。
異母兄上(あにうえ)……」
「茶番はここらで終わりにしよう、ルルーシュ」
「茶番? 一体何のことです?」
「君が、君と枢木卿がしようとしているゼロ・レクイエムのことだよ」
「「!?」」
「ダモクレス戦以降の急に態度の変わった君の様子がおかしかったのでね、色々と調べさせてもらった。君が作り出した捏造データも処理済みだ。君は“悪逆皇帝”なんかじゃない。君は生きるべきだ。生きてこの世界を、君が望んだようにしなさい。最初に私のところを訪ねてきた時に言っていたような世界に、君自身の手で行いなさい」
「異母兄上の仰る通りだよ。君は自分は血を流しすぎたと、その償いにと思っているのだろうけれど、そう思うのなら尚のこと、君は生きて、死んでいった人たちに報いることができるような世界を創りなさい」
「クレメントの言う通りだよ。クロヴィスやユーフェミアだとて、君が死ぬことを望んでなどいないと思うよ」
「……異母兄上、異母姉上(あねうえ)……」
「そなたは生きるべきじゃ。生きてこそできることもある。それにそなたがシュナイゼルにかけたギアスもすでにキャンセル済みじゃ。そのことを考えれば、そなたがやるしかあるまい?」
 そう告げてギネヴィアは微笑を浮かべた。
「枢木卿も、ルルーシュをユーフェミアの仇と狙うのは止めてもらいたいね。ユーフェミアの仇討ちというなら、それは君が父上にゼロを売って褒賞としてラウンズの地位を得たことで終わっているはずだ。それを忘れて貰っては困るね。そして黒の騎士団に裏切られたゼロの正体がルルーシュであることもあの」クレメントは街頭TVを指さした。「映像で世界中に知れ渡っている。ルルーシュがここにいる以上、君が本物のゼロでないことはすでに周知の事実となってしまっているんだよ」
「僕はっ!」
 思わず仮面を外したゼロ、否、スザクは叫んでいた。
「ルルーシュがユフィを殺した事実は……!」
「けれど君だってたくさんの人を殺してきただろう? その人たちの身内や大切な人からすれば、君も同じ立場、仇と思われ狙われる立場にあるんだよ」
「それは、僕は命令に、ルールに従ってやってきたことで……」
「そのルールがこれから変わろうというんだよ。ほかならぬルルーシュの手によって。もう力が全てではなくなる。弱者は差別されるものではなく、強者によって守られるべき存在になる。いや、もうなりつつある。それを認めなさい」
「ルルーシュ、もう一度言う、君は生きるべきだ。生きて、君がこのブリタニアを、ひいては世界を変えていくべきだ、君の望む世界にするために」
「……俺が、俺なんかが生きていていいと……?」
「さっきからそう言っている」
「異母兄上……」
 ルルーシュの頬を一筋の涙が伝った。
 そんなルルーシュを、ルルーシュの元に上がったオデュッセウスが優しく抱き締めた。
「君が、このブリタニアの皇帝だ。他の誰でもない、君が、この国を変えていくんだ」



 そうして、ルルーシュの計画は潰えた。
 それを涙を流しながら喜んで出迎えたのは、相変わらずオデュッセウスの離宮に留まっていたリヴァルである。ちなみにスザクは、あの後、何処(いずこ)ともなく姿を消した。ルルーシュのいるブリタニアに、ペンドラゴンに留まることをよしとしなかったのかもしれない。
 ルルーシュは彼を理解し支えてくれる異母兄弟姉妹に囲まれて、また、ルルーシュの思いを理解した民衆たちの意思もあり、ブリタニアを新しい国に生まれ変わらせるべく、日々執務に励んでいる。
 ちなみに、敗れたダモクレス陣営の三人に関しては終身刑が言い渡され、またゼロに対する裏切りを行った黒の騎士団の幹部を中心とした日本人たちについては、超合集国連合に引き渡され、最高評議会から処分が言い渡されることになっている。
 ブリタニアは、そして世界は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝の下、変革の時を迎えている。

── The End




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