生徒会室の中に足を踏み入れたジェレミアは、真っ直ぐにルルーシュの元へ歩み寄ると膝を折り、胸に手を当てて最上級の礼をとった。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下、私はかつてアリエス離宮の警備を仰せつかっていたこともあるジェレミア・ゴットバルトと申します。この度、クロヴィス総督閣下殺害容疑者として逮捕致しました名誉ブリタニア人枢木スザクより、犯人としてルルーシュ・ランペルージという名前が出されました。そしてそれはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下の仮の名であると。
そのようなことはあるまいと思いましたが、万が一事実であるならば、まずは殿下のご存命を確認することが先決と思い調べさせましたところ、妹君共々こちらの学園にてお過ごしのことが判明し、こうしてお迎えに上がった次第でございます」
「ルルーシュが皇族?」
「ルル、本当なの?」
「それって、あの“悲劇の皇族”って言われている……」
他の生徒会のメンバーがジェレミアの言葉に反応を返している中、ルルーシュは何も言えず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
ただジェレミアの言葉に出てきた“枢木スザク”という名前に、日本に送られてきた当初、自分たち兄妹がいた枢木神社に、そして当時の首相であった枢木ゲンブに所縁の者であろうことは知れた。当時一度も会ったことはなかったが。そしてそんな存在に、何故自分が此処に、アッシュフォード学園に身分を偽って在籍していることが知られているのか不思議でならなかった。
C.C.と名乗る不老不死の、自らを魔女という、自分にギアスと呼ばれる異能を授けてくれた少女と出会い、カレン・シュタットフェルトこと紅月カレンという存在を知り、彼女が籍を置くテロリストグループ、すなわち扇グループと接触を図ろうとしていた直前だけに、今目の前にやってきたジェレミアの存在は、ショックが大きかった。
母を亡くし、唯一の後見であったアッシュフォード家は爵位を失い、誰の後見もない、ましてや目と足が不自由な妹を持つ身で、ブリタニア本国に、皇室に戻ったところで、自分を待ち受けているのは弱者に対してのものでしかないだろうことは簡単に予想がつく。今度はまた別の国へ人質としてやられるか、よくて飼い殺しの運命だ。それが分かっていてどうして本国へ、皇室へ戻ることなどできるだろうか。
ルルーシュの思いを知っているミレイが、顔色を蒼褪めさせながらも必死に代弁するようにジェレミアに答えた。
「ゴットバルト卿、彼は確かに亡くなられた第11皇子殿下と同じ名前ですし、今は亡きマリアンヌ様にもよく似ていますけれど、ゴットバルト卿が仰られるようなことはありません。彼はルルーシュ・ランペルージという一般庶民です。卿の思い違いです」
「アッシュフォードのご令嬢とお見受けするが」
「は、はい」
「アッシュフォード家はかつてヴィ家の後見をしておられた。そして今、ルーベン氏が後見役となっているランペルージ兄妹ですが、ヴィ家の、亡くなられたマリアンヌ様の遺児と同じ年、同じ名前、加えて妹君は同じく目と足が不自由、そんな方々が、マリアンヌ様と本当に無縁だと仰られるか?」
「そ、それは……、たまたまの偶然です。世の中には自分によく似た人間が三人はいると言いますし」
「言い訳は結構。こちらはきちんと調べ上げた上で、こうしてお迎えに上がったのです。
殿下、とうぞ妹君共々ご帰国あそばされますように申し上げさせていただきます。殿下におかれては、皇室に戻られることに対して不安もおありでしょう。ですがこのジェレミア・ゴットバルトが命に代えましても殿下方をお守り致します。当ゴットバルト家は辺境伯の身分を有しております。かつてのアッシュフォード家程には参りませんが、多少なりともヴィ家の、殿下方の後見としてお力になります」
「ゴットバルト卿……」
尚も言いかけたミレイの肩にルルーシュの手が置かれ、彼女は振り向いた。
「ルルちゃん……」
「もういい、ミレイ」
「ですが」
「ゴットバルト卿」
ルルーシュの呼びかけに、ジェレミアは更に深く頭を下げた。
「どうぞジェレミアとお呼びください」
「……ジェレミア、俺もナナリーも皇室においては弱者にしか分類されない。俺たちにとって、皇室に戻るということはデメリットしかない」
「お言葉ですが、殿下方のことは枢木スザクの口からすでに他の者にも知れております。硬く口止めは致しましたが、何時それが外に漏れるか分かりません。そうなれば殿下方の存在を疎ましく思われる他の皇族方や貴族たちからお命を狙われる可能性もあります。でしたら今のうちに御自ら表に立って、ご自身の才覚を出されるべき時と愚考するものです」
「……」
どちらにしても危険なことに変わりはないのか、とルルーシュは深い溜息を吐いた。
しかし自分の手はすでにクロヴィスの血で汚れている。そんな自分に、果たして皇室に戻る理由は、価値はあるのだろうか。
「どうかルルーシュ殿下、私を信じてくださいませ。必ずや殿下と妹君のナナリー皇女殿下をお守り申し上げます」
どこまでも食い下がるジェレミアに、ついにルルーシュは折れた。
すでに自分たちのことが外に漏れた以上、このままアッシュフォードに居続けるのは、ルーベンやミレイに迷惑をかけるだけに他ならない。今まで世話になってきて、この上更に迷惑をかけることなど、ルルーシュにはできなかった。
「……分かった。そなたの言葉を信じよう」
「ありがたき幸せ。不肖ながらこのジェレミア・ゴットバルト、我が身の全てを殿下に捧げさせていただきます」
「ルルーシュ様」
「今まで、世話になったな、ミレイ」
ルルーシュはそう言って、諦めたような微笑みを浮かべた。
「申し訳ございません、どこまでもルルーシュ様たちをお守りするとお約束しながらこのようなことに……」
「仕方ない。枢木とやらがどうして俺とナナリーが此処にいることを知ったかそれが不思議でならないが、いまさらそれを論じてもどうなることでもない。
分かってしまった以上、戻るしか道はないだろう。幸いにも、ジェレミアがここまで言ってくれているのだし」
「そう、ですね」
ミレイは己を納得させるように頷いてから、ジェレミアに視線を移した。そして深く頭を垂れて告げる。
「ゴットバルト卿、ルルーシュ様たちのこと、くれぐれもよろしくお頼み申し上げます」
「承知」
「ルルーシュ……」
「ルル……」
「ルルーシュ君……」
「皆、今まで黙っていて済まなかった。もう会うこともないと思うが、元気で」
そう言い残して、ルルーシュはまだ彼に対して何か言いたそうなメンバーを残し、ジェレミアたちを引き連れて生徒会室を後にした。
数日後、クロヴィス総督暗殺の犯人として、名誉ブリタニア人枢木スザクが処刑されたとの報道がなされた。
スザクはクロヴィスを殺したのはルルーシュだと言い続けていたが、誰一人としてもそれに耳を貸す者はいなかった。スザクがクロヴィスの暗殺犯として名をあげたルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、妹のナナリーと共にジェレミア・ゴットバルトの護衛を受け、すでにブリタニア本国に向かう機内にある。
スザクはそのようなことを知る由もなく、処刑の日、何故自分がこのような目に合わねばならないのかと、自分はユーフェミアの騎士となるはずで、ルルーシュはテロリストとして処分されるべきだと叫び続け、最期まで醜くあがき続けた。
自分が見た夢は正夢ではなかったのか。自分は真実を告げているのに、何故誰も聞き入れてくれないのか。自分は何を間違ったのかと、自分が正夢と思った夢とは異なる行動を取ったことを忘れて、それゆえに己の運命も変わったのだということに思い至ることもなく、叶えられようことのない理想だけを胸に、無残にも若い命を散らした。
しかしその死に涙する者は誰もいない。スザクには彼の死を悼むような友人は誰もいなかったから。スザク自ら、きっと涙してくれたであろう人物、すなわちルルーシュとナナリーとの友誼を育もうとしなかったのだから。
── The End
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