最後の手紙 【3】




 ペンドラゴンに代わってブリタニアの首都となったヴラニクスは、神の恵みを受けたかのような晴天だった。
 ブリタニア代表の公邸となった、修繕なされたとはいえ、かつての宮殿前の広場とそれに続く沿道は、人で溢れ返っている。そしてどの顔も喜びに満ちていた。
 やがて昼の時報と共に、二階中央のバルコニーにナナリーをはじめとする数人が姿を現した。その両隣りのバルコニーには、世界各国からの来賓たちも姿を現した。
 その様に、人々の喜びは絶頂を迎えたかのように大きな歓声が辺りを包んだ。
 それが一段落付くのを待って、ナナリーは自分の前にあるマイクに向かって大きな声で宣言した。
「今日ここに、合衆国ブリタニアの建国を発表致します。今日からこの国は、かつての皇帝の治める帝国ではなく、国民皆さんのための国、共和主義国家へと生まれ変わったのです」
 花火が打ち上げられ、集まった人々の歓声は最高潮を迎えた。
「今日から暫くの間は私が暫定的に代表を務めますが、一日も早く、国民の皆さんが選んだ、真に代表に相応しい人を迎えることができることを、そしてその人がこの国をよりよく導いていってくれることを願ってやみません」
 ナナリーの続いたその言葉に、歓声はざわめきに取って変わった。
「後日改めて、新たに代表を選ぶための方法その他について広報致しますので、皆さま、よく考えて、本当にこの国のためになる方を選んでください」
 そこまで言うと、ナナリーはバルコニーから下がって部屋に入ってしまった。ナナリーの後ろに控えていた者たちも、ナナリーがマイクに向かっている間はどういうことかと口を挟むことはできずにいたが、部屋の中に入った途端に矢継ぎ早に質問が相次いだ。
「ナナリー、どういうことだ?」
「ナナリー、君が自分で代表になると決めたんじゃなかったのかい?」
「君が代表になるということで全て進めていたのに、急にどうしたんだ?」
 ナナリーは進めていた車椅子を止めて回転させると、質問者たちに向き直った。
「私、分かったんです。私に代表たる資格はないって。気付いたんです、私は何も分かってなかったって。だから私の代表の座はあくまで暫定のものとして、シュナイゼルお異母兄(にい)さま、新たな真の代表者を選ぶための方法を至急考えて発表してください」
「資格がないって、ナナリー、君はルルーシュの意思を継いで……」
 この場にいる者が全てを知っている者だけだということで、ゼロこと枢木スザクはその名を口にした。
「はい、そのつもりでした」
 ゼロの問いかけに、途中でナナリーは頷いた。
「でも私にはそんな資格はなかったんです。だって、私の両手はお兄さまが流した以上の大量の人の血に塗れているんですから」
「ナナリー……」
 ナナリーの言葉に、誰も何も言えなかった。
「それより、来賓としていらしてくださっている他国の代表の方々にも説明しなければなりません」
 ナナリーがそう言って部屋を出ようと車椅子を動かした時、扉が開いて日本代表である皇神楽耶を筆頭に、他国の要人たちが姿を見せた。
「ナナリー、どういうことなの?」
「神楽耶さん。私、自分にはこの国の代表者を名乗る資格がないって、あまりにも遅くなりましたけど、漸く気が付いたんです。だからこれから選挙、でしたか? それを行って、この新たな合衆国ブリタニアの真の代表を選びます。ですから、各国との条約などの取り決めは、暫定代表たる私ではなく、これから選ばれるその方となさっていただくことになります。今回、今日のためにお越しいただいた皆さまにはご迷惑をおかけしてしまいますが、よろしくお願い致します」
 そう言って、ナナリーは車椅子の上で頭を下げた。



 それからおよそ3ヵ月、代表と、上院下院の両国会議員が選ばれ、ナナリーは新しい代表に引き継ぎを行うと、ほんの僅かな身の回りの品と、咲世子が持ってきてくれたルルーシュからの最後の手紙だけを大事そうに持って、見送りも同行も断り、何処にいくと聞かれても誰にも何も答えず、たった一人で代表公邸を後にした。
 ナナリーが向かった先は、ヴラニクス市の外れにある、このブリタニアの中で最も戒律が厳しいと言われているマグダレナ修道院だった。
 兄であるルルーシュは平穏な幸福を願ってくれたが、自分にはその資格もないと、兄ルルーシュと、そして自分のために亡くなってしまった数多(あまた)の人たちの冥福を一生を懸けて祈っていくと決めて、ナナリーは修道院の扉を叩いた。

── The End




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