最後の手紙 【1】




 ナナリーは、その夜、一人で部屋に籠ってシュナイゼルが作成してくれた、明日発表する建国記念宣言書と、自分の国家代表就任演説の草稿に目を通していた。
 そうしているうちに、不意に頬に風を感じた。
 おかしい、窓は全部閉めたはずなのに、とそう思いながら風の来た方を見やると、そこに一人の人物の影があった。
 それが誰なのかは影になっていてよく見えないが、その人物から発される気配には記憶があった。
 人影が一歩一歩、部屋の中へと近付いてくると、部屋の照明でその人物の姿がはっきりと分かるようになった。明らかにメイドと分かるその姿と、何よりも馴染みのある気配に、ナナリーは声をかけた。
「もしかして、咲世子さん、ですか?」
「はい、ナナリー様。お久し振りでございます」
 問いかけに、即座に是の返答が返ってきた。
 その人物、篠崎咲世子は、ナナリーが兄ルルーシュと共にアッシュフォード学園にいた時に身の回りの世話をしてくれていた人だった。
 咲世子は兄ルルーシュがゼロの手にかかってその命を散らした後に姿を消し、その行方は知れなかった。
 その咲世子が訪ねてきてくれたことにナナリーは嬉しさが勝り、彼女が今頃になってどうして、そしてどうやって急にナナリーの元にやってきたのか、不思議に思うこともなく室内に招いた。
「何時までも外にいないで中に入ってください、咲世子さん。お話したいことがたくさんあるんです」
 車椅子で近付いてくるナナリーに、咲世子は室内に足を踏み入れた。
「直ぐにお茶の用意を……」
 言いかけたナナリーを咲世子は制した。
「いえ、直ぐに失礼致しますので結構です」
「咲世子さん?」
「これを……」
 言いながら、咲世子は一通の白い封書をナナリーの前に差し出した。宛先人名も差出人名もない封書を。
「ルルーシュ様から、必要な時が来たらナナリー様にお渡しするようにと言い遣っておりました。本当ならもっと早くに伺うべきだったのかもしれません。ですが本当にお渡しする必要があるのかどうか、悩んでいるうちにとうとう今夜になってしまいました」
「お兄さまから、私に?」
 顔を上げて問いかけてくるナナリーに、咲世子は頷いた。
「はい」
 咲世子の頷きに、ナナリーは咲世子が差し出していた封書に手を伸ばした。
 ナナリーが確かに封書を手にしたことを確認すると、「失礼を」という言葉と共に、いきなりボンッという音がして煙幕がはられた。その様にナナリーが目を丸くしているうちに煙幕は消え、それと同時に咲世子の姿も消えて、窓も元のように閉められていた。後に残ったのは、ナナリーの手の中の白い封書一通のみ。それが今の出来事が夢ではなかったと教えてくれる唯一のものとなった。
 そういえば、以前アッシュフォードにいた頃に、ミレイが「咲世子は忍者なのよ」と言っていたことを思い出した。今のが、その忍者として咲世子が持っている技術の一つなのだろうか、などとナナリーは思った。
 そして手に中に残った封書に意識を戻す。
「必要な時が来たらナナリー様に」と、ルルーシュが言っていたと咲世子は言った。
 必要な時── 明日、新しく合衆国ブリタニアとなる国の代表になる自分。その自分に必要なもの、と考えていいのだろうか。代表としての心得とか、覚えておくべきこととか、と軽くそんなふうに考え、兄の想いを嬉しく思いながら、ナナリーは机の前に戻ってペーパーナイフで封を切って中身を出した。
 ほんの数枚に流麗な筆記体で綴られた文字の数々。
 しかしそこに認められている内容は、ナナリーが考えていたものとは真逆のものだった。



『ナナリーへ』
 書き出しは至ってそっけなかった。
『叶うなら、おまえがこれを一生見ないで済むことを願いながら、今、この手紙を認めている』
「え?」
 とナナリーは思う。
『何故なら、おまえがこの手紙を目にするということは、おまえがおまえ自身の犯した罪に気付くことなく、ブリタニアという国家の代表に就こうとしている時だからだ』
 私の犯した罪? 私が一体何の罪を犯したというの? そう思いながら読み進めていくうちに、ナナリーの顔色は目に見えて蒼褪めていった。





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