かつて、ブリタニアの侵略を受ける前、京都市にある貴船神社は縁結びの神として有名であったが、一方で、全く別の意味で有名でもあった。それは、丑の刻参りである。
京都市内といっても、貴船神社の位置は中心部から離れており、京都駅からは1時間程の距離にあり、山道をのぼっていく形になる、また、昔、遮那王── のちの源義経── がいたとされる鞍馬山も近い。ましてや奥宮ともなれば尚のこと、街の喧騒は遠く、轟々と音を立てて流れる貴船川があり、その川の上流には多くの樹木があり、欅の群生もある。多くの昆虫類なども棲息しており、同じ京都市内、いや、府内とは思えない程である。まるで別世界のように、神社が醸し出しているのだろうか、清浄な空気に包まれている。
そんな場所柄か、ブリタニアによる侵略を受けた際も、幸いにして直接的な被害を蒙るようなことはなかった。ただ、そこにいるべきはずの神職をはじめとする者たちは神社を去り、現在は管理をしている者はいない。そのために、戦争による被害はなかったものの、年月を重ねるごとに荒れてきてはいた。
しかし、誰もいないがゆえに、かつては定められていた拝観時間など無いに等しく、誰もが好きなように訪れることが可能になっている。その目的がなんであれ。
丑時詣、丑参り、丑三参りとも言うが、その丑の刻参りの基本的な方法は、江戸時代に完成している。
一般的な描写としては、白装束を身にまとい、髪を振り乱し、顔に白粉を塗り、頭に五徳(鉄輪)を被ってそこに三本のロウソクを立て、あるいは一本歯の下駄(あるいは高下駄)を履き、胸には鏡を吊るし、神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜、五寸釘で打ち込むというものが用いられる。五徳は三脚になっているので、これを逆さに被り、三本のロウソクを立てるのである。
呪われた相手は、藁人形に釘を打ちつけた部分から発病するとも解説されていた。
小道具については解説によって小差があり、釘は五寸釘であるとか、口に櫛を咥える、腰には護り刀などがある。参詣の刻限も、厳密には「丑のみつどき」── 午前2:00〜2:30── であるとされている。
石燕や北斎の版画を見ても、呪術する女性の傍らに黒牛が描かれているが、七日目の参詣が終わると、黒牛が寝そべっているのに遭遇するはずなのでそれをまたぐと呪いが成就するという説明がある。この黒牛に恐れをなしたりすると、呪詛の効力が失われるともされていた。
これまでに細かい部分が少し変化してきていた。藁人形に呪いたい相手の体の一部── 毛髪、血、皮膚など── や写真、名前を書いた紙を入れる必要があったり、丑の刻参りを行う期間に差があったり、打ち付けた藁人形を抜かれてはいけないと、地方や伝わり方で違いがあり、呪うために自身が鬼になるのではなく、五寸釘を打った藁人形の部位に呪いをかけることができるという噂が広く知られていた。また、丑の刻参りを他人に見られると、参っていた人物に呪いが跳ね返って来ると言われ、目撃者も殺してしまわないとならないと伝えられている。
「丑の刻」も、昼とは同じ場所でありながら「草木も眠る」と形容されるように、その様相の違いから常世へ繋がる時刻と考えられ、平安時代には呪術としての「丑の刻参り」が行われる時間でもあった。また「うしとら」の方角は鬼門をさすが、時刻でいえば「うしとら」は「丑の刻」に該当する。
ちなみに貴船神社には、貴船明神が降臨した「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」に参詣すると、心願成就するという伝承があったので、そこから呪詛場に転じたのだろうと考察されていた。
また、丑の刻参りの原型の一つが「宇治の橋姫」伝説であるが、ここでも貴船神社が関わっている。橋姫は妬む相手を取殺すために鬼神となることを願い、その達成の方法として「三十七日間、宇治川に漬かれ」との示現を受けたのがこの貴船神社なのである。それを記した文献は鎌倉時代後期に書かれ、裏平家物語として知られる屋代本『平家物語』「剣之巻」であるが、これによれば、橋姫はもとは嵯峨天皇の御世の人だったが、鬼となり、妬む相手の縁者を男女とわず殺してえんえんと生き続け、後世の渡辺綱に一条戻橋のところ、名刀髭切で返り討ちに二の腕を切り落とされ、その腕は安倍晴明に封印されたことになっている。その彼女が宇治川に漬かって行った鬼がわりの儀式は次のようなものである。
「長なる髪をば五つに分け、五つの角にぞ造りける。顔には朱を指し、身には丹を塗り、鉄輪を戴きて、三の足には松を燃し、続松(原文ノママ)を拵へて、両方に火をつけて、口にくはへつつ、夜更け人定まりて後、大和大路へ走り出て……」 ── 「宇治の橋姫」より
この「剣の巻」異本ですでに橋姫には「鉄輪」を逆さにかぶり、その三つの足に松明をともすという要素があるが、顔や体を赤色に塗りたくるのであり白装束ではない。室町時代にこれを翻案化した能楽の謡曲「鉄輪」においても、橋姫は赤い衣をつけ、顔に丹を塗るなど赤基調が踏襲され、白装束や藁人形、金槌も用いていはいない。ただし祓う役目の晴明の方は、「茅の人形を人尺に作り、夫婦の名字を内に籠め、(後略)」祈祷を行うのである。よってこれまでに伝わる形での丑の刻参りが行われるようになったのは、この陰陽道の人形祈祷と丑の刻参りが結びついたためという見解があった。
そして今、決意を秘めて、一人の女性が山道を登り、誰もおらず、ゆえに誰に見咎められることもなく、貴船神社へと向かっている。丑の刻参りをするために。
事の発端は、エリア11となったかつての日本に、副総督として赴任してきたブリタニアの第3皇女ユーフェミアが、本来なら決してありえないことなのだが、己が騎士となった枢木スザクを通学させているアッシュフォード学園で開催されている学園祭に、軽い変装をし、僅かなSPを伴っただけで、お忍びで訪れたことに始まる。
そこで、ユーフェミアは己の変装がバレて正体が晒された時、その場で、しかも取材に訪れていたマスコミに命じて全国放送にして、ある政策の発表をした事による。それは“行政特区日本”の設立というものだった。
ユーフェミアにしてみれば、大切な人とまた一緒に過ごしたい、差別されているイレブンたちをどうにかしたい、という純粋な思いからではあったのだろうが、それは誰から望まれたものでもなく、あくまで彼女個人の自己満足であり、きちんと深く考慮されたものではない、あまりにも楽観的、その場限りといってもいいような稚拙な物だった。実際には、ユーフェミアが思い描いていたようなものには決してなりえないことが分かる者には最初から分かっていた。ユーフェミアの、その政策とも言えない政策は、明らかに彼女の理想からのみのものであり、為政者として、はあまりにも無知によるものでしかなかった。
しかも、ユーフェミアはあくまで副総督であり、その上にはエリアの最高責任者たる総督、ユーフェミアの実姉であり第2皇女であるコーネリアがいる。そしてエリアにおける政策の最終決定権と、それを公表する権利を有しているのは総督のみである。にもかかわらず、ユーフェミアはその総督たる実姉のコーネリアにも、コーネリアから教育係としてつけられたダールトン将軍にも何一つ相談することなく、それを唐突に、副総督たる己の名で宣言したのだ。そのような権利は全くないにもかかわらず。
結果、妹であるユーフェミアを溺愛し、甘やかしてきただけのコーネリアは、その違いに気付くことなく、これまでと同様に、一エリアに関わる大きな問題であるにもかかわらず、ただ、皇族が一度マスコミを通して公表してしまったものを撤回するようなことはできないと、無言のうちに肯定し、そして実行に移すべく、何の根回しもしていなかったユーフェミアに変わって、自ら、あるいは部下に命じて、ユーフェミアの政策ともいえぬ愚かな策を実現させるべく動いたのである。ただ、ユーフェミアを傷つけたくないという、総督という公的な立場を無視し、あまりに私的で愚かな考えゆえに。
一方、本国においては、この件に関しては珍しくも何も言ってこなかった。そう、帝国宰相である第2皇子たるシュナイゼルすらも。それは、ユーフェミアがシュナイゼルにだけ、前もって相談していたこともある。その際、シュナイゼルはユーフェミアに告げたのだ、「いい案だ」と。とはいえ、シュナイゼルとユーフェミアではその「いい案」の意味が大きく違うのだが、ユーフェミアは表面の言葉だけをそのまま信じて、何も深く考えることはしなかった。
ユーフェミアの唱えた“行政特区日本”の政策が、いかに絵に描いた餅であるか、そのようなことは、分かる者にはすぐに分かった。それはユーフェミアのこうありたい、という願い、思い、いわば理想から生まれたものであるにすぎず、実態については何も考えられてはいなかった。ユーフェミアは言えば叶うと、深い考えを持ってはいなかった。それはこれまでの、コーネリアのユーフェミアに対する言動があったればこそだったのだが。そしてそのようなことは、ユーフェミアの周囲にいる政庁に務める者たちにはすぐに分かった。しかし皇族の命令であれば従うしかない。コーネリアのこともあって、職員たちはユーフェミアの公表した“行政特区日本”を形にすべく、懸命に努力した。職員たちにとっては気の毒なことに、その努力にユーフェミアが気付いている様子はなかったが。だいたい、ユーフェミアの元に回ってくる書類は、先にダールトンが目を通し、これならば、と認めた僅かな物だけであり、副総督としての行動は、慰問や表彰など、名誉職的なものが多く、為政者として何をしたかといえば、実のところ何もない、と言って差し支えない状態なのだ。それもあって、部下である職員、官僚たちがどれほどの苦労をしているかなど、ユーフェミアの知るところではなかった。為政者としてはそれは明らかに失格であるにもかかわらず、コーネリアがユーフェミアに汚いところは見せまいとしていたこともあり、結果的にユーフェミアが為政者として必要なことを学ぶ機会を奪い続け、ただ理想を追い求めるだけの“お飾り”の存在としていたのだ。
また、もともとユーフェミアの唱えた“行政特区日本”は限られた極一部のみのことであり、そこに入ることができる者も限られてくる。つまり、入れる者と入れなかった者とが生まれることになり、それは新たな差別を生むことに繋がる。決してイレブン、旧日本人のためなどにはならないのだ。しかしユーフェミアはあまりにも簡単に考え、夢見ていた。それに賛同するのは、ほとんどイエスマンと化している彼女の騎士となったスザクくらいのものだ。逆に、副総督として、本来ならば一番先に考えねばならない租界に住むブリタニア人のことを蔑ろにしていると、ブリタニア人の間では評判を落とし続けている。ユーフェミアにとって大切なのは、恋人とも噂されている彼女の騎士であるスザクの同胞たるイレブンだけなのだとまで言われている。ユーフェミアは一体どこの副総督なのか、どこの国の皇女なのかと。そしてそのことに、ユーフェミアもスザクも、何一つ気付いていない。コーネリアですら、ユーフェミアの評判があまりよくないということは耳にしていたが、さすがにそこまでとは知らずにいた。
そしてユーフェミアに「いい案だ」と告げたシュナイゼルだが、もちろんそこには思惑あってのことだ。エリア11は、他のエリアに比べてテロの比率が高い。特に最近は、仮面を被った謎のテロリスト“ゼロ”と彼の率いる黒の騎士団の活動により、総督のコーネリアは苦湯を飲まされてばかりだ。しかも、彼らは単にテロを起こしているだけではなく、本当であればブリタニアの警察機構がなすべきこと、たとえば、麻薬であるリフレインの摘発なども行い、総督をはじめとする政庁の面目を潰しまくっているのだ。シュナイゼルは彼らをはじめとしたエリア11内のテロリストを殲滅、あるいはそこまでいかずとも、力を削いでおきたいとの考えがあり、それだけをとっても、ユーフェミアの唱えた“行政特区日本”の存在価値を認めることができた。だからシュナイゼルにとっては「いい案」なのだ。加えて、皇位継承争いのことを考えれば、リ家のコーネリアは間違いなくシュナイゼルにとって政敵であり、その総督であるコーネリアを無視しての“行政特区日本”は、副総督であるユーフェミアが総督に諮ることなく公表したというただそれだけをとっても、十分に二人を、特にエリアの最高責任者であるコーネリアを追い落とすまたとない口実となる。仮にテロリストたちが誰一人参加することがなかったとしても、シュナイゼルにとっては十分に価値がある公表なのだ。ゆえに、シュナイゼルは本国において、このユーフェミアのなした件について何も言わなかったし、他の誰かに口出しさせるようなこともしなかった。たとえ心の内ではどう思っていようとも。
実際のところ、どのような経緯の元、ユーフェミアがそのような宣言を行ったのかなど、彼女には全く関係のないことであった。ただ、ユーフェミアが行った宣言が原因であり、それによって彼女は絶望の淵に追い落とされた、それが事実であり、彼女にとってはそれだけで、今回の事を起こすに至った理由としては十分だった。
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