愛しさと切なさと 【1】




 数多(あまた)いる母の違う兄弟姉妹の中で、ただ一人だけ、愛しいと思える者がいた。
 誰も彼も自分の身分、立場を鼻にかけ態度だけはでかい皇族と違い、母が庶民出から騎士候となり、遂には皇妃にまで上り詰めたマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの長子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 その母が庶民出という生まれからか、生まれ持った聡明さを隠してひっそりと母と妹だけの世界で生きていた異母弟(おとうと)
 幼いながらにチェスでクロヴィスを打ち負かし続け、年齢に見合わない書物を読み漁る聡明さに愛しさを感じ、同時に、それを周囲の他の皇族たちに隠している姿に切なさを感じていた。
 その異母弟── ルルーシュ── が成長したら、何時か自分の片腕に欲しいと思っていた。
 だがそれは望みだけで儚く散った。
 後に“アリエスの悲劇”と呼ばれる、テロリストによるアリエス離宮の襲撃事件で母であるマリアンヌ皇妃を失い── 他皇妃による暗殺というもっぱらの噂があるが── 妹のナナリーは両足に傷を受けて麻痺して動けなくなり、事件を目撃したショックから精神的に盲目となってしまった。それだけならまだどうにでもしようがあったが、父である皇帝は、親善という名の留学を名目に、人質として幼い二人を、すでに緊張関係にある日本に送り出してしまったのだ。
 その時にはまだ力の足りなかった私は、せめて二人の無事の確保をと、密かに手の者を日本に差し向け、逐一報告させた。二人、特にルルーシュに命の危険がない限りは決して手を出すことなく、ただ見守っていてくれるようにと指示をして。
 最初の報告は目を疑うものだった。親善のための留学が表向きのものとはいえ、仮にもブリタニアの皇族を古い土蔵に住まわせるとは何事かと思った。しかしやがて友人もできたらしく、慎ましくはあるがそれなりに楽しい日々を過ごしているようだとの報告に安堵していた。
 だが、それはやはり束の間の事だった。
 皇帝は二人の子供がいるにもかかわらず、日本に宣戦布告し、開戦したのだ。
 二人がいる処は、幸い攻撃目標になるようなものはなく、その点の無事は安心していた。しかし、逆にブリタニア人ということで周囲の日本人から殺されるようなことになりはしないかと不安にもなった。実際、開戦前の緊迫した状況の中で、ルルーシュは周囲の子供、果ては大人にまで苛められ、時に暴力を振るわれていたという。保護をすべきか否か悩んでいるうちに、徹底抗戦派である首相の枢木ゲンブが自決し、ほどなく終戦を迎えた。
 無事に戦争を生き延びたものの、二人の心はどうなっているだろう。
 自分たちがいることを知りながら開戦した皇帝を、母国であるブリタニアをどんなに憎み恨んでいることだろう。
 終戦間もなく、手の者が伝えてきたのはルルーシュの決意だった。
 ブリタニアをぶっ壊す、との。
 さもありなん。ブリタニアが今のままである限り、ルルーシュたちは弱者に過ぎず、弱肉強食を国是としているブリタニアでは、彼らは生きてはいけない。叶うならそのまま日本、否、ブリタニアの植民地となったエリア11でひっそりと暮らしていくのがいいのだろうと判断した。
 幸いなことに、マリアンヌ皇妃の後見をしていたアッシュフォード家が二人を庇護したと知り安堵したが、アッシュフォード家がいつまで二人を庇護し続けてくれるか疑問がある。当主であるルーベンはこの上もない忠義者ゆえに信頼できるが、その息子夫婦や一族は、何よりもアッシュフォードの復権を望んでいるだろう。そのために二人を利用しないとは限らない。
 当面、ルーベンがアッシュフォードの当主として力を持っている限りは、そのまま見守り続けるように指示をして、時折届く報告に一喜一憂した。
 しかし、遂に時は動いた。
 賭けチェスなどに手を出していたルルーシュがある日行方不明になったとの知らせが届いた。
 トレーラーの起こした事故に巻き込まれ、しかもそのトレーラーはテロリストのもので軍に追われていたらしく、地下に潜って行方を絶ったというのだ。
 そしてエリア11の総督である第3皇子クロヴィスによるシンジュクゲットー掃討作戦という馬鹿げた指示に、ルルーシュが巻き込まれるのではないかと逐次入る情報にいたたまれなかった。
 しかしほどなくクロヴィス自らの命令で作戦は終了し、やがて届いたそのクロヴィスの訃報。
 確かにクロヴィスもまた異母弟の一人ではあるが、どうでもいい。問題はルルーシュだ。
 ルルーシュが生活拠点であるアッシュフォード学園のクラブハウスに戻ったとの知らせには安心したが、ルルーシュに接触したという少女に不安が(よぎ)った。
 その少女は、記憶に間違いがなければ、かつて皇帝や亡きマリアンヌ皇妃の元に出入りしていた少女だ。しかし、幾年もの年月が経っているというのに少女の面影には全く変わりがない。
 そこで気付いた。
 ブリタニア建国の伝説に出てくる不老不死の魔女、彼女がそうではないのかと。
 その少女が彼の魔女と同一人物であるのなら、一体何故、何の目的でルルーシュに近付いたのか。そしてまたルルーシュに何をしたのか。気にならない方がおかしい。
 その少女、否、魔女が何をしたのかはともかく、ルルーシュが行動に出た。
 仮面のテロリスト── ゼロ── として、遂にブリタニアに牙を剥いたのだ。幼き日の誓いを忘れてはいなかったのだ。皇帝への、ブリタニアへの憎しみを()くしてはいなかったのだ。
 クロヴィス殺害容疑者である名誉ブリタニア人枢木スザク── かつての友人── を救い出し、カワグチ湖での日本解放戦線によるホテルジャックの人質解放に手を貸したゼロ── ルルーシュ── は、自ら()ち上げた黒の騎士団と共に、その後も正義の名の元に、不正を行うブリタニア人を処断していった。
 その手腕は、“ブリタニアの魔女”の異名を取る第2皇女であり、クロヴィスの後任のエリア11総督であるコーネリアをも手古摺らせるものだった。
 ゼロたるルルーシュにとって唯一の例外事項は、私直轄の特別派遣嚮導技術部、通称“特派”の有する唯一の第7世代KMFランスロットだった。
 しかもそのランスロットのデヴァサーは、ゼロが自ら救い出した旧友の枢木スザク!
 それを知った際のルルーシュの絶望はいかばかりか。
 しかし事はそれだけでは済まなかった。
 エリア11副総督のユーフェミア── 総督であるコーネリアの溺愛する実妹── は、事ともあろうにその名誉ブリタニア人を自分の選任騎士として任命したのだ。彼が私直轄の特派に属する者、つまり私の部下になるということを知らぬかのように。
 しかもその枢木スザクは、主たる皇女の傍にはおらず、選任騎士に任命されながらもアッシュフォード学園に通い続けるという無知。そしてそれを許すユーフェミアの無知。
 アッシュフォード学園に通うユーフェミアの選任騎士枢木スザクは、生徒会に入り、そこで如何にユーフェミアが素晴らしいか、如何にゼロが間違っているかを日毎繰り返しているという。
 何という無知、何という無恥。
 自分を救ってくれた者を貶め、ただのお飾りに過ぎない、何もできない、何も知らない、理想だけで綺麗な物しか知らないユーフェミアを、女神の如く褒めちぎっているという。
 ああ、なんと愚かな騎士であることか。そんな者を騎士に任命したユーフェミアのなんと愚かであることか。
 これもまた似た者同士、似た者主従とでも言ったらいいのだろうか。主もそれに仕える騎士も、互いに何も知らず、気付かず、その立場に相応しい振る舞いというものを何もしようとしていない。学ぼうともしていない。何もできていない。ゆえに、私は自分の部下にあたる彼を、ユーフェミアが己の騎士としたことを無視してやった。思えばそれが大きな過ちだったと、それに思い至ったのは随分と後になってのことだったのだが。





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