神聖ブリタニア帝国は神聖不可侵の皇帝を頂点に戴く絶対主義の専制君主制国家。国の在り方を変えられるのは皇帝のみ。他の者は何をもってしても変える手段などないのだ。せいぜい、その考えに影響を与え、一考を促すのがせいぜい。それとて、皇帝に近くなければできることではない。彼は絶対君主制という国家の意味を何も理解していない。騎士という意義についてもそうだが、本当に何も分かっていないし、理解しようとすらしていない。それは彼が仕えるユーフェミアもまた、姉である“ブリタニアの魔女”と異名をとる第2皇女コーネリアの溺愛によって守られ、皇室の闇を知らぬ、皇族としての立場も意義も何も知らぬ、理解しいない、皇族の中では異色な存在であり、所詮はお飾りの副総督に過ぎないことも影響しているのだろう。
そしてもう一つ。ユーフェミアだけが彼を認めてくれたと言う。ならば俺たち兄妹の存在は、彼が学園に編入してきて以来、俺がしてきたことは何だったというのか。彼を受け入れた生徒会のメンバーはどうなのだ。俺は、そして生徒会のメンバーは彼を認めていないというのか。わざわざ“認める”と口にしなければ認めたことにはならないとでも言うのか。彼の存在を受け入れる、彼に対して言葉ではなく行動で示すだけでは、それは彼を認めたことにはならないとでも言うのか。もしも彼が本当にそう思っているのだとしたら、いや、ユーフェミアだけが認めてくれたと言っている時点で、彼の中では無意識にでもそういう判断になっているのだろう。だとしたら、それは俺たちに対する裏切りだ。彼がどう思っていようと、彼がユーフェミアだけ、と言い続けている以上、たとえ直接的な言葉にはしていなくても、彼を認め受け入れた俺やナナリー、そして生徒会のメンバーを否定していることになるのだから。
彼は皇女の騎士となった後も、特派に所属し続けるだけではなく、皇女がいいと言ってくれているからと、学園を辞めることなく通学し続けている。出席に限って言えば少なくはなったが。主がいいと言っているからといって、主の傍にいないで、傍を離れて学園に通い続ける。これもまた、主が主ならその騎士も騎士と、互いに主と騎士という存在をきちんと理解していないと、周囲から嘲笑を受けていることに気付いていないのだろうか。
やがて己の騎士が通っている学園で行われる行事ということで、ユーフェミアは秘かに学園祭の最中の学園を訪れ、そこで俺たち兄妹は再会してしまった。俺だけに関していえば、ゼロとして、すでに神根島で再会し、ゼロの正体が俺であることを知られてしまっていたが、それでもまだ、俺が何処にいるかは知られていなかったのだが。そのためだろう、それ以前からそれなりの考えは持っていたようだが、簡単な変装して訪れていた彼女の正体が周囲に知れた後、ユーフェミアは副総督として己の名で宣言したのだ、“行政特区日本”の設立を。国是に反する物を。
“日本”、そして“日本人”という名を取り戻せる、それだけで、ユーフェミアに傾倒しきって、彼女の無知に、無智に気付くことなくただひたすらに褒め称えることしかしていない彼は、ユーフェミアが唱えたその特区政策についても、宣言した本人自身も分かっていないのだろうが、その政策の持つ穴に何一つ気付くことなく、諸手をあげて賛同し、素晴らしいことだと追従し、俺たち兄妹に対しても、俺たちのことを知っているなら、理解しているなら決してそのようなことを言えるはずがないのに、忘れたように、関係ないというように、俺に、俺たち兄妹に特区への参加をしつこく促してくる。参加するのが当然だというように。それこそが正しいというように。それがより一層俺たち兄妹に対する危険性を増やすことになるなど考えもせずに。
結果、特区の記念式典において、ユーフェミアは突如、そこに参加するために来ていた日本人たちに対する虐殺を始め、兵士たちにもそれを促し、大勢の日本人の命を奪った。そうなってしまったのは、彼女に招かれて訪れていたゼロである俺が、俺の持つ“絶対遵守”という力の暴走によって、俺の意思に反してかけてしまった、「日本人を殺せ」という言葉によるもののためであり、それを解く方法がない中、彼女の行動を止めるために、俺は彼女を、母を異にするとはいえ、俺にとっては妹である彼女を撃った。他に方法があるならそんなことはしたくなかった。だがそれしかなかったのだ。とはいえ、彼女の傍に彼女を守るべき者がいたなら、そんなことはできなかっただろうが、彼女の傍には誰もおらず、俺は簡単にそれを為しえてしまった。 その特区会場での虐殺事件をきっかけとして始まった、イレブンの、否、日本人によるブリタニアに対する一斉蜂起、ブラック・リベリオン。
その最中、妹のナナリーが浚われたことを知った俺は、俺にとって最優先の大切な愛しい、何よりも守るべき存在であるナナリーを救うべく戦線を離脱した。そして導かれるままに訪れたのは、先に何者かの誘導によってだろう、訪れていたことのある神根島だった。その中に、俺の力と、その元とも言えるものに関係すると思われる意匠を施された、壁を思わせる程の大きな扉があった。それは一目見ただけではそうとは分からないが、何かの遺跡のようだった。そしてその扉の先に、ナナリーがいるのが分かったが、そこに入ることはできなかった。何故なら彼が俺の前に現れ、俺の行動を止めたから。
そして誰かに教えられたのだろう、その教えた者にとって都合のよい部分だけを。そしてそれを全てと信じ、彼はユーフェミアを撃った俺を仇として追ってきたのだ。実際、あの時にどのような経緯があってそうなったのか、真実を知らぬまま、彼は俺の存在を否定し、俺を捕え、俺が誰よりも憎んでやまない存在であるブリタニア皇帝シャルルに売ったのだ、己の出世と引き換えに。
その後、俺は、俺にギアスを与えたコード保持者であるC.C.を釣りだすための餌として、皇帝シャルルによって記憶を改竄されてエリア11に、アッシュフォード学園に戻された。一般庶民として、そして皇帝直属の機密情報局による24時間体制の監視下、俺に対する檻となった学園に。
しかも記憶を改竄されたのは俺だけではなかった。俺の傍には、ナナリーの代わりに、監視者として“弟”のロロが配された。そのことを隠すために学園の生徒や教師、職員はほとんど入れ替わり、残ったのは生徒会のメンバーくらい。その生徒会のメンバーに対しても記憶の改竄がされていたのだ。特に俺たち兄妹のことを知っていた生徒会長とその家族、一族であるアッシュフォード家の者に対して。そしてもちろん、彼はそれを知っていた。いや、むしろ積極的に協力したのだろう。ユーフェミアの仇であるゼロという俺の存在のためだったのだから。
一年ほどして、俺を取り戻すべく動いた黒の騎士団の残党の手を使い、C.C.の力によって俺は全てを思い出し、ゼロとして復活した。何よりもまずは囚われている黒の騎士団のメンバーを救い出すために。力量が足りなかったと言われればその点に間違いはないが、その一因に、俺が戦線離脱をしたことが影響したのは間違いのない事実であったから。
そうして復活したゼロが記憶を取り戻した俺ではないか、それを確認するために、俺を売って、ブリタニアでは臣下としては最高位の皇帝の騎士たるナイト・オブ・ラウンズの一人、セブンとなっていた彼が学園に復学してきた。俺だけならばともかく、かつて彼を受け入れた生徒会のメンバーに対しても記憶改竄を行った側にいる。つまり加害者であるということを知らぬ気に涼しい顔をして。いや、実際、彼にはそのような意識はなかったのかもしれない。ただ俺の妹であるナナリーの存在を隠し、そこにロロという弟を配した、それだけで。そう、きっと彼らに対しての罪の意識など欠片もなかっただろう。そのような罪を犯しているという意識もなかったに違いない。何故なら彼にはルールに則るのが正しい方法であり、現状を定めたのは皇帝だったのだから。そして何よりも、俺は彼にとって大切な主である「ユフィの仇」だったから。
その上、彼は「自分が守る」と言ったナナリーを利用した。俺の記憶が戻っているかどうかを確認するために、エリア11に総督として新たに赴任してくるというナナリーを利用したのだ。ナナリーに対しても嘘をついて。いや、今この時も嘘をつき続けて。
思うに、戦後まもなく別れた時点で切れていたのだ、俺たちの、友人、幼馴染という関係の糸は。思い出だけを残して。でなければ、俺の言葉を聞いていた彼が、名誉に、軍人になっているはずなどなかったのだから。
けれどその思い出ゆえに、再会した時、俺はその糸が切れていることに気付かなかった。それは彼も同じだったのだろう。
しかしその後の彼の行動により、それは細くなり続けていき、彼が皇女であるユーフェミアの騎士となった時、残っていると思っていたその仮初めの糸も切れたのだ。ただ、俺たち自身が、いや、俺が、彼が俺にとって初めてできた友人ということからそれを認めたくなかっただけで。そしてそれは、彼が俺を皇帝に売ったことで確実なものとなった。
それでも、少なくともナナリーに対する彼の思いはまだ残っているはずと、俺自身のことはともかく、それに賭けて第2次トウキョウ決戦の前、俺は彼を呼び出し、ナナリーを守ってくれと土下座をしてまで頼んだ。だがそれも彼にとっては俺を捕えるためのもので、彼にとっての俺はもうユーフェミアの仇である憎きテロリストのゼロ、それ以外の何者でもなかったのだ。
彼が名誉の軍人となっていたことで、再会した時にそうだと理解すべきだったのだ、俺たちの友人という名の糸は切れていたのだと。そのことに、情に流された部分もあったのだろう、気付かずに関係を持ち続けたことが誤りだった。完全に俺の認識に対する甘さが原因だった。俺たちに対する彼の理解が得られていなかった以上── といっても、彼が俺たちの置かれた立場について、きちんと理解していないのだと分かったのは随分と後だったわけだが── 、他ならぬ俺自身が、過去の思い出に浸らず、もっと自分たちの立場を考慮して行動するべきだった。俺たちの間にあるのは過去の思い出だけで、もう互いに何の関係もない存在だと認識すべきだったのだ。
そう、再会する前に、互いの生存を知る前に、俺たちの間にあった糸は、彼がブリタニアニ属した時に、彼はそうと意識していなくても、他ならぬ彼自身によって、すでに切られていたのだから。
── The End
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