切れた糸 【1】




 それは自分から切ったのか、それとも切られたのか……。



 戦後間もなく別れてから、ずっと互いに消息不明で、無事に生きているのか、生きているとしたらどうしているのか、何も知らなかった。
 だから七年近くもの時を経て初めて再会した時は、互いに生きていたこと、彼が俺のことを忘れていなかったことの方に嬉しさが勝っていた。そしてまた、彼の上官から俺を殺せと言われたのにもかかわらず、俺を撃つことはできないと、そして逆に彼が撃たれたことの衝撃が大きく、そして悲しかった、彼が死んでしまったと思って。
 だがその時は、自分が生き延び、テロリストが奪った毒ガスが入っていると言われていたポッドから救い出した少女を連れて逃げることを優先した。
 その後、彼が無事に助かっていたことが分かったが、それは彼を、俺が殺したこのエリア11総督の任にある第3皇子クロヴィスの殺害犯人── 正確にはその時はまだ、容疑者、と言ったほうが正確だったのだろうが── としてのTVでの放映によるものだった。
 何故彼が殺人犯に仕立てられたのか、それははっきりとは分からない。そう、彼は間違いなく仕立てられたのだ。どうしてそう言い切れるかといえば、その頃、彼は結局助かってはいたが、俺を助けて撃たれたことにより、少なくとも負傷していたのだから、クロヴィスの殺害など行える状況にはなかったであろうから。
 だから彼を犯人として捕らえた者の意思によって、仕立てられたのだと思った。その仕立てた奴は純血派。ならば名誉ブリタニア人である彼の存在など、どうでもよかったはずで、そこには他の名誉やイレブンに対する見せしめという意味合いもあったのだろう。実際に彼が犯人かどうかなど関係なく、まず先に犯人が必要だということがあり、そこに上官の命令に逆らった彼が選ばれたのだろうと推測できた。
 彼が連行されている途中、俺は仮面を被り、“ゼロ”と名乗って毒ガスと言われていたポッドを盗み出したテロリストグループの、一部の者ではあったが、力を借りて、彼を救い出した。自分こそがクロヴィスを殺した者であるとして。
 そして彼に対して手を差し伸べた。自分の手を取り、共にブリタニアに対して行動しようと。しかし彼はその手を取ることはなく、ルールに則ると、それが正しい方法だからと、俺の前から去っていった。
 正しい方法? 一体どこをどうしたらそんな言葉が出てくるというのか。明らかに無罪である彼を、クロヴィス殺害の犯人として仕立て上げたような奴らのどこに、彼の言う正しさがあるというのか。彼の思考が理解できない。
 振り返って考えてみれば、その時に、いや、彼が撃たれた最初に再会した時点で、俺を助けようとしてくれたとはいえ、すでにそれは切れていたのだろうと今は思える。確かに彼は俺のことを覚えてくれていたし、助けてもくれた。だが、彼は戦後別れる前に俺が告げた言葉を忘れたかのように、知らぬかのように、名誉となり、果ては軍人となって、ブリタニアに属する走狗となっていたのだから。
 そう、俺は戦後間もなく、彼にだけ聞こえる状況ではっきりと言ったのだ。「ブリタニアをぶっ壊す!」と。
 詳細までは知らせていなかった。だが大凡のことは、俺の気持ちも含めて話していたし、はっきりと、とまではいかずとも、俺たち兄妹が彼の家に預けられた理由は、幼くとも多少なりとも理解していたはずだ。だから俺が母国であるブリタニアを、実父たる皇帝シャルルを、そして他の皇族や貴族たちを、どの程度とかは分からずとも、憎んでやまずにいることは知っていたはずなのだ。
 なのに彼は自らの意思で名誉ブリタニア人となり、果ては軍人となって、同胞たるイレブンと呼ばれるようになった日本人を殺す側に身を置いたのだ。彼には彼なりの考えがあってのことだろうが、仮にも日本最後の首相の息子がとる行動だろうか。普通に考えれば、彼こそ、ブリタニアの植民地、エリア11となった日本を取り返すべく行動する立場に身を置くはずではないのか。だが実際に彼がしたのはその真逆の行動。どのような考えからその道を選んだのかは分からずとも、他のイレブンからすれば、それ以外の名誉となった誰よりも、彼は日本人の裏切り者としか見えない立場となったのだ。他の名誉となった者たちに対しては、多少は生きていくための手段としてその道を選んだのだろうと── 必ずしも全てがそうとは限らずとも── 汲んでやることもできただろうが、彼のことを知っている者は、たとえ彼自身の考えがどうあれ、そうとしか受け止めなかったはず、できなかったはず。そしてそれは同時に、俺たち兄妹に対しての裏切りにも他ならなかった。かつて俺たちを守ると言ってくれていた彼だったが、彼のとった行動により、現状により、もう彼が俺たちを守ることはないのだと知れる。彼にはそこまでの考えはなかったかもしれないが、そうとしか考えられないのだ。ブリタニアという国が、そこに属する者、ましてや軍人が、俺たち兄妹の本来の立場を考えれば、俺たちを守ることなどありえないのだから。
 彼がゼロとして彼の前に立って差し伸べた手を振り払って去って行った時、これで俺たちの関係は終わった、もう二度と会うことはないのだろうと思った。少なくとも、個人のプライベートレベルでは。
 なのに彼はどういった経緯があったのか知らないが、クロヴィス亡きあと、総督となった姉のコーネリアと共に副総督としてやってきた第3皇女ユーフェミアの知己を得、彼女の口利きで、俺たち兄妹のいるアッシュフォード学園に、しかも俺のクラスに編入してきたのだ。皇族の“お願い”という名の、アッシュフォード家には決して逆らえない“命令”によって。それをしたユーフェミア自身は本当にただの“お願い”でしかないと軽く考えているのだろうが、実際には皇族が発する言葉は“命令”以外の何物でもなく、それに逆らえる臣民はまず存在しない。
 それでもその頃は、まだ名誉の軍人というだけだからよかったのだ。
 ただ、その時すでに彼は俺たち兄妹に嘘をついていたのだが。とはいえ、それは俺たちに心配をかけたくなかったから、と良心的に解釈することも可能で、そうであれば、それを責めることはできない。その分、真実を知ることとなった時の衝撃は計り知れなかったが。
 考えてみれば即座に分かったはずのことだったのだ。少なくとも、名誉の軍人が前線に出ない技術部所属などということはありえないということが。ブリタニアニとって名誉は使い捨ての駒でしかなかったのだから、そのような使い方はないのだということに気付くべきだった。とはいえ、技術部所属、ということに限れば必ずしも嘘ではなかったわけだが。それが宰相である第2皇子直轄の、新世代KMF開発のための“特別派遣嚮同技術部(・・・)”、通称“特派”であり、彼がそこで開発された新世代KMFのデヴァイサーだったというだけで。
 それはともかく、彼は名誉の、しかも更には軍人の中において、皇女の目に止まったがために自分一人だけが特例的に学園に通うことができるようになったとは思ってもいない。たとえ今は自分だけであっても、いずれは他の名誉も同様になると、そう楽観的に考えていたのだろう。そうでなければ、彼のその後の発言はありえないことばかりだったのだから。
 学園に編入してきたばかりの頃の彼は、名誉ということで、他の生徒たちからの陰湿な苛めにあっていた。そしてそれを教師たちは見て見ぬふりをする。いくら皇族の口利きによる編入と分かっていても、いや、だからこそ、その点を除けば、彼が名誉であることに変わりはなく、学園の中では異質な存在で、生徒たちの反応は当然のことであり、だから教師たちは何もしなかったのだ。皇族の口利きという特別扱いだからこそ、己たちが何もできない分、生徒たちの彼に対する苛めに対して、何の手段も講じなかった。
 それをどうにかしたのは俺の言葉だったといっていいのだろう。彼は俺、つまり生徒会副会長であるルルーシュ・ランペルージの“友人”、“幼馴染”と口にし、どこも彼を受け入れることがなかったことから、俺は彼を生徒会に引っ張り込んだ。そしてそれにより、周囲の彼に対する視線は変わり、少なくとも直接的な苛めはなくなったのだから。影で色々言われ続けていることまではどうしようもなかったが。
 そしてやがて分かった、彼が隠していた事実。
 彼はゼロとしての俺が率いるテロ組織、“黒の騎士団”の最大の難敵、現行唯一の第7世代KMF、組織が“白兜”と呼ぶもののデヴァイサーだったのだ。つまり俺は俺たちにとって最大の敵を救い出してしまったということだ。これ以上笑えることがあるだろうか。
 それが公になったことをきっかけに、彼は第3皇女ユーフェミアの指名を受けて、彼女の選任騎士となった。俺たち兄妹の出自、立場を知りながら、皇族の騎士となった。彼はかつて幼い頃に言っていた俺たち兄妹を守るとの誓いを破った。もう彼が俺たち兄妹を守ることはないのだ。もし彼がそれを望んだとしても、周囲がそれを許すことはない。騎士が守るのはその主のみであるのだから、その主以外の存在を守ることなど、決して許されることではない。彼がそのことに気付いているかどうかはしれないが、たとえ彼に俺たち兄妹を守る意思が残っていたとしても、彼はそれを自分から捨てたのだ、たとえそうと知らなかったとしても。それだけではない。彼は皇女の騎士となったことで、俺たち兄妹を守ることを捨てた以上に、俺たち兄妹に対する危険を増大させた。そのことには本当に全く気付いていないようだったが。
 彼はユーフェミアの騎士となった後も尚、特派に所属し続け、白兜のデヴァイサーであり続けた。それはつまり、皇女の騎士でありながら、同時に特派を直轄支配するシュナイゼルの部下でもあり続けるということで、それが何を意味するかと言えば、簡単なことだ。彼は第2皇子シュナイゼルの部下であり、同時に第3皇女ユーフェミアの騎士という、二人の皇族に使える立場という、本来のブリタニアでは許されざることをしていたのだ。もっとも本人はそのことに全く気付いておらず、そしてまた疑問にも思っていなかったようだが。
 その、彼が何も理解していないということは、彼が皇女の騎士になって以降も、学園に通い続け、更に生徒会に顔を出しては毎回毎回繰り返して出される彼のご高説からも明らかだ。
 通学し続けていることはもちろんだが、来る度に彼は言う。ゼロは間違っている。テロなんていう間違ったことはやめて、警察なり軍に入るなりして中から変えていくべきだ、それが正しいと。
 警察や軍に入る、ブリタニアに属するということは、今はイレブンと呼ばれているとはいえ、本来の日本人であるということを捨てるということだ。そんなことができる者ばかりではないというのに。皆、たとえイレブンと呼ばれ、ブリタニア人から被支配民族として差別を受けても、それでも日本人であることを捨てることができるとは限らないし、仮に名誉となったとしても、必ずしも警察や軍に入れるわけでもない。人には適性というものがあるのだから。ましてや警察や軍に入るということは、ブリタニアの使い捨ての駒になるということだ。ある意味、イレブンのままでいること以上に危険極まりない、酷い扱いをされることになる。そしてそれ以上に、名誉となりブリタニアの中に入っても、何も変えることなどできはしないというのに、そんな簡単なことにも気付かず、彼は自分がそうだからと、彼自身の立場は特例中の特例なのだということに何も気付かずに己の考えだけが正しいと繰り返し言い続ける。





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