命の担い手 【1】




 辛うじて追っ手を撒いた蜃気楼は、式根島の一角にその機体を停めていた。
 コクピットでは、ロロが血の気の引いた真っ蒼な顔色をして、呼吸も浅く、予断を許さない状態だった。こんな状態になってまで自分を逃がしてくれたロロに、ルルーシュはかつての利用してやると思っていたことなど忘れたかのように、その身を案じていた。自分が助かっても、自分を助けたロロが死んでは何にもならないと思う。二人で助かることにこそ意味があると思う。
「ロロ、大丈夫か、ロロ……」
 心配そうにそう声をかける。今のルルーシュには、それしかできなかった。
「……大……丈夫、だよ……兄さん……」
「おまえは何も喋るな、大人しくしているんだ。少しでも負担をかけない方がいい」
「……うん……」
 頷いて、大人しくしているロロの額に浮かぶ汗をハンカチで拭ってやる。そのくらいのことしかできないのが恨めしかった。
 ロロを休ませていた間に、ルルーシュは式根島に滞在していたブリタニアの兵士たちにギアスをかけ、神根島に向かわせ、神根島にいたブリタニア軍たちと同士打ちをさせいた。
 クーデターかと慌てるブリタニア軍。
 やがてKMF同士の戦いも落ち着いてきた頃、大人しくしていたのが効いたのか、呼吸も安定してきたロロを連れて、ルルーシュは蜃気楼で神根島を目指した。
 機密情報局から与えられた、監視役という名の血の繋がらない偽りの弟。しかし今はそんなことはどうでもいい。たとえ血は繋がらなくとも、ロロは間違いなく自分の弟だと言える。言い切れる。
 神根島に着いてから、ロロの顔色も多少なりともよくなってきたのを見計らって、ルルーシュは蜃気楼のコクピットを後にしようとした。それに気付いて上半身だけを起こしたロロが声をかける。
「兄さん、何処に行くの?」
 隠しごとはできないと判断し、ルルーシュはロロの元に戻ると話をした。
「ブリタニア皇帝との決着をつけてくる」
「ブリタニア皇帝って……、あの人はコードで不老不死になってるんだよ。一体どうやって決着をつけるって……」
「不老不死になっているのはもちろん分かっている。でもきっと何か方法があるはずだ。それに、とにかくあの男が何を考えているのかは分からないが、はっきりしているのはあいつをこのままにしておくことだけはできないということだ」
「兄さん!」
 取りすがるロロの両腕を、そっと自分の躰から外す。
「きっと、どんなことをしてもおまえの所へ戻ってくるから」
 そう告げて、ルルーシュは遺跡の中へと入っていった。
 だいぶ落ち着いてきたとはいえ、未だ体力は回復しておらず、ロロはルルーシュの後を追えない自分の躰が恨めしくて仕方ない。あともう少しなのに、もう少しすれば体力も回復して、兄さんの役に立つことができるのに、と。でないと兄さんは嘘つきだから、戻ってなんかこない、来てくれない、そうロロは思った。
 やがて大きな爆発音が響き続き、神根島の遺跡の入口が破壊されたのが分かった。
「兄さん!」
 やがて姿を現した三人の人影。
 ナイト・オブ・シックスのアーニャ・アールストレイム、ナイト・オブ・セブンの枢木スザク、そしてC.C.。その姿を認めたロロは、痛む胸を押さえながら必死に走った。
「C.C.、僕も連れていって!」



 訪れたCの世界で知らされた真実に、ルルーシュは驚愕し、愕然とした。
 自分は一体何だったのか、所詮はただのノイズで、自分も黒の騎士団も利用されていたにすぎないのかと。
 そしてシャルルとマリアンヌが“ラグナレクの接続”を、“神殺し”を実行しようとする中、ルルーシュは二人に最後まで反抗して、神へと、人類の集合無意識へと必死でギアスを、それは絶対遵守という名の命令ではなく、願いという名の祈りをかける。
「神よ! 人の歩みを止めないでくれ! それでも俺は明日が欲しい!!」
 ルルーシュの願いが届いたのか、アーカーシャの剣が壊れていく。
「思考エレベーターが、儂と兄さんの願いが壊れてゆく!」
 やがてその壊滅と共に、シャルルとマリアンヌの躰がCの世界へと呑み込まれていった。
「C.C.、おまえもいくのか?」
 死を望んでいた魔女にルルーシュは問いかける。おまえも消えゆくのかと。
 それにC.C.は床に腰を降ろし、薄く笑いながら応えた。
「死ぬ時くらいは笑ってほしいんだろう? それより、おまえたちこそ、これからどうするんだ?」
 逆にC.C.は残りの三人に問い返した。
「シャルルたちの計画を否定し、現実を、時の歩みを進めることを願った。だが……」
 ルルーシュは言葉を濁す。すでにゼロの仮面は外れ、黒の騎士団という手足をもがれ、抗う術はない。しかしこのままでは待っているのはシュナイゼルの虚無の世界だ。
 そしてまたもう一人の男は、剣を構えて己の感情だけをルルーシュにぶつけてくる。
「ああ、ルルーシュはユフィの仇だ!」
「だから?」
 ここで俺を殺すか? との言外の問いに、残されていたもう一人が割って入る。
「あなたはまだそんなことを言っているんですか!?」
「そんなことじゃない、事実だ!」
「なら、今までにあなたが殺してきた大勢の人たちはどうなんです! その人たちにも、あなたにとってのユーフェミアが、そして残された人たちの中にも、あなたにとってのユーフェミアが大勢いたんです! トウキョウ租界ではあなたの投下したフレイヤ弾頭で何千万という人が、意思も何も関係なく無意識のうちに一瞬で大勢死んだ、あなたに殺されたんです! 兄さんを仇と言うなら、あなただってその人たちにとっては仇だ!」
 ロロは兄を守るために必死で言葉を綴る。そしてそれは実際事実にほかならない。EU戦では“白き死神”と異名を取るほどに敵を倒し、トウキョウ租界ではフレイヤ弾頭を持ち出して、市街地で投下した。
 たとえ“生きろ”というギアスのせいにしたとしても、それでもその全てをギアスのせいにしきれるものではない、それは紛れもない事実だ。そして何より、それ以前にスザクは、自分は「決して使わない」と言い切って、そう誓って搭載されるのを認めて出撃したのだから。
「兄さん、こんな人の言葉をこれ以上聞く必要はない。この人の自己中心的で身勝手な言葉に振り回されることなんてない。早く此処を出てこれからのことを考えよう!」
「……そうだな、シャルルは倒したがまだシュナイゼルが残っている。あの男も放置しておくわけにはいかない」
 ロロの言葉に、次第に現実に戻されて、ルルーシュはシュナイゼルのことに頭を切り替える。
「C.C.、早く此処から出してくれ。そうしたら兄さん、ジェレミアに連絡を取ろう。黒の騎士団は兄さんを裏切っても、あの人だけは決して兄さんを裏切らない!」
 ロロの前向きな言葉に、ルルーシュは励まされるような気がした。そして思う、やはりロロは自分にとってかけがえのない弟だと。





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