今、再びの 【1】




 神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアには、物心付いた頃からもう一人の自分の記憶があった。
 皇歴から鑑みて、それは明らかに未来のものであり、自我が芽生えた頃には、自分は過去の自分をもう一度やり直しているのだと悟った。
 幼い子供の躰に、18歳の記憶。
 自然、態度も年齢よりも大人びてしまうのを、必死に年齢に相応しい子供のように演技をして振る舞う。
 そんな中、未来の自分が知った両親の真実は、母親の目のないところでは、自然とその母親を見る目が厳しく、冷めたものになっていくのを止めることはできなかった。
 そして運命の日の夕方、侍女の一人が警備隊の内の一名が、是非ルルーシュ様にお目にかかりたいと申しております、と伝えてきた。その者の名を聞くと、ジェレミア・ゴットバルトといった。
 その名に、ルルーシュはジェレミアもまた、自分と同様に記憶を持つ者なのかも知れないと思い、私室に通すように、そしてといと言うまで誰も入って来ないようにと侍女に命じ、ジェレミアを部屋に招き入れた。
 二人きりの部屋の中、どう言葉を告げていいのか悩んでいるジェレミアに、ルルーシュが先に口を開いた。
「ジェレミア、おまえが案じているのは今夜の事だろう? 今夜、母上、皇妃マリアンヌがテロリストに殺されるから」
「ルルーシュ様!」
 ルルーシュの言葉に、自分だけではなくルルーシュもまた記憶を持っているのだと知ったジェレミアは、早速どうしたものかと指示を仰いだ。
「母上のことは放っておいて構わない。全てはあの人の自業自得なのだから」
「ルルーシュ様!?」
「だってそうだろう? “神殺し”を考えるような人間が、人の意思を無視しようとする人間が生きていていいはずがない。だからいいんだ。それよりも母上が殺された後、おまえに手伝って欲しいことがある」
 マリアンヌの真実は前の時にルルーシュから聞かされていたことだ。しかしそこまで冷静に、冷酷に判断を下すルルーシュに、ジェレミアは先に出会った頃の18歳の時のルルーシュを思い出す。
「母上を殺した、いや、殺すV.V.の処置だ。V.V.はコードを持った不老不死者、殺すことはできない。だが生かしておくこともできない。V.V.を生かしておけば“ラグナレクの接続”に繋がってしまう。だから母上を殺して一息付いているV.V.を一端殺して、その後、僕が密かに用意しておいた鉄製の檻に入れ、このアリエス離宮の庭の一角にある池に沈めて欲しい。それはさすがに今の僕一人の手には余る作業で、どうしようかと悩んでいたんだ。おまえが手伝ってくれるならそれにこしたことはない。どうだろう、やってもらえるだろうか」
「畏まりました。このジェレミア・ゴットバルト、ルルーシュ様に仕えるが我が忠義。それがどのようなご命令であろうと、全てはルルーシュ様に従います」
「ありがとう、ジェレミア」
 そう言って、ルルーシュは歳に相応しい微笑みを浮かべて見せた。



 その夜、たとえどんなことがあっても、どんなに酷い物音がしても、部屋の扉には内側から鍵をかけて、決して一階に降りてはいけないよ、と妹のナナリーと、行儀見習いでアリエス離宮に上がっているアーニャに言い含めると、ジェレミアと二人、ルルーシュは物陰に隠れて様子を見ていた。
 人影のない中、マリアンヌが10歳前後の髪の長い子供を招き入れる。
「君が悪いんだよ、マリアンヌ」
 そうその子供は告げて、懐からライフルを取りだすと、マリアンヌに向けて何発も撃ち放った。
 銃撃に倒れ伏したマリアンヌに近寄れば、すでに息は無かった。
「でも、悪いのは君もだよね、V.V.」
「えっ?」
 その声に振り向いたV.V.の目に映ったのは、ルルーシュとジェレミアの二人であり、その時にはジェレミアの放ったライフルでV.V.の体は床に倒れ伏した。
 しかし不老不死のV.V.のこと、そう時を置かずに息を吹き返すだろうと縄で縛り、かねてルルーシュが用意しておいたという檻に入れた。そのままジェレミアは、他の者に気付かれないようにアリエス離宮の庭の一角を目指す。
 その間にV.V.は息を吹き返したが、縛られ、檻に入れられた状態ではどうにもならない。コード保持者は不老不死でギアスが効かない以外は、ほとんど普通の人間と同じなのだ。
「何のつもりだ、僕が誰か知っているのか、こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
「存じ上げていますよ、V.V.。ギアス嚮団の現嚮主であり、皇帝陛下やマリアンヌ皇妃と神殺しを企む仲間ということは」
 そう言いながら池に辿りついたジェレミアは、躊躇うことなくその檻を池の中に付き落とす。大きな音を立てて沈み行く鉄製の檻。これでV.V.は誰にも知られぬままに、この池の水の中で永遠に生と死を繰り返すことになるのだろう。そう思いながら、ジェレミアは事の次第が無事に済んだ旨の報告を待つルルーシュの元へと急いだ。
 ジェレミアが戻るとアリエス離宮は大騒ぎになっていた。
 主である皇妃マリアンヌが何者かによって暗殺されたのだ、当然のことだろう。
 そのマリアンヌの遺体のある階段の上で震えて見せているルルーシュに、ジェレミアは近寄り、そっと耳打ちした。「全て予定通りに」と。
 ルルーシュは頷き、次の指示を与えた。
「誰でもいい、皇帝陛下と、それから、今夜の警備責任者であったコーネリア異母姉上(あねうえ)に事の次第を至急伝えて」
 ルルーシュは震える声で必死に冷静さを保とうとしているかのように演技しながら、その心の内では、これで“ラグナレクの接続”は、“神殺し”の計画は潰れた、と安堵の溜息を吐いていた。



 今回、ルルーシュは皇帝に対してマリアンヌの死に伴っての謁見を求めなかった。求める意義を見い出せなかったからだ。いずれにしろ弱者として妹と二人、開戦前の日本に送られるのだろうが、事件に巻き込まれるのを未然に防いだためにナナリーは目は見えるし、足も自由だ。ならば前の時よりも条件は少しはましだと考える。
 ルルーシュはジェレミアに、今後はかつての通りに過ごしてくれと伝えて、ナナリーと二人、予定通り日本へと送られた。
 送られた先に待っているのは現在の日本の首相枢木ゲンブの息子のスザク。
 前回は親友となったが、今回はその必要は無ないだろうとルルーシュは考えた。敵地の首相の息子だ、人質として送られる自分たちが親しくなる理由はないさ、と心の中でルルーシュはそう嘯いた。





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