流転の果て 【1】




 エネルギーの残量が残り少ないことから、第2次トウキョウ決戦の哨戒任務から斑鳩に戻ったジェレミアを待っていたのは、ゼロ死亡の報だった。戻った倉庫にて一般団員から告げられたのだ。
 それを信じられぬジェレミアは、事務総長である扇の部屋を訪れた。
「ゼロ様が亡くなられたというのは真実か!?」
「……残念ながら事実だ。フレイヤの負傷が元で……」
「偽りを申すな! フレイヤ投下の後、私はゼロ様と一度この斑鳩に戻っているのだぞ! その時蜃気楼には傷一つなかった。ゼロ様が負傷しているなど有りえない!」
 ジェレミアの気迫に扇は顔を背けた。
「そうだな、あんたには知る権利があるな」
「どういうことだ?」
 扇はゆっくりとジェレミアの顔を見た。
「ゼロは、あいつは俺たちを騙してたんだ」
「騙していた?」
「あいつはブリタニアの皇子で、ギアスとかいう異能の力で俺たちを操って戦わせて楽しんでたんだ、ゲームだと言って。かつての行政特区の虐殺もあいつが原因だったんだ」
「……その情報をどこから得た?」
「シュナイゼルだ。少し前にシュナイゼルがきて話してくれた」
「信じたのか、敵将の言うことをそのまま!?」
「だが証拠も示してくれたし、千草もそう証言した」
「千草というのはヴィレッタのことだな」
「そうだ。千草もギアスをかけられた過去がある。きっとあんたもギアスにかけられて、だからゼロに従ってたんだ」
「それで、ゼロ様は?」
「処刑しようとしたが、蜃気楼で逃げられたよ。後を追わせたが取り逃がして、でも神根島でブリタニア軍の不自然な戦いがあるというので、そこにいるかもしれないと部隊の一部を派遣した」
「そうか、分かった」
 ジェレミアは苦労して必死に冷静さを保つと扇の部屋を後にした。
 そのまま倉庫に戻り、すでにエネルギー補充のされているサザーランド・ジークに、予備のエナジーフィラーも持って斑鳩を飛び出した。
 倉庫にいた団員からその旨の報告が扇に上がったが、扇はきっと神根島に向かったのだろうと思い、無視していいと返した。
 自分も騙されていたと知って神根島に向かったのだろうと、扇はそう勝手に判断したのだ。何故なら、扇は彼がギアス・キャンセラーであることも、シュナイゼルの持つ内面も、何一つ知らず、気付かず、そしてそれ以上にゼロを理解も信用もしていなかったかったし、しようともしていなかったから。



 ジェレミアの乗ったサザーランド・ジークが神根島に着いた頃には、戦いは全て終わっていたようだった。そのまま上空から島の状態を見る。
 すると遺跡らしきものの傍に、彼の主と、主を共犯者と呼ぶC.C.がいた。また、その近くにはナイト・オブ・シックスのアーニャ・アールストレイムの姿も確認できた。
 ジェレミアは彼らの近くにサザーランド・ジークを着陸させると、慌ててコクピットを飛び出し、主の元へと駆け寄った。
「ルルーシュ様! 殿下!! ご無事で何よりでございました!」
 ジェレミアは辿りつくなり、膝をついて主の無事を喜んだ。
 しかしちょっとした椅子程度の高さの岩の上に腰を下ろしたルルーシュからは、覇気が全く感じられなかった。
「殿下……?」
「……父上と母上を消滅させた……」
「皇帝陛下と、マリアンヌ様を……? しかしマリアンヌ様はとうにアリエスの離宮で……」
「母上もギアス使いで、生きていたんだ。躰は死んだが、精神だけアールストレイム卿の中で生きていたんだ」
 その言葉でアーニャの姿が此処にある理由に納得がいった。マリアンヌの精神が抜け出し、そのまま本人の意識が戻っていないのだろう。
「しかし一体どうやって……?」
「父上たちは神殺しを計画していた。神とは人間の無意識の集合体。それをアーカーシャの剣で殺し、人間の意識を一つに纏めて、誰でも、それこそ死んだ人間でも理解できあえるようにしようとしていたんだ」
「そのようなことをっ!?」
「だから俺は、神に、人の集合無意識にギアスをかけた。父上たちのやろうとしていたことは時を昨日で止めること。けれど俺は明日が欲しいと、そうギアスをかけた。そうしたらアーカーシャの剣は崩れ壊れて、父上と母上の体は消滅していった」
 俯きながらそう語るルルーシュの声は、段々と涙声になっていった。
「母上があんな人だったとは思いもしなかった。美しくて優しくて聡明で、自慢の母上だったのに、実態は自分たちだけが好きで、あの人たちにとっては自分の血を分けた子供である俺やナナリーも、唯の駒でしかなかったんだ」
 それから暫く沈黙が続く。その沈黙を破ったのはジェレミアだった。
「殿下、これからどうなさるおつもりですか?」
「全てが分かって、父上も母上も俺が殺した。ナナリーもフレイヤに巻き込まれて死んでしまった。俺にはもう、何も無い……。俺にはもう生きる理由も無いんだ」
「殿下、何も無い、などと仰られないでください。少なくとも私がおります。何があろうとこのジェレミア・ゴットバルトは殿下のお傍におります」
 その言葉にルルーシュの俯いていた顔が僅かに上がる。
「それに父君を、ではなく、神聖ブリタニア帝国の皇帝を殺した責任を、殿下は取らねばなりません。でなければ世界は混乱のままです」
「……ジェレミア……」
「今の殿下にこのようなことを申し上げるのがどんなに酷なことか、承知しております。ですが殿下のもう一つの望みである“優しい世界”を創るためにも、どうか立ち上がってくださいませ。そのためにこのジェレミアを如何様にもお遣いくださいませ」



 そうして話している彼らから死角になっている物陰に、枢木スザクの息絶えた遺体があったことに気付いた者はいなかった。





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