「あなたの主があなたに何を言おうと、皇族の騎士とは、何があろうと、常に主の傍らにあって主を守るのが役目。それが選任騎士というもの。それをせずに、士官学校ならまだしも、庶民の一般の学校に通学するというのは、選任騎士ということの意味を、その役目を何ら理解せず、そしてその役目を果たしていないことに通じるわ」
「で、でもユーフェミア様は……!」
「皇女殿下があなたに通学を許したというなら、それは、皇女殿下ご自身も選任騎士というものを理解していない、ということになり、周囲の批判、これは直接口にされることはないでしょうけど、間違いなくその評価を下げることになる。あなたは皇女殿下の評価を下げたいの?」
「そんなこと……!」
自分は全く考えていない、スザクはそう言いたかった。
「でも、皇女殿下の選任騎士となったあなたがこれからも通学を続けるというなら、周囲はそう判断するのよ。
そしてそれだけじゃない」
「え?」
他にもあるのかと、スザクを目を見開いた。
「あなたがこの学園に通学を続けるということは、この学園を、この学園にいる生徒を危険に晒すこと以外の何物でもないの」
「ど、どういうことですっ!?」
考えてもみなかったことを告げられて、スザクはミレイに詰め寄った。テーブル越しであったので、あくまで言葉だけで済んでいるが。
「あなたが編入してきた時もあったことだけど、嫌疑は晴れたようだけれど、少なくとも一度はクロヴィス総督暗殺犯として検挙されたあなたを受け入れたことで、学園には批難の手紙が送られてきたし、退学した生徒もいたわ。
その時のことを考えれば、皇女殿下の選任騎士と任命されたあなたが通学を続けると知れたらどうなるか、判断できない? おそらく、あなたが編入してきた時以上のことになるでしょうね。皇族間では、たとえ兄弟姉妹間であっても、皇位継承を巡っての争いが奨励されているし、そうなれば名誉であるあなたを騎士として任命したユーフェミア皇女殿下を追い落とそうとする者は間違いなく現れ、そういった人たちはあなたの粗を探そうと、あなたの周囲を調査するでしょう。そんな人たちにとっては、あなたが皇女殿下の傍を離れて騎士としての役目を果たさずに一般の学校に通学している、そのことだけでも十分な理由になるし、名誉であるあなたが騎士に任命されたことに反感を持つ者は、さすがに皇女殿下から騎士に任命されたあなたに直接手を出すことはできない以上、この学園を、生徒を対象として何らかの行動を起こす可能性を否定できない。必ずあると言い切ることはできないけれど、少しでもその可能性があるのなら、生徒会長として、私はそれを放置することはできないの。
あなたの編入については、皇女殿下からのご命令だったから受け入れざるを得なかったけれど、あなたが選任騎士としての役目を全うするために、という理由で自主退学するなら、皇女殿下もそのことについては受け入れて下さるでしょう。だからあなたからこの退学届にサインして、この学園から去ってほしいのよ」
「……め、命令、なんて、ユーフェミア様はそんなこと……。ただ、お願いした、って……」
「あなた、本当に何も分かっていないのね。皇族の“お願い”はご本人の意思がどうあれ、庶民にとっては“命令”以外の何物でもないのよ。つまり、どうあっても受け入れざるを得ない、逆らうことなどもっての外なのよ」
ここにきて初めて、スザクは己がこのアッシュフォード学園に編入できた経緯、その時の出来事と、そしておそらくは今後起きるであろう可能性を、ミレイから直接告げられることで漸く、完全にではないものの理解した。そして、だからこそのルルーシュの態度も。
「それにね、もう一つ加えるなら、あなた、編入してきて以来、誰からとは分からずとも苛めを受けてきたでしょう? それが皇女殿下に分かった場合、この学園は一体どうなるかしら。きっとお咎めを受けるでしょうね。最悪取り潰し、ということになるかもしれない。そうなったら、この学園を創設したアッシュフォード家、理事長はもちろんだけど、在籍している生徒たちはどうなるのかしら? あなたに対する苛めを行っていた者たちに関する調査がされるでしょうね。そしてそれが誰か分からなかったら? 分かったとして、そうしたらそれを行っていた生徒たちは? 分かっても分からなくても、生徒たちは処分を受けるでしょうね。行っていなかった者は見逃して放置していたということで。それはこの学園についても同じことね。監督不行き届きということで。そして行った者についてはそれこそどんな処分を受けることになるか。たとえ皇女殿下ご自身はそのようなことを望まれなくても、その周囲にいらっしゃる方々は、皇族に対する不敬罪ということで、皇女殿下には知らせないままに処分を行うでしょう。あなた、それをいい気味だとでも思って放置するのかしら?」
「そ、そんなこと、僕は望んでなんかいません!」
「あなたが望むかどうかではないのよ。皇女殿下が、殿下の周囲の方々がどうするか、なのだから、そこにあなたの意思は関係ないの」
それが、止めだった。その前に告げられたこともあったが、その上更に、自分がこの学園にいるだけで、被害を受ける者がいるとはっきりと言われたのだから。
「皇女殿下の選任騎士に任命されたのなら、選任騎士としての役目を果たしなさい。それが何よりも騎士としてのあなたが行うべきことよ」
そう告げて、ミレイはテーブルの上に置いた退学届の用紙を更にスザクの方に押し出す。
それを見つめながら、スザクにはそれを拒絶するだけの勇気はすでになかった。ミレイが告げた内容はスザクに大きなショックを与えたし、自分の知らなかった事実、これまでのこと、そしてこれから起こる可能性を示されれば、せっかくユーフェミアの好意によって編入できた学園であり、どのような状況であれ過ごすことのできた学生生活ではあったが、断る余地などありはしない。断ることなどできはしない。二択ですらない、スザクがとるべき行動は最初から一つしかないのだ。ユーフェミアの言葉で覆すことは可能だろう。しかし、それを行えば、ミレイが先に告げたように、ユーフェミアに対する周囲の評価を下げることにしかならないのだから。
「サインする気があるなら、きちんと椅子に座ってサインなさい。立ったままでは無理でしょう?」
ここに至って、漸くミレイはスザクに椅子を勧めた。退学届にサインするなら、という条件付きで。
スザクはのろのろと椅子に腰を降ろすと、その文面に記載された内容を読むこともなく── スザクの能力ではたとえ読もうとしてもその内容を理解しきることはできなかっただろうが── ゆっくりと退学届にサインした。さすがに理解はしても、どんな状況であったとしても、それでもやはりせっかくの学生生活を失うことに未練があったのだ。しかし受け入れざるを得ないから、スザクはサインした。
サインされた退学届を確認して、ミレイは内心で満面の笑みを浮かべていた。これで不安要素を排除できるのだから。
「じゃあ、短い間だったけど、元気でね。他の人たちに挨拶する必要はないわ。このままこの学園から出ていって。挨拶なんて不要でしょうからね。皆、行動に出すかどうかは別にして、あなたの存在には迷惑していたんだから」
ミレイの言葉に顔を俯けていたスザクは思わずその顔を上げてミレイを見た。そこまでだったのか、と改めて思い知らされたような気がして。スザクの気持ちとしては、無視されていたとはいえせめてルルーシュにだけは最後に一目会っておきたいと思ったが、ミレイの言葉によってそれすらも拒否された形だ。しかしその言葉に逆らうことは考えられなかった。ルルーシュのこれまでの態度を考えても、たぶん、彼にとっては迷惑になるのかもしれないと、そう思い、ゆっくりと立ち上がると、力の抜けた足取りで、ミレイに対して言葉もなくただ一礼すると、生徒会室を、クラブハウスを後に、そのまま学園から立ち去った。こうしてスザクのアッシュフォード学園での学生生活は終わった。
その様子を窓から見届けていたミレイは、ほっとしたかのように深い息を吐き出した。
余談であるが、学園を去った後に訪れた、スザクが所属していた特別派遣嚮同技術部── 通称“特派”── においても、ほぼ同様であった。主任のロイド・アスプルンドから告げられたのだ、解雇を。
「ど、どうしてですかっ!?」
「どうして、って、当然でしょう? この特派の出資者は帝国宰相を務めておられる第2皇子シュナイゼル殿下。シュナイゼル殿下によって設立された組織な訳。つまり、特派はシュナイゼル殿下の物、だよ。ということは、必然的に特派に属する者はシュナイゼル殿下の配下、部下ということになる。でも君は、ユーフェミア皇女殿下の騎士任命を受けた。皇族の騎士が二君に仕えるなんて許されることじゃない。だからだよ」
「……えっ……?」
そんなことすらスザクは知らない。特派が、つまりは自分もシュナイゼル殿下の部下にあたる立場にあったなどとは、スザクはこれもまた全く理解していなかった。
「ついでに言っとくと、ユーフェミア皇女はリ家、シュナイゼル殿下はエル家。そして第2皇子であるシュナイゼル殿下の方が、第3皇女であるユーフェミア殿下よりも上位だ。付け加えれば、第2皇女でこのエリア11の総督であるコーネリア殿下よりもね。でも、ユーフェミア皇女からは、君をご自分の騎士に任命するにあたって、シュナイゼル殿下には一言もなかった。事前も事後もね。もちろん、コーネリア殿下からもリ家そのものからも。エル家とその後見貴族からすれば、これはそう簡単に許せることじゃない。なにせシュナイゼル殿下を蔑ろにされた訳だからね。ユーフェミア皇女殿下もリ家も、エル家のシュナイゼル殿下から、何の報告もせず、許可も受けずに部下を奪い取ったということだ。これが何を意味するか、どういう事態を招くことになるか、少し考えた方がいいよ、君もユーフェミア殿下も。ああ、コーネリア殿下とリ家も、だね。
ということで、早々に荷物を纏めて出ていってくれると僕としてはありがたい。早く次のランスロットのデヴァイサーを決めなきゃならないからね」
ロイドから告げられる言葉を呆然として聞いていたスザクだったが、最後の言葉に驚いたように目を見開いた。
「どういうことですっ!? 特派を出なきゃいけないのは分かりましたけど、でも、僕はランスロットのデヴァイサーでしょう!?」
「……」ロイドは呆れた目でスザクを見つめた。「ランスロットは君の物じゃないよ。この特派が所有する物で、ひいてはシュナイゼル殿下の物。そしてこれまで君がデヴァイサーとして騎乗していた、それだけだ。君が特派の者でなくなるなら、必然的にランスロットに騎乗することができなくなるのは当然のことでしょう? 君が騎乗できないとなると、次のデヴァイサーは君より適合率が下がることになるだろうけど、まあ、仕方ないよね。君を乗せ続けることはできないんだからさ。
ってことで、さっさと出ていってほしいんだよね。シュナイゼル殿下やエル家が何も言ってこなかったのは、たぶんリ家からの何らかの態度を待ってたんだと思うけど、今に至っても何もないって話だから、今後も期待できないと判断したんだろうね。まだ直接指示は受けていないけど、僕としてもシュナイゼル殿下に対する手前があるからさ」
こうしてスザクは、その適合率によって名誉でありながら特例として認められていたランスロットのデヴァイサーの立場も失い、ロイドに言われるまま、自室にあった荷物を纏めて特派のトレーラーを後にした。
先にアッシュフォード学園を退学し、特派からも出され、これまで認められていたと思っていた場所から弾き出されたのだ。スザク本人の何も考えない、ただ流されるままにあった行動の結果として。そしてスザクはそれを招いた本当の原因にまでは思い至っていない。このままいけば、スザクは同じことを繰り返し、どこからも弾かれるままだろう。とりあえずは騎士として任命したユーフェミアの傍らを除いては。そしてそれすらも、ユーフェミアの意思がどうあれ、場合によっては周囲から拒絶され、否定され、弾き出される可能性があることにも、もちろん思い至っていない。
── The End
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