ある日、アッシュフォード学園に一人の編入生があった。しかもそれは唯の生徒ではない。名誉ブリタニア人、しかも軍人である。そのような立場にある者が一体どうして学園に編入してきたのか。いや、それ以前に受け入れる事になったのか、教職員はもちろん、目の前で本人── 枢木スザク── の挨拶を受けているクラスの者からすればなおさらである。
唯一人、事前に名誉ブリタニア人の軍人が編入してくるということを、生徒会副会長を務めているルルーシュは会長のミレイから知らされてはいたが、その名前までは聞いておらず、本人を目にして表面にこそ出してはいなかったが、心底驚いていた、これは一体どういうことなのかと。
挨拶を終えたスザクが教師に示された席に向かう。その途中にルルーシュの姿を認めたスザクは、彼に笑みを向けたが、ルルーシュは無視をした。ただ真っ直ぐに前を向いたまま、スザクに目を向けようとすらしなかった。さすがにそれには気付いたスザクであったが、「授業を始める」との言葉に、とりあえず慌てて席に着いた。ただ、心の中で、どうして、とそう思いながら。
ルルーシュにとって、スザクは母マリアンヌの死後、表向きの理由はどうあれ、実際には人質として、行って死んでこい、開戦するための理由になれと言って身体障害を負った妹と共に送り出された日本で知り合い親しくなった、幼馴染の大切な親友である。いや、あった。
シンジュクゲットーにおいて、テロリストと軍との戦いに巻き込まれた時、殺されそうになったところを救われてもいる。それは純粋に感謝している。とはいえ、その前に相手が誰なのかも、状況も理解せず、いきなり襲い掛かってくるのは、考えなしで、昔と全く変わっていないとも思ったが。
そして編入してきたスザクを見て、ミレイから聞かされていた相手の立場を思い返した時、関わるべき相手ではないと判断した。スザクはもはや自分の知る、かつての幼馴染の大切な親友ではないのだとの思いを強くした。スザクは日本がブリタニアに敗戦した折に、ルルーシュの望み、誓いを聞いて知っているのだからなおさらだ。そしてそれは、実際にスザクが編入してきた後に、改めてミレイから聞かされた内容により、さらに確定した。
スザクの編入が許された、いや、受け入れざるを得なかったのは、このエリア11の副総督でもある第3皇女ユーフェミアの“お願い”と言いながら、実際的には“命令”以外の何物でもなかったからだと。
ユーフェミア本人が自覚しているか否かは分からない── おそらく分かってなどいないのだろうということは簡単に想像できていた── が、たとえ本人がどう言おうと、皇族の“お願い”は、庶民にとっては“命令”以外の何物でもないのだから。
つまり、スザクの後ろには第3皇女ユーフェミアがいるということになる。どうしてそのような状態になったのかは不明だし、知ったところでどうしようもないことでもあるのだが。
それを知った時、ルルーシュ本人はもちろん、ミレイもまた、スザクと関わるべきではないと判断した。ルルーシュの本来の立場、つまり出自を考えた時、そしてそのルルーシュと彼の妹であるナナリーを匿っているアッシュフォードとしてみれば、間違いなく他の皇族や、あるいはその後見を務めている貴族の意向を受けた者、特に指示を受けてはいなくとも、そういった立場にある者、また、そういった立場になくとも、名誉ブリタニア人のスザクが皇女の特別の計らいを受けていることを面白く思っていない者── それは今回の事を知った者は皆そうだろう── や、ブリタニア人に限らず、他の名誉ブリタニア人からも反感を抱かれているのは間違いない。これが他の名誉ブリタニア人でスザクと同様の立場にある者がいるならまだしも、少なくとも、現時点ではスザクだけが特別扱いなのだから。今後、同様の扱いを受ける者が出てくれば、名誉ブリタニア人に関してはまた少し変わってくるかもしれないが、ユーフェミアの性格や資質、能力を考えれば、その可能性は限りなく低い。そしてそれが彼らにどのような行為をさせるかと考えれば、彼らがスザクを追い落とそうと、失脚をさせようと、スザク本人はもちろん、その周囲を探るのは容易に思いつく。そうなれば、ヘタにスザクに接触すれば、その者の事も調べられるということで、ルルーシュたち兄妹の立場を考えれば、そのような事をされては困るのだ。それはアッシュフォード家にしても同じこと。ならば、皇女の命令によって受け入れた、受け入れざるを得なかった、という事実だけを残し、あとは誰もかかわらずにいくしかないのだ。そしてまた、アッシュフォードは皇女の命令によってそうせざるを得なかったのだということを、さりげなく、はっきりとではなく在籍する生徒たちはもちろん、外に対しても噂話のような形で出していくのが望ましいだろうと、理事長たるルーベンと、生徒会長のミレイの間で結論が出された。その話は、言ってみればアッシュフォードも、ある意味で皇族から無理難題を押し付けられた被害者だと思わせることができる。それがアッシュフォード学園を、ひいてはルルーシュたち兄妹の周囲を探らせることなく、守ることに繋がると判断したためだ。その行為は、皇族を絶対的な存在と崇める者に対しては多少異なるものとなるだろうが、少なくとも、彼らに対しては、アッシュフォードは皇族の命令を受けてそれを実行したのだと、アッシュフォードにしてみれば勘違いでしかないのだが、好意的に思われる可能性もありうる。
それらのことから、スザクの存在は教職員はもちろん、他の一般の生徒からもその存在そのものを無視された。彼を無視しなかったのは、純血派といえるような生徒たちで、さすがにスザクを編入させた皇族の手前、表立って行うことはできなかったが、それだけにスザクに対する陰湿な苛めという形で行われた。それは決して褒められることではないが、うまくすればスザクに自主退学させることに繋がるかもしれないと、スザク本人が自分は名誉だから仕方ないと思っているらしきことから、可能性としては低いかもしれないが、その可能性を無視したくはなかった。だからミレイも、そしてスザクを幼馴染の親友と位置付けていたルルーシュにしてもそう考え、その可能性に望みを託した。
ちなみに、基本的に全寮制となっているアッシュフォード学園では、在籍している生徒全員に対して、どこかの部やクラブに入ることを課していたが、スザクに対しては、軍に所属しており、他の生徒とは立場が異なる、ということを理由にして免除していた。それはスザクを受け入れるところなど無いだろうと判断したこともあるのだが。
スザクは、明らかにルルーシュのことを分かっていながら、そしてシンジュクゲットーで出会った時のことから、彼が自分を無視しているのをいぶかしんでいたし、どうしてと、何故自分を無視するのかと言葉にせずとも悲しんでいた。ルルーシュはスザクのその思いに気付いてはいたが、自分やナナリーの立場、そしてアッシュフォード家のみならず、副会長として学園全体を考えた時、どうにかしてやりたいという気持ちが全くなかったとまでは言わないが、実際のところ、手を差し出すことなどできないのだ。
しかし、スザクはルルーシュやミレイ、そして理事長たるルーベンの思惑に反して、一向に自主退学をする気配を見せなかった。皇族から配慮してもらった事ということも多分に影響していたのであろうが。そしてまた、たとえ皇族の意思によるものだとはいえ、スザク本人が自分から退学を申し出れば、決して無理な話ではないということに気付いてはいない、いや、考えもしていないのだろう。そこには単純に学校に通えるということに対する嬉しさ、喜びも幾分かあるのかもしれない。
ルルーシュはスザクが「ルールには従わなければならない」という考えを持っていることを知っている。それはスザクがクロヴィス暗殺犯として冤罪を着せられて連行されるのを救い出した後に本人の口から聞かされていることだ。その考えしかないのだろうという思いに至っていた。迷惑このうえないと思いながら。
そして学園内においては苛めを受けつつも在籍し続けていたスザクだったが、ある日、スザクは白いKMFに騎乗して、捕縛されていたエリア11最大のテロリスト組織である“日本解放戦線”に属していた藤堂鏡志朗を処刑するようにとの命令を受け、それを実行しようとした際、藤堂を救い出そうとした彼の部下である四聖剣と、キョウト六家からの依頼を受けて彼らに協力したゼロと黒の騎士団により、藤堂は救い出され、スザクが騎乗していた現行唯一の第7世代KMFは、そのコクピット部分の上部を切り取られたことにより、スザクの姿が明らかにされた。名誉がKMFに騎乗することは許されないという規定を無視して、名誉であるスザクがそのKMF── ランスロット── のデヴァイサーであることが明らかになった瞬間であり、その際、ユーフェミアは唐突に、スザクを己の騎士になる者だと、マスコミを前に、つまりは中継されているTVを前に全国に公表した。
それを見ていた者たちの間では当然のことだが、特にアッシュフォード学園の生徒たちの間では大騒ぎになった。自分たちの学園に在籍する者の中から皇女の騎士が任命されたというのは、それだけを取り上げれば大変名誉なことではある。しかし、事はそう簡単な話ではない。特に理事長のルーベンをはじめ、ミレイやルルーシュの反応は大違いだ。このことにより、スザクのことを調べる者は増えるだろう。つまり、学園の危機、ひいてはルルーシュたち兄妹や彼らを匿っているアッシュフォード家の危険が増えたという以外の何物でもないのだから。
結果、ルーベンとミレイはルルーシュとも諮った上で結論を出した。逆にいえば、この上ない口実ができたのだから。
そしてユーフェミアのスザクに対する騎士任命以来、初めて登校してきたスザクを、ミレイはクラブハウス内にある生徒会室に呼び出した。
ミレイもスザクも直に向き合うのはこれが初めてである。
「枢木スザク君、だったわね。私はこのアッシュフォード学園高等部生徒会長のミレイ・アッシュフォードよ。今回は皇女殿下の選任騎士任命、おめでとう」
ミレイはどうして自分が呼び出されたのかを戸惑っているままのスザクを前に、よどみなくそう告げた。
それを受けたスザクは、最後の「おめでとう」の一言に、自分は認められたのだ、と単純に思った。思い違いも甚だしいということには全く気付きもせずに。そしてミレイの自分を見つめる瞳の厳しさにも気付かずに、ただ表面上、口に出された言葉だけで。だからこそそれに対してそう思ったままの言葉が返される。
「枢木スザクです、はじめまして。ありがとうございます」
その言葉を受けて、ミレイのスザクに対する評価は低下の一途を辿った。口に出されたただ一言だけを受け止めて、それ以外の事には全く気付いていない、相手の気持ちを全く察することのできないことに。表情的にはポーカーッフェイスを保っているが、その瞳をみればすぐに分かることだろうに。ましてや、ミレイは学園内では“お祭り娘”と言われているのだ。少しでもそのことを知っていれば、ミレイが単純に祝っているなどとは思うはずがないのに。おそらく、スザクは誰とも付き合いのないことから、ミレイがそう呼ばれていることすら、アッシュフォード学園の有り様すら、ただ全寮制でリベラルだということ以外は何も把握していないのだろうと察した。
「ところで、これからのことだけど……」
ミレイは会長として生徒会室の中央の席に座ったまま、スザクに対しては椅子に腰を降ろすことを促すでもなく、つまりは立たせたままに言葉を発した。スザクはといえば、座ることを勧められない以上、それはできないのだろうと単純に受け止めていた。そしてミレイの言葉を遮るように言葉を発した。
「それでしたら、ユーフェミア様から許可を受けているので、出席率はこれまでよりも下がると思いますが、これからも変わらずに通学させていただきます」
「……」
その言葉を聞いてミレイが思ったのはただ一つ、この主従はブリタニアにおける騎士制度をなんだと思っているのか、それに尽きた。そして、何も告げないまま、テーブルを挟んで目の前にいるスザクの前に一枚の紙を差し出した。そこに記載されている表題は「退学届」である。ブリタニア語に関して言えば、会話はともかく、読み書きは苦手といっていいスザクではあったが、かろうじてそれを理解したスザクは目を見張り、ミレイの顔を見つめた。
「……あ、あの、これは……?」
スザクは、一体何故、「おめでとう」と認めてくれたばかりなのにどうして、とその意図が理解できなかった。
「分からない? ブリタニアにおける騎士制度というものを少しでも理解しているなら、言われずとも分かって当然のことのはずだけど」
ミレイの言葉には侮蔑が含まれていたが、突きつけられた事実にショックを受けているスザクは、ただ疑問を持つだけで、それにも全く気付かない。
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