逆 行 【3】




 宣言通り、C.C.はルルーシュの寮の個室に居座った。
 その日の夜、TVのニュースではシンジュクゲットーに対する掃討作戦の結果が報道されていた。
 前の時はG1ベースに乗り込んでクロヴィスに掃討作戦を止めさせたのだったな、とニュースを見ながらルルーシュは思い出していた。
 ナナリーを殺されたことで日本人── イレブン── に対する思いは、自分で思っていた以上に悪化しているのを思い知った。
 幼い頃、ナナリーと二人で日本に送られてきた頃は、日本人の子供に苛められたり、店で物を売ってもらえなかったりしても、状況的に仕方ないと思っていられた。
 しかしそれもナナリーが殺されるまでだった。
 もちろん、その原因となったブリタニアはもっと憎い。それに変わりはない。だが自分にとって生きる(えにし)だったナナリーを殺されたことで、日本人への感情が悪化したのは間違いのない事実だ。目も見えず足も動かない幼いナナリーを、ただブリタニア人の子供というだけで殺した日本人に対して好意的になれというのが無理なのだが、それでもシンジュクゲットーに対する掃討作戦の結果を何の感慨もなく見ている自分に、改めて日本人への悪感情を思い知らされた。その根底には、前の時に黒の騎士団の日本人幹部たちに裏切られたことも関係しているのかもしれないが。
 そして考えてみる。
 今の自分は何のために生きているのだろうと。自分の生きる意味は何なのだろうと。
 しかしいくら考えても何も出てこなかった。
 自分たち兄妹を捨てたブリタニアという国と父であるシャルルに対する憎しみは変わりない。だがかつてのように、ブリタニアに対する力を糾合して戦いを挑もうという気にまでは至らない。
 裏切られたという事実が大き過ぎて、組織を創る、ということに消極的になっている自分がいることにも気が付いた。
 結局、一人なのだと。
 だがここでC.C.の手を取り、C.C.の言うようにV.V.のコードを奪えばどうなるか。
 少なくとも両親たちが考えている“神殺し”、人類の意思を一つに纏めて嘘のない世界を創るなどという途方もない計画は、人類に対する、神に対する犯涜は防げる。
 そして前の時はゼロ・レクイエムを行い、C.C.との約束を守ることなく彼女を一人遺してしまったが、今C.C.の手を取れば、今度は彼女を一人遺していくこともない。
 自分のたった一人の共犯者。彼女が魔女なら自分が魔王になればいい、そう言ったのは他ならぬ自分ではないか。
 そこまで考えてルルーシュは決めた。
「C.C.」
 ベッドの上でピザを食べているC.C.に声をかける。
「何だ?」
「今度の休みに、中華連邦へ行こう」
「……」
 ルルーシュのその言葉に、C.C.は真っ直ぐにルルーシュの瞳を見つめた。
「決めたのか? 本当にいいのか?」
「ああ。二人で生きていこう、魔王と魔女として」
 問い返すC.C.にルルーシュははっきりと頷いた。
 そのルルーシュの態度にC.C.の顔に笑みが広がっていく。



 休みを利用して二人は中華連邦へ渡り、行けるところまで飛行機を利用し、その後は車を借りて奥地を目指した。
 目的地はもちろんギアス嚮団の本部。場所は覚えている。
 そして辿り着いた嚮団本部で、ルルーシュは出会う人間全てに「我に従え」とギアスをかけていった。その中にはロロの姿もあった。ロロの絶対静止のギアスの前にどうかと思って懸念していたが、それはC.C.がいることで防げた。たった一年間の偽りの弟。最期には黒の騎士団に裏切られた自分を守って死んでいったロロ。だが少なくとも今回はそんな死なせ方をさせずに済むと思うと、いささかならずとも心が軽くなった。
 そうしてギアスをかけた者たちを引き連れて向かうは嚮主の間。
 いきなり大勢入ってきた嚮団員たち、そしてその先頭に立つシャルルの息子である自分の甥とC.C.の姿に、V.V.は座っていた椅子から慌てて立ち上がった。
 ルルーシュが命ずる。「V.V.を取り押さえろ」と。
 不老不死であることとギアスが効かないことを除けば、実年齢を別にすれば、所詮V.V.はただの子供に過ぎない。
「やめろ! 何をする、僕が誰だか分かっているのか!?」
 必死に抵抗するV.V.だったが、ルルーシュにギアスをかけられた嚮団員たちには通じない。大人数人に床に取り押さえられる。
「貰うぞ、お前のコード」
 V.V.に近付いたルルーシュがそう告げながら右手を差し伸べる。
「や、やめろ── っ!」
 V.V.のコードは本人の抵抗にも関わりなく、あっけなくルルーシュに移った。
 それからルルーシュは懐から中華連邦に来てから手に入れた銃を出し、V.V.の眉間に当てると何の躊躇いも見せずに引き金を引いた。
 あっけなく息絶えたV.V.を見ても、ルルーシュは何の感慨もなかった。
 それからルルーシュは嚮団員たちにこれまでの研究の成果を全て破棄させ、嚮団のこともギアスのことも忘れ、子供たちの面倒も見ながら、市井に紛れて普通の一般人として暮らせと命じた。
 それで果たして何の問題もなく済むのか疑問はあったが、他に方法はない。それがルルーシュに考えうる最善の道だった。
 そうしてルルーシュはC.C.と二人、手を取り合って街へと帰っていった。
 今頃、きっと戻らぬルルーシュに、部屋を開けられ、机の上に置いて来た退学届を見つけられている頃合いだろうと思う。ルーベンとその孫娘のミレイは必死になってルルーシュを捜しているかもしれない。リヴァルをはじめとした友人たちも心配しているだろう。
 だがもう戻ることはない。
 ブリタニアのことも忘れよう。これからブリタニアがどうなろうと、計画を潰されたシャルルがどうなろうと関係ない。ルーベンに庇護された頃に言ったように、ナナリーが死んだ時にルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだのだ。
 これからは魔女と二人、永劫の年月(とき)を生きていくと決めたのだから。

── The End




【INDEX】 【BACK】