逆 行 【1】




 ナナリーが死んだ。
 戦後間もなく、僕が一瞬の間目を離した隙に日本人── イレヴン── に殺された。まだ幼くて、目も見えず足も不自由なナナリーが、ただブリタニア人の子供というそれだけで、イレブンとなった日本人に殺された。
 ナナリーを殺したイレブンは僕に気付くと気まずげにさっさとその場を去ってしまい、僕はナナリーを思うと、その後を追えなかった。
 すでに息の絶えたナナリーを抱き締めて、僕は泣いた。僕のたった一人の肉親、血を分けた妹、僕が生きる理由。その全てが一瞬のうちに失われた。



 ルルーシュは戦後間もなくエリア11となった日本にやってきたアッシュフォードに庇護された。
 アッシュフォードの当主ルーベンの、「ブリタニアにお帰りになられますか?」との問いに、ルルーシュは首を横に振った。
「ナナリーを殺した日本人が憎い。でもそれ以上に、その事態を招いた原因となったブリタニアが、父が憎い。だから僕はブリタニアには帰らない。ナナリーと一緒に、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだんだ」
 その言葉に、ルーベンはルルーシュがエリア11で生きていけるように、戦後間もないどさくさに紛れて、ルルーシュ・ランペルージという偽りのIDを用意した。
 中等部に上がる齢になると、ルルーシュはアッシュフォードが創立した学園に入学した。全寮制のその学園では特別扱いはしてもらわずに寮に入った。同室者はリヴァル・カルデモンドといった。
 リヴァルは明るくて気さくな人柄だった。けれど人のことに余計な詮索もしてこない。同室者としては合格だとルルーシュは思った。リヴァルとはクラスも同じだった。
 ルルーシュは1つ年上の、ルーベンの孫娘であるミレイに誘われて生徒会に入った。他にはミレイの幼馴染だというルルーシュと同年のニーナ・アインシュタイン。
 ニーナは破天荒という言葉が合うほどに明るいミレイとは逆に、大人しく控えめな娘だった。それでも頭は良くて、特に理数系に強いらしかった。
 そしてルルーシュは思い出した。アインシュタインが何者か。アインシュタイン家はアッシュフォードと共に、かつてKMFを開発していた家柄だ。そしてそれに協力していたのが“閃光のマリアンヌ”と異名を取って、騎士侯となり、遂には皇帝に見初められ、皇妃にまで上り詰めたルルーシュの母、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
 しかし両家ともマリアンヌの死と共にKMFの開発から手を引き、そればかりではなく、マリアンヌの後見だったアッシュフォードは爵位も剥奪されたのだ。
 けれどアッシュフォード── 正確に言えば、当主たるルーベン── の忠義は揺るぎなく、たった一人の遺児となったルルーシュを庇護し続けてくれている。とはいえ、それはルーベンの人柄からくるものであろうことはルルーシュには分かっていた。ルーベンの息子夫婦や他の一族の者たちは復権を望んでいる。従ってルルーシュがアッシュフォードの庇護を受けていられるのも、ルーベンが健在であるうちだけだろうと思っている。



 高等部2年になったある日、今では恒例となったリヴァルとの賭けチェスの帰りのことだった。
 いつも通りに貴族を相手にコテンパンにやっつけていい気分でリヴァルのバイクのサイドカーに乗って一緒に走っていたところ、後ろからトラックに追いまくられた。右に左に道を譲るも、トラックの運転手の技術が未熟なのか、うまく避けられず、遂にトラックは痺れを切らしたように工事中のゲットーに通じる道へと突っ込んでいった。
 その様子にリヴァルはバイクを止め、ルルーシュはサイドカーから降りて様子を見た。
 トラックが動く気配はない。運転手は気を失っているのかもしれない。
 事故の様子に人が集まってくるが特に警察に連絡するような気配も、助けにいこうという者の気配も見当たらず、リヴァルが心配そうに見守る中、ルルーシュは一人トラックに近付いていった。
「おい、誰かいないのか?」
 声をかけてみるも反応はない。
 ルルーシュはトラックの荷台部分の梯子を伝って中に入った。
 中にあったのは、金属製の丸い、しかし突起が幾つも付いた、何かのカプセルを思わせるような不思議なものだった。
 それを見た時、ルルーシュの記憶を掠めるものがあった。それが何なのかは分からない。分からないままルルーシュはその金属製の物体に近付いた。
 その時、いきなりトラックが再び動き出した。
 そのショックでルルーシュは金属製の物体にぶつかってしまった。するといきなり頭の中に女の声が聞こえた。
「見つけた」と。
 空耳かと思っていると、運転席の方から一人の若い女がやってきて、ルルーシュは物体の陰に隠れてその女をやり過ごした。
 トラックから飛び出していくKMFに、ルルーシュはこれはテロリストのものだったのかと思い至る。さしずめブリタニア軍からこの不思議な物体を奪い取り、そのために軍に追われているのだろうと。だからトラックは焦っていたのだ。
 しかしそれよりも頭に聞こえた声が気になって、ルルーシュは物体に手を触れた。その中から聞こえたような気がしたからだ。
 するとパーッとあたりが光に包まれたようになって、物体の上部が開いた。
 中から現れたのはブリタニアの拘束服に身を包まれた一人の少女だった。その少女のライトグリーンの髪と一瞬見えた琥珀色の瞳に、ルルーシュは既視感を覚えた。
 ルルーシュは自分の腕の中に倒れ込んできたその少女の口元を覆う拘束具を外してやる。
「大丈夫か?」
 とりあえずそう声をかけてみる。
 少女が顔を上げてルルーシュを見た。その少女の顔に微笑みが浮かぶ。
「見つけた、私の魔王、私のただ一人の共犯者、ルルーシュ」
「え?」
 ── この少女は一体何を言っているのだ。それに何故会ったばかりの自分の名前を知っている?
 疑問がルルーシュの脳裏を駆け巡る。
 それでありながらも、ルルーシュが少女の拘束服の留め具を外してやると、少女はその腕をルルーシュの頭に回して唇を寄せてきた。
「会いたかった、私の魔王」





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