解任と復帰 【2】




 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴン、そこにある宮殿は壮大な面積を誇り、点在する離宮の数も優に100を超える。
 その離宮の中で最も小さな、そして本殿から遠く外れた場所にある離宮は、七年振りに主を迎えていた。その離宮の名はアリエスという。
 七年余り前、テロリストの襲撃で主である第5皇妃マリアンヌを殺され、以後、その遺児たる二人は、今はエリア11と名を変えた日本に送られ、住む者のないままに荒れ果てていた。
 しかし今は違う。
 遺児二人が新たに主として戻り、アリエス離宮はかつての面影を取り戻しつつある。
 アリエス離宮の主であるヴィ家の後見は、かつては大公爵だったアッシュフォード家だけだった。しかしマリアンヌの暗殺に伴い、アッシュフォード家は爵位を剥奪された。ゆえに今のヴィ家に後見はいないはずだったのだが、二人の遺児の後見に名乗り出た者たちがいた。
 第1皇子オデュッセウス、第1皇女ギネヴィア、第2皇子であり帝国宰相でもあるシュナイゼルの三人である。
 他者から見れば落ちぶれ果てた弱者のはずが、一挙に上位皇位継承者三人もの後見を得たのである。
 三人とも以前は力が無く何もできなかったが、これからは自分たちがおまえたちを守るから、と口を揃えて告げるその様に、ルルーシュもナナリーも呆然としていた。
 ことにルルーシュはブリタニア伝説の魔女── C.C.── によりギアス── 絶対遵守── という力を得、仮面のテロリスト、ゼロとして黒の騎士団を組織し、ブリタニアに反逆をしていたのだからなおさらである。
 そもそも何故二人のことが知れたかといえば、ユーフェミアが選任騎士とした枢木スザクを追い落とそうとする者、その一方でリ家の力を多少なりとも削ぐべく、その弱みを探っていた、他の皇族の後見を務めている貴族たちの手の者の内の一人が二人の存在に気付き、弱者としてかろうじて生きているとはいえ、念には念を入れてと二人の暗殺を企んだのをオデュッセウスが知るところとなり、それをシュナイゼルが未然に防いだのがきっかけである。
 そして二人の生存と居所が知れた以上、そのままそこに留まるのは危険だとのギネヴィアの助言により、半ば無理矢理本国へ強制送還となった次第である。
 それ以前に黒の騎士団は“厳島の奇跡”の通り名を持つ藤堂鏡志朗とその配下である四聖剣を迎え入れていたことから、ルルーシュは出国前にかろうじて黒の騎士団に連絡を入れ、自分の存在がブリタニアに知られるところとなり、最早これ以上の指揮を執ることはできないこと、今後は藤堂を指令と仰ぎ、その指示のもとで活動を続けるなり解散するなりするようにと伝えることができたのみである。
 もう一つ幸いだったのは、ルルーシュたちを匿ってくれていたアッシュフォードに対して、処罰が下されることがなかったことだ。この件に関しては、逆にシュナイゼルたち三人が、ルルーシュたちを庇護してくれていたということでアッシュフォードに感謝して、手を回していたためなのだが、さすがにそこまではルルーシュに知る術はなかった。
 そんなふうにして本国に帰ってみれば、この上ない後見人を得て、逆に他の皇族たちの反感を買う羽目になっている。とはいえ、後見人が後見人だけに誰も手出しできないのが実情であるが。
 ルルーシュは悩んでいた。
 ブリタニアに、皇帝に対する憎しみは消えてはいない。だがこうして連れ戻されてしまった以上、反逆の手段もない。
 シュナイゼルたちの好意でエリア11から連れてこれた咲世子の世話の元、ナナリーは慣れ親しんだ環境から離れ、友人とも離れ離れになったことに寂しさは感じているものの、何の憂いもなく過ごしている。
 その様だけを見ていれば反逆の必要性を感じない。しかし現在のブリタニアの在り方はどうしても許すことはできないという思いと、母の死の真相を知りたいというジレンマに陥っていた。
 そうして数日経った頃、突然エリア11からユーフェミアが帰国するという知らせを聞いた。それも副総督を解任されて、とのことである。
 副総督を解任されたということは無能者の烙印を押されたのと同義であり、彼女を迎える環境は決していいとは言えない。ユーフェミアはその事を理解しているのだろうか。そして彼女の騎士となったスザクはどうするのだろうか。エリアに残るのか、それとも共にブリタニアに来るのか。
 不安に思ったルルーシュに上司となった宰相のシュナイゼル── 何時の間にやら宰相補佐に任じられていた── が教えてくれた。枢木スザクも同行していると。
 それは果たしてユーフェミアにとって良いことなのか悪いことなのか。
 スザクはナンバーズ上がりの名誉である。そんな者を騎士としたユーフェミアを好意的に見る者はおそらく一人もいないだろう。ましてや副総督解任という状態での帰国だ。
 帰国したユーフェミアは、皇女に対するものとは思えぬ僅かな人数の出迎えを受けて、そのままスザクを連れて宮殿に帰国の報告のために参内した。
 玉座の間と呼ばれる大広間、他の皇族貴族、そして文武百官が揃う場に、ユーフェミアはスザク一人を従えて皇帝の前に進む。
「第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニア、ご命令によりエリア11より只今帰還致しました」
 そう告げて頭を下げるユーフェミアにならって、その斜め後ろに控えるスザクも頭を下げる。
「……満足に副総督の役目も果たせぬとは、コーネリアはよほどそなたを甘やかして育てたようだな」
 皇帝のその言葉に何と答えてよいものやら、ユーフェミアは頭を下げたままうろたえる。
「そなたの後ろに控えているのはそなたの騎士か?」
「は、はい、枢木スザクと申します」
「此処に入ることを許される騎士は選任騎士のみ。そなたは副総督でなくなった以上、その者は選任騎士とは言えぬ。この場にいる資格は無い! とっとと追い出せ!」
「お父さま!」
 皇帝の言葉にユーフェミアは思わず頭を上げ叫ぶ。
「ユーフェミア、そなたもだ。能の無い弱者に用はない。自分の離宮で大人しくしているがよい。そのうち良い嫁ぎ先を見つけてやろう」
 皇帝から次々と放たれる言葉に、周囲から蔑んだ低い嘲笑(わら)い声が聞こえる。ユーフェミアもその後ろに控えるスザクも顔色を蒼褪めさせ、何も言うことができなかった。
 やがて皇帝は今日の集まりの終わりを告げ、玉座を去った。
 そして皇族や貴族たちが広間の中央に立ち尽くす二人を嘲笑いながら去っていく。
 そんな二人の前にルルーシュが立った。
「ユフィ」
「ルルーシュ……?」
 何故あなたが此処にいるの? という顔でユーフェミアがルルーシュを見る。
「ルルーシュ!」
 神の助けを得たかのようにスザクの顔が明るくなる。
 しかしそれを聞きとがめた者がいた。
「枢木スザク。ルルーシュ殿下は宰相補佐も務める皇族でいらっしゃいます。一介の騎士がその方を呼び捨てにするなど、身分を弁えなさい!」
 それはシュナイゼルの副官を務めるカノン・マルディーニ伯だった。
「あ……」
 その言葉にスザクはうろたえ、同時にアッシュフォード学園で生徒会のメンバーに言われたことを思い出した。
 ルルーシュは自分のせいで戻りたくない皇室に戻らされたのだと。
「さ、ルルーシュ殿下、シュナイゼル殿下がお待ちです」
 カノンの言葉に何かを言いかけたルルーシュだったが、結局は何も言わず、カノンと共に扉の前で待つシュナイゼルの元に行き、一緒に大広間を後にした。
「ルルーシュ……ごめん、ごめん、ルルーシュ、僕のせい、で……」
「スザク? どういうことなのですか?」
 ユーフェミアの涙声の問いかけに、ルルーシュたち兄妹がアッシュフォードに匿われていたこと、そして生徒会室で皆に言われたことを話した。
「……私のせい、ですね……。何もかも私の配慮が足りなかった、何も知らなかった私の……」
「ユフィ……」
 スザクはそんなことはない、と言いたくて、だが口にできなかった。
 今日もブリタニアでは強者と弱者が入れ替わり、しかし何事もないように日々が過ぎていく。

── The End




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